【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。

   ◇

 レティシアがローランの近くにいるとジルから知らされた。
 ローランには釘を刺しているが安心はできず、彼女の無事を自分の目で確かめたい一心で仕事を片付けて学園に行った。
 
 準備室の扉を開けた先で目にしたのは、彼女が人間の姿をしたジルとミカと一緒に談笑している光景。安心するより先にジルとミカに対する嫉妬心が、瞬時にあふれ出てしまった。

 ジルとミカには申し訳なかった。レティシアのことになると本当に、冷静ではいられなくなる。
 無事で良かったと、守ってくれてありがとうと言うべきだったのにもかかわらず。

   ◇

「どうぞ」
「ありがとう」

 レティシアが淹れてくれた爽やかな香りのする紅茶は、胸の中に残る禍々しい感情を洗い流してくれる。

 できることならこのまま、この優しい時間に身を委ねたいところだが、レティシアのためにも行動を起こさねばならない。
 例の文字を書き出した紙をそれとなく取り出すと、レティシアはすぐにその文字を見た。視線が釘付けになり、目は見開かれている。

「えっ?」

 レティシアの口から出てきた呟きで確信した。ソフィーの言う通り、この不可解な文字はレティシアと関係があるようだ。こんなにも動揺しているということは、レティシアはこの文字になにかしらの暗号を隠していると見受けられる。

 しかし、レティシアに訊いてみても「知らない」と躱されてしまう。

 レティシアが抱える秘密を教えてくれるほどの信頼は、まだ僕に対してはないようだ。
 無理もない。一年前、僕は彼女に悪魔のような契約を結ばせたのだから、完全に信用するのは難しいかもしれない。ましてや親しいメイドにも教えていないようなことを、そんな人物に話そうとはしないだろう。

 それでも、わかっていて欲しい。今はなによりもあなたのことが大切だと。
 だから力になりたいと、強くつよく願っていることを。

 この気持ちが、彼女に届いてくれたらいいのだが。

 それにもかかわらず皮肉なことに、レティシアはまたもや僕の平静をかき乱すことを言ってくれる。

「ダルシアクさんってどんな人なの?」
「……へ?」

 何気なく訊いてきたのはローランのことだ。唐突なことで、しばらく思考が停止した。
 レティシアがなぜローランに興味を持ったのかわからないが、ただの好奇心であるには違いない。いや、そうであって欲しい。加えて言うならば、他の男のことを考えないでもらいたい。

「見ての通りだ。冷静に物事を対処する優秀な奴だよ」
「ふーん?」

 レティシアはなにか言いたげな顔をして、手の中でティーカップを弄ぶ。メガネの奥にある優しい色の瞳をそっと伏せて物思いに耽っている。
 その顔を、つい、じっと見てしまう。

 意を決して、なぜそんな質問をするのか問いかけてみる。

「ダルシアクさんってウンディーネと仲がいいのよ。それで気になったの」
「へえ?」

 返ってきたのは意外な答えだが、ウンディーネが絡んでいると知って胸を撫で下ろした。

「無表情だったダルシアクさんが、ウンディーネが現れると慌てたり優しそ〜な顔をしたりするから、本当のダルシアクさんってどんな人なのか知りたいのよね」

 俄かには信じがたい話だが、レティシアが嘘をついているようではなさそうだ。
 しかし、()()素顔を見せたローランが人に心を動かされることはそうそうないはずだが。

「ローランが?」
「ええ、」

 聞き間違えかもしれないとばかり思っていたが、聞き返せばレティシアはしっかりと頷いて肯定する。
 なにがあったのか確かめる必要がありそうだ。
 万が一新しい事実を知ったとしても、判明したとしてもレティシアには教えたくない、と醜い感情が生まれて、瞬く間に育っていく。これ以上興味を持たれては困る。

「知らなくていい」
「えー?!」

 不服そうに唇を尖らせて見せてくるけど、この気持ちは譲れない。

「知らなくていいよ」

 良くも悪くも、僕以外の人間のことを、これ以上考えて欲しくない。レティシアは相手のことを深く知れば知るほど、その人のために動いてしまうから。

「そんなことより、今度の魔法競技大会の準備は進んでる?」
「うーん、まあまあね。会場を用意するのは毎年骨が折れるのよねぇ」

 文句を言いつつも楽しそうに準備の話をするレティシアはを眺めていると胸が満たされる。ローランのことなどすっかり忘れてくれたようだ。

 やはりレティシアに他の男が近づかないようにしなければならない。
 好奇心が強いこの婚約者さんは、すぐに興味を持ってしまう。それが好意に変わることを恐れているのを、レティシアは知らないだろう。

 それほど溺れているんだと素直に告白すれば、あなたは僕に秘密を打ち明けてくれるだろうか。