二年生になった。

 私は、久しぶりに、あの日々のことを細かく思い出していた。
 少し前までは、思い出す度に悲しくもなっていたけれど、今ではもう、ただ温かくて、愛おしく思えるようになっている。
 あれ以来、私はピアノに触れていない。
 弾けなくなったわけではない。もう必要ないと、私のピアノはあそこまでなのだと、そうきっぱりと別れを告げられたから。

 そう言えば――これは余談だけれど、私と陽向の名前は、お母さんがつけたものだったらしい。
 先に出て来た男の子は、後に出て来る私を支える為のひなた。そして私は、そんなひなたの元でなごむ、鳥のひな。
 私と陽向が、温かな暗闇からこの世界に出て来た瞬間、ふと思いついた名前だったそうだ。
 大変な状況にありながらも、母親はやっぱり、いつでも母親なんだ。

「おーい、陽和。そろそろ行くよ」

 遠くの方から、名前を呼ぶ声が聞こえる。
 はっとして仰ぐそちらでは、父と涼子さん、そして杏奈さんが、見守るように優しい目を向けていた。

「うん、今行く」

 立ち上って、スカートの裾を払う。
 そうしてもう一度だけ向かい合うと、

「行ってきます。お母さん――お兄ちゃん」

 そっと墓石に触れて、笑いかけて。



 私は、皆の待つ方へと歩き出した。



 ~FIN~