「――麻由、帰ろー♪」

「うん。……あーでもなんか憂鬱(ゆううつ)。家に帰ったらお母さんにイヤミ言われんのかと思うと」

 帰り支度をしながら、あたしは玲菜にグチった。

「そんなにひどいの? 麻由の家族のイヤミって」

「まぁねー。お母さん、あたしに都立受けてほしがってたんだ。だからあたしがこの高校に入ったこと、あんまりよく思ってないみたい。お父さんも多分そう。お姉ちゃんは……どうなんだろ?」

 ウチは両親ともに教師で、有名進学校で(きょう)(べん)をとっている。お姉ちゃんも教員志望の大学三年生。こんな家の次女として育った天才的頭脳の持ち主であるあたしだから、当然家族からの期待はハンパなかった。
 でも、あたしは進学する気なんかなかったし、高校生活をエンジョイしたかったので勝手に大鷹学園の受験を決めてしまった。両親に一言の相談もなく、だ。
 そんなわけで、合格してからも両親からの風当たりが強く、特にお母さんはイヤミっぽくなった。お姉ちゃんはどちらかというとあたしの味方寄りっぽいけど、両親の顔色が気になって表立っては味方できないという感じだろうか。

「あ、でも家で肩身が(せま)いとかそんなんじゃないんだよ? あたしはあたしだし」

「まあ、それは分かるけど。あんたっていい意味で開き直ってんだね」

「そういうこと。家族の機嫌取りばっかしてたら息苦しいもん」

 あたしはスクールバッグのファスナーを閉めると、肩をすくめた。

「――朝倉、栗林。まだ帰ってなかったか。ちょうどよかった」

 さあ帰ろう、と立ち上がろうとした時、先生があたしたちのところにやってきた。玲菜が不思議そうに首を傾げる。

「先生、どしたの? あたしたちに何か用?」

「用があるから来たんだっつうの。お前()、っていうか朝倉、お前にな」

「えっ、あたし?」

 今度はあたしが首を傾げた。先生があたし個人に何の用だろう?

「え、待って先生。連絡先ならもう交換してるよね? 入学式の後に、クラス全員と」

「ああ。だから困ったことあった時は、いつでも俺に連絡してこいよ。あと、これだけは言っておこうと思ってさ」

 まじまじと眺めた先生の表情は、あたしが初めて見るくらい真剣だった。

「お前の性格からして、これから先、教室で居心地の悪い思いをすることがあると思う。けどな、お前の居場所は俺がちゃんと用意するから。ちゃんと学校には来いよ。……俺が言いたいのはこれだけ。じゃあまた明日。気をつけて帰れよ」

「……うん。じゃあ、また明日」

 ――玲菜と一緒に帰る道すがら、あたしは先生のことが気になって仕方がなかった。

「さっきの先生、ちょっとカッコよかったよね」

「…………うん」

 無邪気に言う玲菜に、あたしは頷いた。――でも、なんでこんなに先生のことが気になるんだろう……?
 まさか、これって……?