ドロシーはイルカのもとへ向かっているようだった。
「もしもし、そこのイルカさん、こんにちは! ちょっと聞きたいことがあるのだけど」
 ドロシーが呼び止めたのは、私たちの三倍くらいはありそうな大きな身体のイルカ。
 イルカをすぐ目の前で見るのは初めてだけど、結構大きいんだ。
「こんにちは……って、わぁ! 君、もしかしてマーメイド?」
 イルカは私たちを見ると、くりくりの目を大きくして驚いた。
 イルカにとってもマーメイドは珍しいみたい。
「あ、違うの。私たちは魔女なんだ」
「なぁんだ」
 というか、イルカの今の反応……マーメイドは本当にいるってことだよね!
 ホンモノのマーメイドってどんな感じなんだろう? 会ってみたいなぁ。
 なんて、呑気に思っていると。
「ま、そうだよね。マーメイドは喋れないっていうもんね」
「え?」
 喋れないってどういうこと……?
 眉を寄せていると、ドロシーがイルカに訊ねた。
「あの、私たちちょっとわけありで、海の中にある星の原石っていう石を探してるんです。この辺りにあるはずなんだけど、知りませんか?」
「星の原石……? うーん……」
 イルカは私たちの周りをくるくると器用に周回しながら、考え込む。
 そしてあっと声を上げた。
「それってもしかして、あれかも」
「あれ?」
 続きの言葉を待っていると、イルカの表情がふっと曇った。
「でも……あれはきっと持ち出せないと思うよ。海の魔女が独り占めしてるって噂だから」
「海の……」
「魔女?」
 私とドロシーは顔を見合わせて、首を傾げた。
「海にも魔女がいるの?」
 するとイルカは私たちに大きな顔をずいっと近づけて、おどろおどろしく言う。
「そうさぁ……。この深いふかい海の底には、それはそれはおっかない魔女がいるって噂だよ……」
 ずぅんと足元の水温が下がった気がした。
 ひえぇっ!
「……って、噂かいっ!」
「怖いよぉっ!」
 ドロシーが抱きついてくる。
「落ち着いてドロシー。ただの噂だって」
 怖がるドロシーを宥めながら、私はイルカに訊ねた。
「それで、その魔女は深海のどこにいるの?」
「さぁ、そこまでは知らないよ。でも、歌を歌うとやってくるって噂だよ」
 歌を歌うと?
「マーメイドは喋れないのに、歌は歌えるの?」
「マーメイドだって、もともと喋れないわけじゃない。マーメイドが喋れないのは、魔女が奪ったからさ。だから、マーメイドが歌を歌うと魔女はその声を奪いにやってくるんだよ」
 こわっ! なにそれ! ホラーじゃんっ!
「僕が知ってるのはこのくらいだよ。力になれなくてごめんね」
「ううん、十分だよ。ありがとう、とっても助かったよ」
「そうかい? それじゃあまたね!」
 イルカは何度か私たちの周りを周回すると、胸びれをひらひらとさせて大海原の彼方に消えていった。
「……ねぇ火花ちゃん。やっぱりもう帰ろう? 海の魔女なんて怖いし、もしいたとしても、魔女が独り占めしてる星の原石を奪い取るなんてちょっと危険過ぎるよ」
 まぁ、たしかに。
「今からでも遅くない。森か山のほうに行って、星の原石探そうよ」
 うーん、ドロシーの言うことにも一理あるけれど……。
「……でもさぁ、せっかくここまで来たんだよ? ちょっと勿体なくない?」
「勿体ない?」
 ドロシーは衝撃を受けた顔をして私を見ている。
 あれっ。もしかしなくても今、ドロシー引いたよね?
「ドロシー、また私のことバカって思ったでしょ」
「……あはは、若干ね」
 やっぱり。
「でも、海の魔女なんて怖過ぎるよ! もし食べられちゃったりしたらどうするの?」
 ドロシーはふるふると震えている。本当に怖がってるみたいだ。
 まぁ、たしかに私もちょっぴり怖いけど……。
「そうだね、仕方ない……。今日のところは諦めようか……」
 踵を返そうとした、そのときだった。
『ラ……ララ……』
 ふと、なにかが耳の奥を打った。
 なに、今の。
 耳をすませる。
『ララ……』
 もしかして、歌声……?
「…………ねぇドロシー。なにか聴こえない?」
「えっ?」
 訊ねるけれど、ドロシーは眉を寄せて首を傾げている。
「いや?」
 水の中は、泡が水面に上がっている深い音と、潮の流れの音が支配している。
 耳をすませながら、ドロシーを見る。ドロシーは怪訝な顔をして、私を見ながら首を傾げた。
「なんか歌みたいなの」
「歌……? ううん、なんにも聴こえないよ?」
 聞こえない?
「嘘。私にはこんなにはっきり……」
『ラ、ララ……』
「ほら、やっぱり聴こえるよ!」
 とっても綺麗な歌声だけど……なんだか悲しい……。
「あっちのほうだよっ! ドロシー、行ってみよう!」
 私は声のするほうへ向かった。
「あっ! ちょっと待ってよ、火花ちゃんてば……もうっ!!」