ふたりきりになると、ノアくんは急に静かになった。
 この道はいつもノアくんとふたりきり。いつものことなのに、今日はなんだかちょっと緊張する。
 それはたぶん、ノアくんがずっと心に秘めていた想いを打ち明けてくれたから。
 ノアくんが私を好きだなんて、今でも信じられない。夢だったんじゃないかって思っちゃう。
 けど……。
 ちらりとノアくんを見る。
 ノアくんは口数は少ないけど、いつも通りといえばいつも通りな気もしてくる。
 うぅ……聞にくいし、言いにくいけど……このままっていうのはもっともやもやするし。
 いざっ!
 ちょん、とノアくんの制服の袖をつまんだ。
「……ねぇ、ノアくん」
「…………」
 返事なし。え、まさかの無視ですか?
「ノアくん?」
「…………んー?」
 なに、この間。なんか、怖い。
「…………」
「なに? 火花」
 声をかけたまま黙り込んでいると、ノアくんが足を止め、くるっと振り向いた。
 不意に目が合って、どきっとする。
「……あれ、火花? なんか、顔赤くない?」
 それはだれのせいだと。
「思ってらっしゃる……」
「は? なに?」
「う、ううん。なんでもない……わけじゃないんだけど」
「なんだよ、煮え切らないな」
 だって~!!
 ひとり百面相していると、ノアくんがなにかに気付いたように私を見た。
「……もしかして火花、海での告白のこと覚えてる?」
 もしかしてって!
 まさかノアくん、私が告白のこと忘れてると思ってたの!? なにそれ、ひどくない!?
「あんなこと、ふつう忘れられるわけないでしょ!!」
 信じられない! ノアくんの中の私って一体どんな子なの!?
「まぁ、そうだけど……」
 ノアくんは驚いた顔をして、私を見ている。
「いや、だって目が覚めて俺を見ても普通だったから、てっきり忘れてるんだと……」
 ノアくんは気まずそうに首元を撫でながら言った。
「あ、あのときは、シュナのことで時間がなかったし、考えないようにしてたんだよ!」
「……お前、そんな器用な切り替えできるやつだった?」
 疑うような視線。
 ひどいなっ!
「というか失礼!」
 思わずぷくっと頬を膨らませると、ノアくんはくすっと笑った。
「冗談だよ」
 今なら、聞けるかな。
「……あのさ」
「ん?」
「……あれも、冗談なの?」
「え? あれって?」
「あのときの話も……もしかして冗談?」
 意味を理解したノアくんは、パッと頬を赤くした。
「あ、いや……あれは、本気だけど」
 ノアくんの熱が私に移ったように、私まで熱くなる。
 なにこれ、恥ずかし過ぎる……!!
「……あの、ノアくん」
 見上げると、ノアくんのきれいな瞳と目が合う。
「なに?」
 優しい声に、優しい微笑み。
 うぅ、なんか、ノアくんが甘い……!
 心臓がばくばくして、頭の中が真っ白になりそうだけど……。
 頑張って、口を開いた。
「私ね……ノアくんは私のことなんて、なんとも思ってないと思ってた。ノアくんが私のそばにいてくれるのは、私が落ちこぼれだからで、特別だからじゃないって」
 ノアくんは私の話を静かに聞いていてくれる。
 うぅ……頑張れ、私。
「あのね、私もノアくんのことは大好きだよ。……だけど、男の子として好きになっちゃダメだって、ずっと自分の心を誤魔化してたから……びっくりしちゃって……」
 ノアくんが、ため息を漏らした。
 私は顔を俯けたまま、ぎゅっと奥歯を噛んだ。
 どうしよう。とうとう嫌われちゃったかな……。
 顔を見れずに俯いたままでいると、頭の上にぽん、とノアくんの手が乗った。
「え……」
 そのまま、わしゃわしゃと撫でられる。
「わわっ、な、なにっ?」
 頭を撫でられた衝撃で、ぽろっと涙が落ちた。
「……大丈夫だから、泣くなよ。お前のことはちゃんと分かってるつもりだよ。火花はなんと言っても、花より団子だもんな」
 は、花より団子?
 どこかで聞いたことがある気がするけど、どういう意味だっけ?
「ねぇそれ、どういう意味?」
 見上げると、ノアくんは優しい顔をして、私を見下ろしていた。
「バカは分かんなくていいよ」
「バ、バカって……」
 口の悪さは相変わらずだ。 
「でもさ、火花。俺の気持ちは伝えたから、もう分かってるよな?」
 そっと顔を覗き込まれて、心臓がびくんと跳ねた。
 ち、近い!
「うっ……うん」
「それなら、いいんだ。たとえ火花が今、俺のことをなんとも思っていないとしても、俺の気持ちは変わらないから。もちろん、諦める気もない。俺はずっと火花が好きだよ」
「ひ、ひゃっ……」
「ひゃって、もう少し色気のある反応しろよ」
「む、無茶言わないでよっ!」
 頭が爆発しそう。
 ノアくんは楽しそうにくすくすと笑っている。
「もう……!!」
「まぁ……今はこれ以上言うとまた伸びちゃいそうだし、このくらいにしておいてやる。火花には、ゆくゆく俺のことを好きになってもらえればいいと思ってるから」
 ホッ。
 とりあえず甘々攻撃は終わったみたい。
 と、油断していると。
 ノアくんが不意に私に顔を近づけた。
「あ。言っておくけど、これからは毎日好きだって言うからな」
「へっ!?」
「好きだよ、火花。今日もすっごく可愛い」
「!!?」
 強烈な言葉に、私はその場にへなへなと座り込みそうになる。
 ――と、地べたに座る寸前でノアくんに抱き寄せられた。
「わっ!?」
「大丈夫? 火花」
 耳元で囁かれて、火が出そうなくらい顔が熱くなった。
「ノ、ノアくんがノアくんじゃない……!! いつもバカバカ言うくせに! い、いきなり過ぎるよ!」
 こんなに甘い言葉をグイグイ言ってくるノアくんなんて初めてだよ……!!
「俺は俺だよ。これからはもう我慢しないから覚悟しろってこと。分かった?」
「う……」
「分かった?」
 また、ぐいっと顔を近づけられた。
「きゃあ! わ、分かった! 分かったから!! お願いだから離れて~!」
 慌てて頷くと、ノアくんは満足そうに私から離れた。
 うう……。
 こんなんじゃ、心臓が持たないよ~!!
「意識してもらわなきゃ、好きになってもらえないからな」
 そう言いながら、ノアくんはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
 ノアくんが甘いんですがっ!!? 
 な、なんだかこれからまたひと波乱の予感……!?
 私は甘々なノアくんから逃げるように、ペリドット寮の部屋へ帰るのだった。