「それで……シュナを人間にするにはどうすればいいの?」
 訊ねると、それまでグラアナの本を読んでいたノアくんが顔を上げた。
「この本にはいくつか条件が書いてある。まず、魔法をかけられるのは紫色の帯が満月を包んだとき。そして、魔法が成功するのは海の秘宝を持った選ばれしマーメイドにたったの一度のみ……魔法をかける魔女とは、一定以上の信頼が得られていること、と書いてあるよ」
 け、結構厳しい!
「待って、満月の夜って……」
「今日だね」
「たしか、今夜は晴れていたはずだわ。紫色の帯がかかる時刻ってことは、きっと早朝。朝焼けのことよね」
「なるほど! ダリアンすごい!」
 笑顔で話しかけると、ダリアンはぼっと顔を赤くしながら腕を組み、そっぽを向いた。
「べ、べつにこのくらい考えれば分かることでしょ」
 え、そ、そういうものなの?
「私、考えたけど分からなかったよ?」
 その場にいた全員が口を閉じた。
「まぁ……あなたの思考はだれも分からないでしょうね」
 ダリアンにぴしゃりと言われる。
 がーん。
「……まぁ、火花だしな」
「……うん、火花ちゃんだから」
 すかさずドロシーとノアくんが同意する。
 むぅ……。
 口を尖らせていると、グラアナが言った。
「とにかく、次の満月まで時間もあるし、次の満月の日が晴れるとも限らない。やるなら今日よ」
「でも、海の秘宝を持った選ばれしマーメイドって? それに魔女との信頼なんて言われても、そんなの目に見えないし……」
 私の頭の上には、はてながいっぱいなままだ。すると、ノアくんが説明してくれた。
「そうだな……。魔法自体はここに呪文が書いてあるから問題なさそうなんだけど……この海の秘宝っていうのが分からないんだよな。とても珍しいもので、みんなが持っているわけではないらしいんだけど、それ以上具体的なことが書かれていなくて」
 どれどれ、とノアくんのそばに寄り、本の中を覗く。
「ちょ、火花近いよっ」
「え、ダメだった?」
 見上げると、たしかにすごく至近距離にノアくんの顔がある。ノアくんの顔は真っ赤になっていた。
「ダ、ダメじゃないけどさ……」
 ノアくんは狼狽えながらも、本を私のほうへ向けてくれた。……のだけど。
「……う。なにこれ何語? 全然読めないんだけど」
「これは古代魔法語。学校で習ってるだろ?」
「まるで渋い果実でも食べたような顔ね」と、ダリアンが笑う。
「……そういえばお前、古代魔法語学の評価最低だったもんな」
「うっ」
 バレてた……。
「だって古代魔法語なんて、普段使うこと全然ないし」
「まぁ、難しいよね」
 ドロシーも本を覗きながら頷く。
「こんな難しい言葉解読できるのは、さすがにノアくんくらいだよ」
「普通だろ。このくらい」
「いや、普通じゃないよ!」
 こればっかりは総ツッコミだよ。
「さすがだわ、ノアくん」
 あからさまに目をハートにしてる。まったく、ミーハーだなぁ。
「まぁ、このくらいはね。なにかあったとき、古代魔法語は読めたほうがいいと思ってさ」
 それはたしかにそうだけど……。
「それじゃあ、ノアくんとずっと一緒にいれば、古代魔法語ができなくても大丈夫だねっ!」
「な……」
 ノアくんは、どうしてかまた頬を赤くした。
 目が合うと、パッと背けられる。
「ノアくん?」
 回り込むと、またくるりと背を向けられる。
「……ずっと一緒とか、本気で言ってんの?」
「本気……じゃダメだった?」
 私の気持ち的には、本気なんだけどなぁ。
「だって、ノアくんはずっと私のそばにいてくれるんでしょ?」
「……まぁ、お前をひとりにすると、ろくなことがないからな」
「う……ハハ」
 否定できない。
「今日だって、グラアナに捕まったと思ったら、勝手に仲良くなってるし……まったく、心臓が持たないよ」
「えへへ……門限過ぎてるのに来てくれてありがとね、ノアくん。ドロシーとダリアンも」
「いいよ。火花ちゃんに振り回されるのは慣れてるから」
「ドロシ~!! 優しい~!!」
 ぎゅむっと抱きつく。
「まぁ、火花だしね。大人しかったら逆に怖いわ」と、今度はダリアン。
 そういえば、ダリアンにはまだ謝れていないのだった。
 もしかして、今ってチャンスなんじゃない!?
 私はダリアンの元へ向かった。
「あのね、ダリアン……食堂でひどいこと言ってごめん! あのときは、ドロシーを悪く言われてついカッとなっちゃって……ダリアンを傷付けるようなこと言っちゃった。本当に、ごめんなさい」
 ダリアンは一瞬面食らったように固まったものの、頭を下げる私に言った。
「……いいえ。私も、挑発するようなこと言って悪かったわ。ごめんなさい」
 お互い謝り合って、ふぅっと息をつく。
 あぁ~なんか、気分がすごく晴れた~!!
「ふぁっ!」
 思わず声に出てしまう。
「な、なによ、いきなり大声出して!」
 ダリアンが驚いた顔をして私を見た。
「いや、だって……ようやく謝れたから~!!」
 ずっと心の中に引っかかってたなにかがすっと解けていくようだったんだ。
「なによ、大袈裟ね」と、呆れ顔のダリアン。
「グラアナを探してるときもね、ずっとダリアンのことが頭から離れなかったんだ」
「……それは、私だってそうよ。おかげでこんなところまで来る羽目になったんだから」
 ダリアンは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「ダリアン、助けに来てくれてありがとう。ダリアンがいてくれると心強いよ」
「……も、もういいから、さっさと海の秘宝ってやつを探しましょうよ。このままじゃ、朝までに学校に戻れなくなるわよ」
 ハッ! そうだった!
「海の秘宝について、シュナはなにか知らない?」
 シュナはふるふると首を横に振った。
『ごめんなさい……聴いたこともないわ』
「海の秘宝というのは聴いたことがないけど、アトランティカの王宮には、宝石がたくさんあるわよ」
「たくさんってなると、それはまた違う気がするがな」
 王妃様と国王様と困ったように首を傾げる。
「そっか……あ、じゃあグラアナは?」
「私もいろいろ調べたのだけど、残念ながら」
 グラアナも首を横に振った。
「とりあえず、それっぽいものをシュナに持ってもらって魔法かけてみる?」
「でも、魔法を使えるのは一回だけだよ。慎重にやらなきゃ」
「うぅ……」
 ダリアンがノアくんに訊ねると、ノアくんは本を開いて言った。
「そうだな。ここにはしっかりひとりにつき一回しかその呪文は発動されないって書いてある。信頼感でいえば火花が一番シュナと通じ合っていそうだけど……火花だと魔法のほうが心配だな」
「なんでよっ!」
「絶対失敗しないって約束できるか? お前が失敗したら、シュナは二度と人間になることはできないんだぞ?」
 うっ……。そうだよね……。
「とにかくもう夜明けまで時間がないし、海の秘宝を見つけ出しましょう」
 こうして、私たちはペアに別れて海の秘宝だと思うものを探し、それぞれ持ち寄ることにした。