グラアナは、私に話してくれたことと同じことを、その場にいるみんなに話した。
 生い立ちについて。いじめを受けたこと。それから……国王様との出会いと別れについて。
 グラアナはゆっくり、すべてを正直に話した。
 ノアくんは静かに、ドロシーやダリアンは涙を流してグラアナの話を聞いていた。
「グラアナも施設育ちだったのか……」
「うん。びっくり。でも今の話だと、グラアナはなにもしてないってことだよね?」
「そういうことになるわね。それどころか、シュナを助けようとしてたんじゃない。それなのに、悪い魔女だなんてひどい話だわ……」
 ダリアンですら、戸惑った表情をしている。
「聞いてた話と全然違う。所詮、噂は噂だったってことか」
 みんな戸惑っているようだった。
 そりゃそうだよね。だって、これまで恐ろしいと恐れられていた魔女が、本当はとってもいいひとだったんだもん。
 グラアナの話をすべて聞いた王妃様は、そっと目を伏せた。
「私は……シュナが声を出せないと知って、本当に悲しかったの。アーノルドにもシュナにも申し訳なくて」
「申し訳ないだなんて……急になにを言うんだ。コルダはなにも悪くないじゃないか」
 国王様は王妃様を気遣うように、その背中を優しく撫でた。
「本当は全部分かってたの」
「え?」
「どの医者にみせても結局原因が分からなくて落ち込んでいたとき、グラアナが私たちの前に現れたわ。そして、アーノルドからあなたと恋仲だったことを聞かされた」
 国王様は王妃様の背中をさする手を止め、黙って王妃様の話を聞く。
「……ショックだった。私は愛されていなかったんだって、現実を突きつけられた気がして。だからもし、このままシュナが声を出せなかったら、私はお役御免で捨てられてしまうんじゃないかって思ったの。それだけじゃない。もしグラアナに頼ってシュナの声が取り戻せたら、あなたが今度こそ彼女の元へいってしまうんじゃないかって」
 王妃様の声は、恐怖と後悔で震えている。
「捨てるだなんて! そんなことあるわけないだろう」
 国王様が強く否定すると、王妃様は悲しげに笑った。
「あのときは、なにも信じられなかったの。あなたはグラアナのことをとても信頼しているようだったし……。傍から見たら、私たちは政略結婚。私はアーノルドとグラアナの仲を引き裂いた悪役だわ」
 王妃様はグラアナに視線を流し、静かに続けた。
「……それに加えて、シュナを人間にするなんて言うものだから。もうパニックだった。それで――あなたが私からシュナを奪うつもりなんだって思って……ごめんなさい。私、あなたの存在が怖くて堪らなかったの」
 王妃様はそう言って、とうとう泣き崩れた。
 たしかに、自分の大切な子と離ればなれにさせられちゃうのは辛いよね……。
 シュナは本当に王妃様に愛されてるんだな……。
 ちょっとだけ、シュナのことが羨ましくなる。
「コルダ……ずっと不安にさせていたんだな。気付いてやれなくてすまなかった」
『お母様、大好きよ。私たちがお母様を追い出すなんて、そんなことあるわけないじゃない』
 国王様はそっと寄り添い、泣きじゃくる王妃様を抱き締めた。シュナも泣きながら王妃様に抱きつく。
 グラアナもノアくんも、ほかのみんなも、ただ静かにその姿を眺めていた。
 これは、だれも悪くない。
 たったひとつのボタンをかけ間違えてしまっただけ。
 王妃様を慕うひとたちの同調とか、幼いシュナへの哀れみとか、噂のグラアナへの恐怖心で真実が悪いほうに大きく歪んでしまったのだ。
「……王妃様」
 グラアナがそっと王妃様の前に跪いた。王妃様は静かにグラアナを見下ろす。
「私は、あなたの大切なひとを……アーノルドを愛していた。心の底から好きだったわ。……でも」
 グラアナは顔を上げ、王妃様を見上げる。
「あなたたちの幸せを奪うつもりなんてなかったわ。私が海の世界に来たのは、ただ、あなたたちの力になりたいと思ったから。ふたりが結婚して、シュナが生まれたと知ったときは本当に嬉しかった。でも……シュナの声をみんなが聴こえていないことに気付いたとき、私はどうにかしてこの子を助けたいと思ったわ。ひとりぼっちになる寂しさは私もよく知っていたし、それになにより、ひとりぼっちの私を見つけてくれたのがアーノルドだったから、その恩返しをしたくて」
 グラアナは国王様を見てから、王妃様に視線を戻した。
「でも、あなたを不安にさせてしまったこと、謝ります。ごめんなさい」
「グラアナ……」
「コルダ、グラアナ。今回一番謝るべきなのは、僕だ。君たちはどちらもなにひとつ悪くない。シュナの声が聴こえないのはグラアナのせいだとコルダが言い出したとき、本来なら僕が諭し、止めるべきだった。グラアナが僕たちの大切な子を傷付けるようなことをするわけないということは、初めから分かっていた。……でも、どうしてもそれを言葉にできなかった。コルダが精神的にまいっていたことには気付いていたし、その上でグラアナを庇うような言葉を口にすれば、余計にコルダを傷付けてしまうと分かっていたから」
 グラアナが俯く。国王様はそっとグラアナの前に立った。
「……グラアナ。君には本当に申し訳ないことをした。謝って済むことではないと分かっているが……謝らせてくれ。コルダの非礼も、すべては僕が招いたことだ。本当に申し訳なかった」
 国王様が丁寧に頭を下げると、王妃様も隣に並んで一緒に頭を下げた。
「私、あなたにずっとひどいことをしてきた。根も葉もない噂を流して、孤立させるようなことをした。ごめんなさい」
 王妃様の気持ちも、分からないでもない。
 だって、無理もないよ。
 王妃様はきっと、心の底から国王様のことを愛しているんだ。だからこそ、国王様がかつて愛していたグラアナの存在に怯えてしまったんだと思う。
「ごめんなさい」
 グラアナはふたりから謝罪されると、少し困ったように頬をかいた。 
「……もういいって言ってるじゃない。私もやけくそになって、その噂通り海の生き物たちを脅したりしたんだし。お互い様よ」
 よかった。とりあえずこれで一件落着かな?
 ホッとして深呼吸をしていると、今度は王妃様が国王様へ頭を下げた。
「……アーノルド、本当にごめんなさい」
「グラアナも許してくれたんだ。もうこの話は終わりにしよう」
「いえ……ちゃんとケジメは付けなくちゃいけないわ」
 ケジメ? ケジメってなんだろう。
 なんだか不吉な言い回し。少し、嫌な予感がする……。
 そしてその予感は、当たってしまった。
「アーノルド。私たち、別れましょう」
 え!?
「ちょっ……ど、どういうこと!?」
 別れるって、離婚ってことだよね!?
「コルダ、いきなりなにを言うんだ!?」
『そうよ、お母様! いきなり別れるだなんて……』
 王妃様のケジメに、国王様もシュナももちろん私たちも驚いて言葉を失った。