グラアナの家を出て、いざアトランティカへ! と泳ごうとしたその矢先。
 私は目の前の光景に驚き、足(ひれ)を止めた。
「え……?」
 目の前に、たくさんのひとがいる。いや、よく見ればそれはひとじゃない。
 マーメイドだ。
 頑丈そうな甲冑を着たマーメイドの大群がいる。正確な数は分からないけれど、たぶん、千どころじゃない。万? 億? 分からないけど、とにかくたくさん。
 それぞれ手には槍や鎌や剣など、武器が握られていて、険しい顔をしている。
「なにこれ……」
 まるで戦いでも始まるみたいな物々しい空気感にゾッとする。
 どうしてグラアナの家にマーメイドの大軍がいるの?
 まるでグラアナを包囲しているみたい……。
 足(ひれ)を後ろに引きかけると、正面のマーメイドと目が合った。
 ま、まずい!
「おい! 見ろ! だれか出てきた!」
 見つかっちゃった!
「マーメイドだっ! マーメイドが出てきたぞ!」
 ひとりが声を上げると、その場にあったいくつもの目が一斉に私を見た。即座に武器がかまえられる。
 わわっ! まさか、私が標的!?
「マーメイドだ!」
「あれがグラアナか?」
「若いな。というか、子供じゃないか」
「魔女に歳などあってないものだ! 油断するな!」
 ひぇぇ!!
 思わずびくりと肩を揺らし、身を縮めていたときだった。
「待て! 武器を下ろせ!」
 先頭にいた偉そうなひとが、さっと手を挙げる。最初に目が合ったひとだった。
「彼女はグラアナではない」
 その一声で、私へ向けられた武器は一斉に下ろされた。
 ホッ。助かった……。
 そうそう。
「そうなのですか、隊長」
「まぁ、海の者みんなが恐れるあのグラアナが、あんな子供なわけないもんな」
 なぬ!? 魔女の魔力に歳なんて関係ないって言ったのそっちなのに!
「迫力もないしな」
「本当だ。なんか、弱そう」
 カチンときた。
「さっきから大人しく聞いていれば勝手なことを言ってくれちゃって!! なによ、あなたたちこそひとの家の前でなにしてるの! これ、不法侵入ってやつなんじゃないの~!」
「銀色の髪に赤い瞳……もしかして、君の連れか?」
 隊長さんがくるっと後ろを振り向いて、背後にいたらしい人物に声をかけた。
 ――ん? 君? 君って、誰のことだ?
 え、あれってもしかして……。
 そこには、見覚えのある……ようなシルエット。
「火花っ!!」
「ノアくんっ!?」
 幼なじみのノアくんだった。
 ノアくんの背後には、ドロシーやダリアン、シュナまでいる。
「みんなも!」
「火花っ! 無事か!?」
「火花ちゃん!」
 ノアくんとドロシーは、私を見るなりものすごい勢いで泳いできた。
「ぐわっ!?」
 ノアくんは勢い余ったのか、タックルかの如く私をぎゅっとする。
「ちょっ、ノアくん!?」
 ノアくんは私をぎゅっと抱き締めたまま、顔を首筋に埋めるようにしている。
 く、くくくくすぐったい~!!
 すぐ隣にいたドロシーはそれを見て、小さく声を上げて、頬を染めた。
 周りにいた甲冑のマーメイドさんたちも、ちらちらと私たちを見ているし。
「あ……あの、ノアくん?」
 ものすごく恥ずかしいんだけど……。
 んぐぅっ! 離してくれない~!!
 ノアくんの中でじたばたもがいていると……。
「まったくあんた、バカだとは思ってたけどここまでバカだったなんて驚きだわ」
 う。このイヤミな声は。
「ダリアン……」
 出会い頭に言うセリフかい、って思うけど、ダリアンも心配してきてくれたのかな? ケンカしていたのに……って、それより!!
「ノ、ノアくん……あの、そろそろ離してくれない?」
 ノアくんに声をかけると、ノアくんは私をぎゅっと抱き締めたまま、小さな声で言った。
「……ふざけんなよ、バカ火花。どれだけ心配したと思ってるんだよ……」
 いつになくしょげた声。少し、震えているような……。
「それは……ごめん」
 いつになく不安げな声に、胸が騒いだ。
「ごめん、ノアくん」
「……無事でよかった」
「……うん、ありがとう」
 ノアくんの背中越しにみんなを見ると、ドロシーもダリアンも心配そうな顔をして私を見ている。ドロシーなんて、涙ぐんでいた。
 ようやく、三人に心配をかけていたことに気付く。
 門限なんてとっくに過ぎちゃってるのに、みんなわざわざ来てくれたんだ……。
「あ……えと、ごめんね、みんな」
「本当だよ、火花ちゃんのバカ!」
 う。また出た、バカ。
 まぁ今回は仕方ないか……。
「ハイ、バカでした。すみませんでした」
 素直に謝ると、ドロシーはくすっと笑った。釣られて私も笑顔になる。
「ノアくんも、ごめんね」
 それまでぎゅっと私を抱き締めていたノアくんは体を離すと、私を掴んでくるくる回し出した。
 ぐるぐるぐるぐる。
「え、え? 今度はなに?」
「怪我してない? 痛いところとか、傷とか……」
「だ、大丈夫だよ~。それより止めて~目がまわるぅ~」
「わ、悪い……はぁ。でも、よかった……」
 ノアくんったら珍しく本当に心配してくれたみたい。
「……うん。ノアくん。迎えに来てくれてありがとう」
 ノアくんの顔を覗き込むようにしてお礼を言うと、ノアくんは顔をほんのり赤くして、そっぽを向いた。
「……ん。もういいよ。火花が無事ならそれで」
 な、なんか、ノアくんが優しいんだけど……!?
 もっと怒られるかと思ったのに……。いつもと違う態度とられると、なんだかドキドキしちゃうよ。
 いつもと違う胸のドキドキを押さえるように手を胸に当てていると、視界の端に金色の髪が揺らめいた。
 シュナだ。
『火花? 大丈夫だった?』
 シュナは心配そうに眉を八の字にして私の元へ寄ってきた。
「あっ、シュナ! うん、心配かけてごめんね。全然大丈夫だよ」
 シュナがホッとした顔をする。するとさらに、シュナの背後からマーメイドがふたり、顔を出した。
「シュナ。この子があなたの大切なお友達?」
「無事だったようだな」
 ひとりは男のひとで、シュナと同じ金色の髪で、とってもかっこいい顔立ちをしている。
 どことなくシュナに似ているような気がする。
 それから、男のひとのとなりには薄水色の長い髪の女のひとがいた。こちらは上品な顔立ちのとっても美人なマーメイドだ。
 目の前の男女を交互に見る。
 このひとも、どことなくシュナに似てる。
 このふたりって、もしかして……。