「どうしてそんなことしたの? シュナは、自分の声がだれにも届かないせいでいつも辛い思いをしているんだよ! ひとりぼっちで、沈没船で……」
 シュナのことを思うと、涙が込み上げてくる。
「ふぅん」
 グラアナからは、あまりにも軽い半笑いが返ってくる。
 悔しい。悔しくて、悲しい。
 このひとにとって、シュナの気持ちなんてどうでもいいんだ……。
 ひとの悲しみを笑うだなんて許せない。
 キリキリと歯を噛み締めていると、グラアナは前に落ちてきた髪をそっと後ろに流しながら、気だるげに言った。
「あの子は被害者で私は加害者ね……あなたって、本当にいい子なのねぇ。ふふ……つくづく私の大っ嫌いなタイプだわ」
「えっ……」
 氷のように冷たい声に、びくりと肩が跳ねた。 
「私はただ、あの子に奪われたものがあるから、やり返しただけ。なにも知らない他人にとやかく言われる筋合いはないわ」
 奪われた……?
 眉を寄せる。
「待って、シュナがなにを奪ったって言うの?」
 シュナは本当にいい子だ。だれかからなにかを奪い取るような子じゃない。
 そう続けようと口を開くと、グラアナはスッと表情を消して言った。
「あの子は、私のすべてを奪ったのよ」
「え……」
 ひどく暗く、低い声だった。
 グラアナのすべてを、シュナが奪った……?
「意味わかんないよ。具体的に言ってよ」
 なにを言われたところで、絶対シュナがなにかを奪うなんて絶対信じられないけど。
「あら。それじゃあ、すべてを話したらあなたは私のことを理解してくれるの? 理解して、シュナと同じように私を助けてくれるのかしら?」
「え……」
「ふっ……無理よね。私は海の生き物たちを脅かす恐ろしい魔女だもの。あなたの大切なお友達から声を奪った悪党だもの」
 そう呟くグラアナの横顔は、どこか寂しそうに見えて言葉が詰まった。
「可愛らしくて、可哀想で、孤独なマーメイドプリンセスの言っているほうが正しいのよ。そうよ。正しいわ。あなたは」
 グラアナはふぅ、と息を吐くと、立ち上がった。
「気が変わったわ。あなた、ウザいからもう帰っていいわよ」
「えっ」
 驚いて顔を上げる。
 ――と。
「!」
 グラアナが背中を向けたその一瞬、泣きそうな顔をしたのを私は見逃さなかった。
「……待ってよ!」
 グラアナが振り向いた。
「聞こえなかった? 帰っていいって言ったのよ」
「…………」
 まるで、幼い頃の私を見ているみたい。
 俯いたとき、視界の端でなにかがきらりと光った。
 目を見張る。
「ねぇ、それって……もしかして、真珠だよね?」
「!」
 グラアナの顔が一瞬強ばる。
 床に散らばっていたのは、真珠だった。
「……あぁ。そういえば、真珠って、陸では希少価値が高いんだったっけ。……いいわよ。欲しいなら持って帰っても。お小遣いくらいにはなるでしょう」
 がちゃんと檻の扉が開き、ロイヤルクロックとステッキが返ってきた。
 けれど、私は檻の中から一歩も出られずにいる。
 だって床に散らばってるの、全部真珠なんだもん。
 真珠は、マーメイドの涙の結晶。つまりこの真珠と同じ数だけ、グラアナが涙を流したってことになる。
 どういうことなの……?
「あら。腰が抜けて逃げることもできないのかしら?」
 グラアナはからかうように笑った。
 それでも動かないでいると、グラアナは笑顔を消し、低い声で言う。
「……目障りだから、早く帰ってくれない? そして、二度と私の前に現れないで」
 顔を上げ、グラアナを見る。私はグラアナを見つめたまま、「いやだ」と言った。
「海流で無理やり打ち上げられたいの?」
「それもいやだ!」
「子供か!」
「子供だもん!」
「まったく、見逃してやるって言ってるのにバカなの!?」
「いいよ、バカで! ……でも、その代わり聞かせてよ。グラアナは……なにが、悲しいの?」
「は? いきなりなによ」
 顔全体で、ウザイ、と表現されている気がするけど、負けないもんね。
 グラアナの本音を聞き出すまで、絶対諦めないんだから。
「この真珠、グラアナの涙なんでしょ?」
 グラアナがハッとした顔で私を見る。
「……シュナの涙を、見たことがあるから分かるよ」
 グラアナは小さく「最悪」と呟いて、ため息をついた。
「ねぇ、グラアナも泣いてるの? グラアナにも、なにか事情があるの? お願い、私に教えて」
 するとグラアナは、なにかを堪えるように眉を寄せ、ぷいっとそっぽを向いた。
「ふん。あなたには関係ないって言ったはずよ。さっさと帰って」
「やだ! グラアナが正直に話してくれるまで、私絶対帰らないから!」
「それじゃ、強制退場ということで」
 グラアナの青紫色の瞳が、きらりと光った。
「さようなら、正義の魔女さん」
「へ――?」