んん~なんだろ、くすぐったい……。
 頬をなにかに撫でられるような感覚。
「むにゃ……む?」 
 パッと目を開けると、目の前にほうきがある。私のほうき。マイフレンドほうきちゃん。
 よく見ると、先端が頬に浅く刺さっていた。
「おぉ、くすぐってたのはお前だったか……」
 ほうきを避けて、むくりと身を起こす。
「さてと……。ここ、どこだっけ?」
 回らない頭のまま、辺りを見渡す。
「んん~?」
 なんか、銀色の棒がいくつも見える。その棒の先は、薄暗いけど、ソファにテーブル、本棚が見えるような。
 だれかのお家の中みたい。
 そして、絨毯らしき床の上には、青白い光がポツポツとある……ような気がするけど、目を凝らしてもそれがなにかまでは分からない。
 ……というか。
 え、なにこれ。
 まるで魔獣園の檻みたいなんだけど……。
 ……って、檻? うそ、檻!?
 ガチャガチャと檻を掴んで揺すってみるけれど、ビクともしない。
「なんと。鍵がかかってる!?」
 どうしようどうしよう。落ち着け落ち着け。
「そうだ! 魔法!」
 こういうときこそ魔法だよ! 私、魔女なんだから!
「ステッキステッキ!」
 パッと手をかざして、ステッキを出そうと試みる。
「……あれ?」
 もう一度手を広げてかざす。……やっぱり出てこない。
「ステッキが、ない。……ステッキが、ない!?」
 慌てて腰元を見る。
「な……なんてことだ……」
 ロイヤルクロックもないときた。
 サーッと顔面から血の気が引いていく。
「これじゃ私、魔法使えないじゃん!! ここから出られないじゃん!!」
 もしこのままこの中にいたら、どうなるんだろう。
 このまま歳をとって、おばあちゃんマーメイド?
 いや、その前になにも食べれないんじゃお腹が減るよね。お腹が減ったら力が出ないし……もしかして私、このままカラカラになって死んじゃうんじゃ……!?
「ぎゃあああ、それだけはいやだぁ~!」
 ハッ。あんまり騒いで体力消耗しないほうがいいかな。
 うぅ……もうどうしたらいいのか分かんない。
 とりあえず、私の人生詰んだ……。
 ずーんと落ち込んでいると、
「まったく、きゃんきゃんうるさいわね」
 突然、どこからか声がした。
「ぴぎゃっ!!?」
 飛び上がって驚く。
 ガン!
「いだっ!」
 飛び上がった拍子に頭をぶつけた。
「あたたた……びっくりしたぁ……え、今、声した? したよね? だれ? どこ? なに!?」
 私は目を見開いて、きょろきょろする。
 さっきまでひとの気配なんてこれっぽっちもなかった部屋。
「あっ」
 視線の先に、ぽう、と小さな青白い光が見えた。
 淡く瞬いていた光が、ぽつぽつと徐々に増えていく。
 そして、青白い光が浮かび上がらせたのは、大きな大きな紫色の貝殻の形をした椅子。
 そこに影がひとつ。
「まったく、これだから若いのはいやなのよ」
 うんざりとした声が静かな空間に響く。
 星空の瞬きのような青白いスポットライトの下には、有名な画家が描いたかのような美しい女性がいた。
 女性は、自分の背丈よりずっと裾の長い漆黒のドレスを身にまとい、顔半分を覆うほどの大きなレースのヴェールを頭にかけている。
 ウェービーな紫色の髪と、ヴェールの隙間から覗く青紫色の瞳を縁取るのは、ばっさりと空へ向かう長いまつ毛。
 口元は真っ赤なルージュで彩られている。
 女性は怪しげな眼差しで私を見つめ、微笑んだ。
 わわっ! なに、このひと。
「きれい……」
 しばらくその姿に見惚れていた私は、女性が身動ぎをしたことにハッとして、ようやく瞬きをした。
「あっ……あなたが、海の魔女のグラアナ・サンダースなの?」
 恐る恐る訊ねると、グラアナは綺麗な顔を不機嫌そうに歪ませて私を見た。
「はじめまして。ナイトの魔女っ子さん?」
 グラアナはマーメイドの姿ではなく、ひとの姿をしていた。まぁ、ひと型のほうが魔女らしいから意外ではないけれど……。なんか、思ってたのと違う。なんていうか、想像だともっとわけの分からないバケモノが出てくるものだと思っていた。
 たとえば、黒い龍のような……。
「…………」
 ちら、とグラアナを見る。グラアナはふっと笑った。
「言いたいことがあるっていう顔ね」
「……ねぇ、シュナの声を奪ったって本当?」
 恐る恐る訊ねると、グラアナはさらりと答えた。
「だったら?」
「だったらって……」
 頭にカッと血がのぼる。