夕食を食べ終え火花をペリドット寮に送ったあと、俺はそのままドロシーを送るため、アヤナスピネル寮へ向かっていた。
「火花ちゃん、落ち込んでたね……」
 ドロシーが沈んだ声で言いながら、ペリドット寮を振り返る。
「まぁ、あのダリアンが泣いちゃったんだ。仕方ないさ……」
 あれはさすがの火花も堪えただろう。
 火花はこれまで、泣かされたことはあっても、誰かを泣かせた経験はほとんどなかったはずだ。
「……明日、ダリアン学校来るかな?」
 歩きながら、ドロシーがぽつりと呟く。
「ドロシーはダリアンが心配なの?」
 少し意外だった。
 ドロシーはてっきり、火花を心配しているのだと思っていた。いや、一番は火花を心配しているのだろうが。
「まぁ……たしかにちょっと意地悪なところはあるけどね。でも、ダリアンは裏表はないから」
 なんだかんだ言って、ドロシーもクラスメイトのことが心配らしい。
「ドロシーは本当に良い子だな」
 心からそう思う。
 笑みを向けると、ドロシーはぽっと頬を赤くして、俯いた。
「そ、そんなことはないけど……」
「あるよ。ドロシー、これからも火花をよろしくね。あいつ、明るいようでいて本当は寂しがり屋だからさ」
「ふふっ。それはまぁ、よく知ってる。……けどね、ノアくん」
「ん?」
「ダリアンってね、本当は火花ちゃんのこと大好きだと思うんだ」
「え? ダリアンが、火花を?」
 それは初耳だ。
「顔を合わせればいつもいがみ合ってるから、全然そんなふうに感じたことなかったけどな……」
 首を傾げつつ、火花とダリアンの会話を思い出す。
 ……いや、うん。いつの会話を思い出しても、あの子たちは喧嘩しかしていないような。
 むしろよくそんなに喧嘩ができるなって思うほどだ。
「……考え過ぎじゃない?」
 と、言うと。ドロシーは苦笑混じりに言った。
「本人を前にしてこういうこと言うのはあれかもだけど……ノアくんのことが大好きな女子たちって、基本みんな火花ちゃんのことを敵対視するんだ。影でコソコソ悪口言ったり、嫌がらせしてきたりして」
「え。そうなの……? もしかして、ドロシーにも迷惑かけてた?」
「……いや」
 ドロシーは曖昧に俺から目を逸らした。
 ……マジか。影で嫌がらせまで受けてたのか……。
 いつも明るくしているから気づかなかった。
「それは、ごめん……。ドロシーにも悪いことしてたな」
 すると、ドロシーは顔の前で手をぶんぶんと振った。
「いやいや、ノアくんが悪いわけじゃないし! あ、このことは火花ちゃんには内緒ね? 火花ちゃん、ノアくんとこのことは関係ないからって言ってたから」
「……うん。分かった」
 つくづく思う。ドロシーは本当に優しい子だ。それから、火花も。
「……でね、前に見たことがあるの。火花ちゃんの悪口言ってる子たちに、ダリアンが強く言い返してるところ。ダリアン、火花ちゃんのこと一生懸命庇ってたんだ」
「ダリアンが?」
 それは意外過ぎる。いつもいがみ合っているくせに。
「それに、ダリアンって口は悪いけど、よく火花ちゃんに話しかけてくるでしょ? ノアくんのファンにしては意外だなってずっと思ってたんだ」
「言われてみれば……」
 そうかもしれない。
「だからね、思ったの。ダリアンはもしかしたら、火花ちゃんとただ仲良くなりたいんじゃないかなぁって」
 ふむ。
 顎を撫でながら考え込む。
「……そうか……」
 だからダリアンは、よく俺に絡んできたのか……。
「ありがとう、ドロシー。俺、ちょっとダリアンと話してくるよ」
「うん。お願いね」
 ドロシーを送り届けたあと、俺はそのままアヤナスピネル寮の寮監室へ向かった。