「……そういえば、あれはだれだったんだ?」
 海面に上がりながら、俺は隣を泳ぐ火花たちに訊ねた。
「友達のシュナ。マーメイドプリンセスなんだよ」
 火花に言われ、もう一度少女を見る。
「へぇ……マーメイドって本当にいるんだな」
 まぁ、魔女や魔法使いがいるくらいだからな。いてもなんの不思議もない。
 そして、それはつまり、ダリアンの話も信憑性が増したってことになる。
「可愛いよね、シュナ」
 火花が言った。
 そうか? と思うが。
「……まぁ、そうだな」
 無難に頷いておく。もちろん、火花のほうがよっぽど可愛いと思うけど……なんて、口が裂けても言葉にはできないから。
「えっ、うそ。もしかしてノアくんってああいう子が好み?」
 火花が食いついてきて、ぎょっとなる。
「ばっ!? はぁ!? んなわけねぇだろ!!」
 声の限り否定する。有り得ない。絶対にない。
「そう照れなさんなって。シュナ可愛いもんねぇ。しかも、マーメイドプリンセスだし。あ、今度紹介してあげようか? 紹介料お安くしておくよ?」
 なんて、火花はニタニタしながら俺に手のひらを向けてくる。俺はその手をパンっと弾き返し、
「そうじゃねぇよっ!」
「むぅ。冗談だよ。そんな否定しなくても……」
「ノアくんたら、珍しく取り乱してるね?」
 ドロシーまで驚いた顔をして俺を見つめる始末。
「ドロシーまで……そんなんじゃないってば」
 あぁ、もう。本当にヤダ。なんで俺がこんなに動揺しなくちゃならないんだよ……。あとで覚えてろよ、火花の奴。
「あれ、そういえばダリアンは?」
 俺のペアであるダリアンがいないことに気づいたドロシーが言った。
「巻いてきた」
 簡潔に答えると、ドロシーが苦笑する。
「まるでストーカー扱いだね」
「まぁ、大した違いはないしな」
 火花以外の女はみんな、ストーカーと同じだと思っている。
「いやいや、結構な違いだよ……ダリアンはクラスメイトなんだから」と、ドロシーは穏やかな顔をして言うけれど。
「ドロシーを悪く言うやつはクラスメイトでもなんでもないだろ」
 心から思った言葉を放つと、ドロシーは泳ぎながら、ぽぽっと頬を赤くした。
「ドロシー?」
「あっ、うん。あの……ありがとう」
 ドロシーになぜか礼を言われ、首を傾げる。
「なんでお礼?」
「あ、いや……そっか。無意識なんだね、それ……」
 ドロシーが言い淀んだと同時に、火花が声を上げた。
「あーぁっ!」
「……なんだよ」
「いや? 結局成果なしで授業終わっちゃったなぁって。星の原石も、ご褒美もさ」
「……まぁ、こんなもんだろ」
「そうだよ。それに、シュナと友達になれたんだし、十分な成果はあったよ」と、ドロシーが言う。
 そのとおりだ。マーメイドと友達になったんだから、贅沢言うなってもんだ。
「でも、助けられなかったから」
「まぁ……それは仕方ないんだよ」
 突然、火花とドロシーは暗い顔をして黙り込んだ。
「……?」
 助けられなかったって、なんだ?
 ふたりの様子に、俺は眉をひそめた。
「シュナって、さっきのマーメイドのことか?」
「……うん、そう。シュナはね、グラアナに声の魂を奪われちゃって、声が誰にも届かない子なの」
「グラアナ? 声が届かない?」
 意味がわからない。
「そう。あ、グラアナっていうのはね、海の魔女の名前でね」
「海の……魔女」
 ハッとする。また、海の魔女かよ。
「沈没船で昔の文献を中心に漁ったんだけどなぁ……やっぱり海の魔女に関して書かれた本は存在しないのかなぁ」
 火花は随分しょげた様子で、尾ひれをパタパタと動かしていた。
 沈没船……。
「……火花は、海の魔女について知りたいのか?」
「うん。グラアナについてなにか分かれば、シュナを助けられるかもしれないから。呪いの解き方とか」
「…………そう、だな」
 だが、海の魔女についてならひとつ心当たりがある。
 ダリアンが言っていた例の本が手に入れば……。
 考え込む頬に、太陽の光がじわりと滲んだ。顔を上げると、鋭い陽射しが瞳孔をいじめた。
 海面が近づいてきたのだ。
「とにかく今は学校へ戻ろう。遅れたらランチ抜きの刑になる!」
「わっ! それは勘弁だよっ!」
「急げ~」