火花はいつも明るく振る舞うふりをしながらも、ものすごく周りを気にしていた。
 もちろん、それは火花の第二の両親であるおじさんもおばさんも気づいていたと思う。
 それでも、ふたりは火花になにも言わなかった。言えなかったのだろう。
 言えば火花が余計萎縮して、気を遣って自分を押し殺してしまいかねないから。
 火花は気が強いようで、本当はものすごく弱い。
 いつもひとの顔色を伺って、その場にあった嘘をつく。
 俺は、幼稚園で火花と出会ってから、ずっとあいつを見てきた。
 いつも無理して笑ってるあいつを見ると、苦しくなった。
 自分を全然かえりみないからひやひやしたし、イライラした。
 火花は、俺がいなかったらいくら命があっても足りないやつだ。
 それは単に、彼女がうっかりというだけではない。
 たぶん火花は――自分の命をまったく惜しんでいない。どこかで自分を卑下しているのだ。
 正直、火花のそういう不安定さが俺は大嫌いだった。
 でも――火花は、おじさんやおばさんには見せない顔を、俺にだけは見せてくれた。
 いつも頑なに、誰にも本当の自分を見せなかったあいつが、俺にだけは本当の姿を見せてくれる……。
 その日、火花の手を握って幼稚園に帰りながら、俺は決めたんだ。
 これからは、なにがあっても俺が火花を守るって――。


 ***


 泡が海面のさらにその先にある太陽に吸い寄せられるように昇っていく。
 ゆっくり深いところへ落ちていきながら、俺は小さくボヤいた。
「ったくあいつは……目を離すとすぐどっか行くんだからな……」
 まるで気ままな野良猫だ。
 しばらく下っていると、かなり暗くなってきた。
 ステッキを振り、魔法でライトを付ける……と。
「うわっ!」
 いきなりなにかが視界を占領した。
「ってなんだ、イワシか……」
 俺が入っている泡を割らんばかりにせかせかと通り過ぎていくイワシの大群。
 視界が開けてほんの少し明るくなったかと思えば、今度は目の前に大きな目。
「なっ、なんだ!?」
 目の正体は、大きなイカだった。イカはマッコウクジラと絡み合いながら、勢いよく深海へ潜っていく。
 そういえば、あの二体は犬猿の仲だってなにかの本で読んだことがある。
「海の中って、本当いろんなのがいるよな……」
 深海に差し掛かり、背筋を伸ばす。
 一切の光がなくなった。
 ロイヤルクロックが指し示す方角は、さらにこの下。
「まったくあいつ、どこまで潜ってんだよ……」
 時折岩にぶつかりながら、泡はさらに世界の中心部へ沈んでいく。
 もしこの泡が割れたら、俺はひとたまりもない。水圧のせいでぺしゃんこだ。
 あいつはこんな深い海にいて、本当に無事なのか?
 俺と同じように、魔法で膜を張っているのだろうか。うっかり泡を割ったりしていないといいが……。
「あぁ、もう」
 心配でたまらない。
「火花~どこにいるんだよ~!」
 ぶつぶつ文句を漏らしながらさらに深く潜っていく。
「そろそろだな……」
 辺りをライトで照らしながら、よく目を凝らす。
 すると、前方にかすかな人影を捉えた。
 魔法で周囲の解像度をぐっとあげる。
 ――見つけた。火花だ!
 元気そうな姿にホッとして、直後、ぎょっとした。
「って、なんだあの格好……!?」