私たちはそれぞれ気になった文献をいくつか選ぶと、シュナが隠れ家にしているという船の最上階の室内テラスに向かった。
 そこは、海の中の植物園のようだった。
 天井をアーチ型に覆う天窓は黄色や桃色、緑色がキラキラしたステンドグラス。
 見上げると、泳いでいる小さな魚たちがガラスの色に染まり、鮮やかに部屋を彩っていた。
 物珍しく、好奇心に駆られて泳ぎ回っていると、
「わっ、暗くなった!」
 時折、天窓が影を作った。
『クジラかサメのような大きな海洋生物が上を横切ったんじゃないかしら』
「ほぉ~」
「わぁ~火花ちゃん、見て。こっちにはきれいな鏡があるよ!」
「わっ、本当だ! ……って、うわぁっ!」
 金色の額に縁取られた大きな鏡には、大きなタコが張り付いていた。
 ビ、ビックリした。いきなり存在感マックスにしないでほしい……。
「やぁ」
 タコは触手を一本あげて、私たちに挨拶をした。
 そういえば今、私たちマーメイドになっているから魚類語が分かるんだよね。
「や、やぁタコさん、こんにちは」
「君はシュナの友達かい?」
「そうだよ。あなたも?」
「もちろんさ。僕にはシュナの声は聴こえないけど、シュナは怪我をしていた僕を助けてくれたんだ。だから言葉は分からなくても親友なのさ」
 タコの言葉に、シュナは頬を染めてちょっと照れている。
「それは素敵だね。これからもシュナのことよろしくね」
 なぁんだ。シュナにもちゃんと分かってくれる友達がいたんだね。安心したよ。
「まかせてよ」
『火花、ドロシー。こっちへ来て。奥に私の部屋があるの』
 そうして通されたのは、シュナ専用のお部屋。
 白い猫足のドレッサーには客室から集めたのか、可愛らしいクッションやぬいぐるみたちがちょんと置かれている。
 大きな宝石がついた指輪や(いかり)甲板(かんぱん)にあったであろう黄金色の女神様の像。ベッドはお手製の天蓋付きで、サイドテーブルにはイソギンチャクのライト。
「素敵素敵! お姫様のお部屋みたい!」
 ドロシーはシュナの部屋に入るなり、瞳をきらきらさせてあちこちの小物を眺めている。
『ふたりとも、ここ座って』
 シュナに促され、私とドロシーは大きな貝殻の形をしたソファに腰かけ、本を広げた。


 ***


 それから約一時間。
「……これもハズレかぁ……」
 本を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返した。
 まぁ、分かってはいたけどそう簡単に見つかるわけもないよね。 
 既に百冊は見たと思うけど、海の魔女やグラアナという文字すら出てこない。魔法で調べるにしても、地上に戻って元の姿に戻るための燃料を残しておかなきゃいけないし、あまり無駄遣いするわけにもいかない。
「むぅ。もうなにこれ! 全然載ってないじゃない~!!」
「こんなに探してもないなんて……」
 さすがのドロシーも途方に暮れている。するとシュナが肩を落とし、本を閉じた。
『ふたりとも……もういいよ。もう十分だから。そろそろ授業も終わりの頃でしょう? 地上に帰った方がいいわ』
「いいわけない! ダメだよ! 絶対声を取り戻すの!」
「でも火花ちゃん……肝心のグラアナの居場所が分からないんじゃ、どうしようもないよ」
「それはそうだけど……」
 海の中は陸に比べてずっとずっと広い。そんな中にたったひとりの魔女を探すなんて、無理なことなのかな……?
「火花ちゃん、残念だけど……」
 と、そのとき。どこからか、声のようなものが聴こえた。
 とても神秘的な声だった。
「なに……?」
 首を傾げていると、ドロシーがぎゅっと抱きついてきた。
「も、もしかして、ユーレイ!?」
「まさか」
『違うわ。あれはクジラの鳴き声よ』と、シュナが言う。
「クジラ?」
『そう。きっと、恋人を探しているのね』
「へぇ……」
 クジラって、こんなふうに鳴くんだ……。
 シュナは天窓を見上げながら、穏やかに目を細めた。
「離れ離れになっちゃったのかな? 早く見つかるといいね」
 私たちは目を閉じて、神秘的な声に耳をすませる。
「なんか、歌声みたいで素敵だね」
 さっきまでユーレイとか言っていたくせに、まったくドロシーったら調子いいんだから。
 それからまた、文献を探し続けたものの、なにも見つけられなかった私たちは、結局グラアナの情報をなにひとつ得られないまま、帰ることとなった。
「じゃあシュナ……。また会いに来るからね」
『うん。待ってる』
 別れ際、シュナとぎゅっとハグをする。
「バイバイ、シュナ」
 ドロシーもシュナとハグをして、別れを告げる。
『さよなら、ふたりとも』
 こうして私たちは、シュナと別れて海面を目指した。