一息つくと、シュナは静かに話し始めた。
 話によると、シュナは声が出せないわけではないらしい。
 シュナの声は特殊で、声自体は出せるのに発した声はなぜだか誰にも届かないのだという。
 理由は、海に住むという悪い魔女、グラアナ・サンダースに、声に宿る魂を奪われてしまったから――。
『そう、幼い頃お母様から言われたわ』
 物心ついた頃から自分の声が誰にも届かなかったシュナは、友達もできず、自分の気持ちを伝えることもできず、いつもこの沈没船の中でひとり寂しく歌を歌っていた。
 いつか誰かにこの声が届くことを信じて……。
『半分、諦めていたのだけどね。そうしたらあなたたちが来たから驚いたわ』
「……いやいや! なにそれっ!? グラアナって超最低な魔女じゃない!? 星の原石を独り占めするだけじゃなく、シュナの声も奪うなんて、魔女の風上にもおけないよっ!」
 ぷんっと怒ってみせると、ヒュ~とどこからかなにかが飛んでくるような音がした。
 そして、
 コツン!
「イタッ!」
 どこかから、空き缶が飛んできた。
「え、なに?」
 誰が投げたの? 見事に私の頭にクリティカルヒットしたんだけど。
 辺りを見るけれど、もちろん私たち以外には誰もいない。
 ……となると。
「ちょっとドロシー、痛いよ!」
「って、私じゃないよ! それより火花ちゃん、ちょっと!」
 ドロシーはくわっと目と口を大きく開くと、私の腕をグイッと引き寄せて小声で言った。
「なにこれ!? 今のこの状況、ぜんっぜん意味分からないんだけどっ!?」
「あわわわわっ……」
 ド、ドロシーがキレた……。
「ご、ごめんごめん……」
 苦笑いで謝ると、ドロシーも我に返ったようにコホン、とひとつ咳払いをした。
「ちゃんと説明して!」
「は、ハイハイ……」
 若干まだ怒ってるドロシーに、私はシュナから聞いた話を簡単に説明した。
 シュナはユーレイではないということ。
 海の王国アトランティカのマーメイドプリンセスだということ。
 それから……海の魔女に声を奪われてしまったらしいということ。

 ドロシーは話を聞き終えると、驚いたようにシュナを見つめた。
「シュナちゃん、可哀想……」
 シュナから聞いた話をドロシーに伝えると、ドロシーはぽろぽろと涙を流していた。っていっても、水の中だから涙は見えないんだけど。
「シュナちゃん……!!」
『わっ……』
 シュナは驚いてよろけながらも、抱きついたドロシーを受け止めた。
「ごめんね、シュナちゃん! 私、なんにも知らずにシュナちゃんのことユーレイだなんて思って……必死に上げていた叫びを怖いだなんて、私最低だった……これじゃあなたから声を奪った魔女となにも変わらないよね! 本当にごめんなさい!」
 ガバッと頭を下げたドロシーの手を握り、ふるふると首を横に振った。
『いいの。分かってくれてありがとう』
 シュナの声は泡になって、ドロシーの耳には届いていないけれど、きっとその思いは伝わったのだろう。ドロシーはこくんと頷いた。
 シュナの苦しみは、私ではとても理解することはできないけれど……想像することはできる。
 足元に散らばった真珠を見る。
 ここに散らばった真珠全部、シュナの涙なんだよね……。
 これまでいくら叫んでも、自分以外の誰にも届かなかった声の結晶。辛くても、悲しくても寂しくても、誰にもわかってもらえなくてあふれた叫び。
 家族にさえも……。
「…………家族、かぁ」
 ぽつりと独り言が漏れた。
「火花ちゃん? どうしたの?」
「あっ……いや、なんでもない」
 私は慌ててドロシーとシュナに笑顔を向けて誤魔化した。
「とにかく、シュナのことを助けよう!」
「そうだね……でも、どうやって?」
「海の魔女、グラアナに会いに行く!」
「だから、どうやって? それに、グラアナに奪われたはずの声が、どうして火花ちゃんには聴こえるの?」
『私も、不思議に思ってた。お母様すら私の声を聴き取れないのに』
「それはもちろん、私が特別だからじゃないかなっ!?」
 きらきらスマイルで言ってみる。
 ――と。
「……ハッ。まさか」
 ドロシーに鼻で笑われた。
 むぅ。
「……冗談はさておき、それもグラアナに聞けば分かることでしょ!」
 えっへんと胸を張って言うと、シュナは眉を八の字にして言った。
『でも、居場所が分からないわ』
「イルカさんはグラアナは深海にいるって言ってたよ」
『深海は光もないし、闇雲に探すなんて無茶よ』
「むぅ……」
「もう少し情報を集めないと、グラアナの居場所を突き止めるのは難しいね」
 シュナがこっくりと頷く。
「それならまず、グラアナの情報集めだっ! 魔女って言うくらいだから、学校図書館に行けばなにかしらの情報が得られるんじゃない!?」
「図書館か……それはありかも」
「このまま魔法で学校に瞬間移動しちゃう?」
「火花ちゃん、そんな高度な移動魔法できるの?」
「うん! 今ならできる気がする!」
「却下! そもそも私たち学生は、学校でまだ習ってない魔法を使うのは禁止されてるでしょ! また停学になりたいの!?」
「え~きっとバレな……」
「この前、キッチンに不法侵入且つ爆発、一棟半壊させて停学! そのあとの無断外出カラオケと売店のポテチ三つまでの個数制限無視して七個買ったのがバレて停学一週間追加されたこと忘れたの!?」
『……火花……』
 シュナがえ、マジで? みたいな顔で私を見てくる。
「あはは……」
 いや、面目ない。
「それにシュナは陸に上がれないよ。足がないんだから」
 ぐぬぬ……早くも詰んだ。
「じゃあどうすればいいの~!?」
 ぐしゃぐしゃと髪を両手でかき混ぜていると、それまで黙っていたシュナが口を開いた。
『ねぇ火花、図書館ってなに?』
「あぁ」
 そっか。海の世界には本なんてもの、ないもんね。
「ごめんごめん。図書館っていうのはね……」
「図書館っていうのは、物語を文字で綴ったものとか、勉強になる数式とか魔法の呪文とかが載ってる本がたくさん置いてある場所のことだよ」
 私の言葉を遮って、ドロシーが説明する。
 するとシュナはしばらく黙り込んで、伏し目がちに瞬きをした。
『……それなら、この船にもあるよ?』
 えっ?
「あるの!? 海に図書館!!」
「うそ!?」
 まさかの展開!!
 こうして私たちは、沈没船の中にあるという図書館に向かうことになった。