〇カフェ
テーブル席に座り対面する翔琉と陽介。
翔琉はコーヒーを飲んでいる。
陽介「単刀直入に言います。結婚の契約はなかったことにしてください」
翔琉は、たっぷりと時間をかけて、カップをソーサーに置いて、陽介を見た。
翔琉「陽介くん、だっけ? 君さ、契約っていうのは、何のためにするかわかってる?」「破られないためだよ」
陽介「そ、それでも、こんな契約おかしい! そっちは契約だから別に花じゃなくたって誰でもいいんだろ? 他を当たってくれよ!」
陽介は曇りのない真剣な眼差しで頼み込む。
翔琉(誰でもいい……か。まぁ、そうなんだけど……。なんで俺はむかついてるんだ?)
翔琉「花のこと、好きなんだ?」
陽介「……悪いかよ」顔を背けて。
翔琉「そうか……、君には悪いけど、契約は破棄できない。俺も困ってるんだよ。そもそも他にいい人材がいれば友人の妹なんかに頼んでない」
陽介「っ」
口を開く陽介を手で制する翔琉。
翔琉「一年、我慢してくれないか」
陽介「一年なんて待てるかよ」
翔琉「――いつから好きだったのか知らないけど、告白してないところを見ると、どうせ今の花に気持を伝えたところで受け入れてもらえるとは思ってないんだろ?」
陽介「う……」図星を刺されて悔し気に目を逸らす。
翔琉「あいつの頭に恋愛のれの字もないもんな。君も大変だよな」仕事モードのスイッチが入り対クライアント向けの翔琉になる。
陽介「そ、そうなんだよ! 俺がどれだけ苦労してきたか……」
涙目になりながらうんうん頷く陽介。
翔琉「一年後に契約が終われば花は晴れて自由の身だ。告白するなりなんなり好きにしていいから、1年だけ我慢してくれないか」
陽介「で、でも……」
翔琉「それに、この契約は花にもちゃんとメリットがあるわけだから、見守るのも花のためだと俺は思うけど?」
陽介「……わ、わかったよ。もうかれこれ三年も我慢してんだ、あと一年やそこら我慢してやるぜ!」
翔琉「わかってくれて嬉しいよ! ありがとう、陽介君!」「それじゃぁ」と言って翔琉は席を立った。
翔琉(男子高校生ちょろっ)悪魔になったデフォルメ翔琉。

〇オフィス・キッチン
猛スピードでボウルの中身を泡立て器でかき混ぜる花。シフォンケーキを作成中。
花(もぉー! 陽介のやつぅ! 翔琉さんに迷惑かけて! 何考えてんのよあいつ!)
イライラMax。
ドン!とボウルを台に置く音が響いて、山戸と狹川が体をビクつかせる。
山戸「よりによって翔琉さんの彼女を狙うとはな」
狹川「相手は高校生だろ? 可哀そうに……」
山戸「言い負かされて終わりだな……」
陽介を気の毒がる二人。
花はひたすらボウルをかき混ぜる。

そこに翔琉が戻ってくる。表情から感情は読めない。
山戸・狹川「お疲れっす」
花「あっ、翔琉さん!」
花を見てふんわりと微笑む翔琉。
花(機嫌は良さそう……?)と、ちょっと安心していると、近づいてきた翔琉は花の首に腕を回して軽く抱き寄せる。
花(わっ……)
翔琉「ちょっと充電」
花(こ、これは、慣れるための練習)と心を無にしてボウルをかき混ぜる手を止めない花。
花「あの、それで陽介は……」
翔琉「帰ったよ」
欲しい答えを貰えない花は困惑する。
花「な、何か失礼なこと言われませんでした?」
翔琉「うん、大丈夫。納得してくれたんじゃないかな」
花(えっ、あの陽介が? 翔琉さんすごい……)
花「ありがとうございます。迷惑かけて本当にすみませんでした」
翔琉「それ、お菓子?」ボウルの中身を覗き込んで。
花「シフォンケーキです。出来たら持っていきますね」
翔琉「……」じーっと花を見つめ、考える。
翔琉(なんで俺、あいつ(陽介)にイラついたんだ?)(あ、あれか、ペットが他のやつに懐くのが面白くない、みたいな感覚か)一人納得。
花「? あ、シフォンケーキ嫌いですか?」
翔琉「あ、いや、嫌いじゃない。出来たら持ってきて」
花のおでこにちゅっとキスをして去っていく翔琉。
翔琉(手は出さない、とは一言も言ってないからな)陽介の顔を思い浮かべながら。悪魔なデフォルメ翔琉が舌をべーっと出す。
パタンとドアが閉まる。
何が起こったのか分からず固まる花だったが、状況を理解してみるみる顔が真っ赤になり爆発。
花(なんか、スキンシップがだんだん激しくなってない⁉ この先どうなっちゃうの? 私、もしかしてとんでもない仕事引き受けちゃった~⁉)涙目のデフォルメ花。

〇市役所・窓口
花の誕生日当日。婚姻届を役所に提出。
役所の人と対面で窓口に座る花と翔琉。花は緊張の面持ち。翔琉は平常。
役所スタッフ「はい、確かに受理致しました。ご結婚おめでとうございます」
翔琉「ありがとうございます」
花「ありがとうございます」
翔琉「じゃぁ、行こうか」ほほ笑み、花を見つめて。
花「は、はい」
よそ行きのさわやかな笑顔にどきっとする花。翔琉が差し出した手を取り二人は役所を後にする。

〇外
手をつないだまま並んで歩く二人。
花(いつまで繋ぐんだろう……、お兄ちゃん以外の人と手なんて繋いだことないから緊張で手汗がぁ)
翔琉「結婚なんて呆気ないもんだよな、紙切れ一枚書いて終わりなんて」しみじみと。
花「そうですね……」(確かに、全然実感ない)
翔琉「まぁ、だから結婚式があるのか。あんな面倒くさいだけの、挙げたがるやつ等の気が知れないけど」
花モノ『私たちは、翔琉さんが多忙だからと式は挙げないことになっている』
翔琉のあまりの物言いに苦笑いで返す花。
花(仕事命だもんね)
ふと、駅を通り過ぎていることに気づく花。
花「あれ、どこ行くんですか?」
翔琉「今日のもう一つの用事」
花「こ、ここは」
と、足を止めたところは有名ブランド宝飾店・ティ〇ァニー。
花「翔琉さん、何買うんですか?」真顔で聞く花に翔琉はあきれ顔を向ける。
翔琉「何って、お前な……。指輪だよ、結婚指輪」
花「えっ、契約なのに⁉ ――むむっ」口を手でふさがれる。
翔琉「声がでかい」
花「1年ですよ⁉ も、もったいないですって!」手をどけてひそひそ声で抗議する花。
花(いくらするか想像もつかないんですけど⁉)
翔琉「安物で済ませたら母親に怪しまれるから、仕方ないだろ。ほら入るぞ」

〇宝飾店・店内
手を引かれて否応なく店内へと連れていかれる花。高級感溢れる煌びやかな店内に気後れする。
店員「いらっしゃいませ、本日はどのようなものをお探しでしょうか」
翔琉「結婚指輪を」
店員「かしこまりました、こちらへどうぞ」
案内されたカウンターの前に座る二人。目の前のショーケースには、きらきらと輝くアクセサリーの数々。
翔琉「適当に何種類か見繕っていただけますか」
店員「少々お待ちください」

少しして、十数個の指輪が並べられた黒いベルベット生地の美しいアクセサリーケースが目の前に置かれる。
店員「プラチナ、ゴールド、シルバーのものをそれぞれいくつかお持ちしました」
翔琉「ありがとうございます。花の好きなデザインある?」よそ行きスマイル。
花「え、えっと……」冷や汗だらだら。店員はにこにこ。
花(ひーん、選べないよぉ)涙目のデフォルメ花。
翔琉「気になったやつ、嵌めてみなよ」爽やかスマイル。だけど(さっさと選べ)という圧を感じて花は焦る。
花「こ、これとか綺麗……」シルバーのシンプルデザインの指輪を指さす。
翔琉がそれを取り、花の左手を掴んで薬指に嵌める。
花(うわ……、これって、なんか……)テレビで見たことのあるシチュにドキッとする花。
翔琉「うん、綺麗だ、よく似合ってるよ」
まっすぐ目を見て翔琉にそう言われて、花の顔がぶわっと一気に赤くなった。
店員「どうぞ、色々お試しくださいね。最近は、婚約指輪を作らない代わりに、結婚指輪に石のついたデザインを選ぶ方も増えているんですよ。こちらみたいな……――」

〇店の外
店員に見送られて、店を後にする二人。手も繋いでいる。
翔琉「出来上がりは3週間後か……、意外にかかるもんだな」
花(つ、疲れた……! さよなら諭吉さん達……)
げっそり顔のデフォルメ花は、飛んでいく大量のお金に涙。
翔琉「思ったより早く決めれたな、えらいえらい。よし、美味いもんでも食いにいくか」
花「えっ、翔琉さんお仕事は?」
翔琉は、見上げてきた花を優しい顔で見つめ返す。
翔琉「奥さんの誕生日くらい休まないとな」
花「お、おっ……」(奥さん……!)
顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせるだけで言葉がでない。
翔琉「ははっ、顔真っ赤!」
花「もー! からかわないでくださいよ!」
上機嫌で歩を進める翔琉。それに必死に付いていく花。
その後レストランでランチとデザートを食べる楽しそうな二人の絵。

〇翔琉のマンション(オフィスの上階、同じ間取り)夕方
食事と買い物を終えて楽しそうに帰宅した花と翔琉は、玄関で靴を脱いで部屋に上がる。
3LDK(寝室、書斎、トレーニングルーム、LDK)
モデルルームのようにスタイリッシュなインテリアに、花は口を開けて驚く。
花「はぁー……お洒落……」
翔琉「間取りは下のオフィスと同じだから」
花「こんなファミリー向けマンションを2部屋も……」
翔琉「あぁ、ここは俺のじいちゃんのマンションで、格安で借りてるんだ」
花「へぇ、ちゃんとお金払ってるんですね」
翔琉「ま、会社の経費扱いだしな」
奥へ進みながら翔琉が間取りを説明していく。
翔琉「右手は書斎、左手がトイレ、その隣がバスルーム」「で、ここが寝室な」
翔琉が開けたドアから、ひょっこり中を覗いた花は首をかしげる。
花「あ、あの、ベッドが一つしかないんですけど……私はどこで寝れば……」
翔琉「このベッド使っていいよ」中へと進み、ベッドを指さす。
花「……え?」きょとんと翔琉を見上げる。
翔琉「俺こっちで寝ることほとんどないから」「多分、ほぼ花の一人暮らし状態だと思う」
花「そ、そうなんですか? 翔琉さん、オフィスの休憩室で寝てるんですか?」
翔琉「んーまぁ、適当に?」
ちょっと濁して言う翔琉に花は、ピンとくる。
花「あ、その感じはちゃんと寝てませんね? 今日だって何回あくびしてたか!」
翔琉「悪かったな、いつものことだろ」
分が悪くなった翔琉は、一瞬気まずそうな顔をするも、すぐに意地悪い笑みを浮かべた。
翔琉「あ、もしかして」言いながら花の手を絡め取り、もう片方の手で腰を引き寄せる。
花「わっ」
翔琉「一人で寝るの寂しいとか? そんなに俺と一緒に寝たい?」
ぐっと近づく翔琉の魅惑的な顔に、ドキドキ。
花「ちっ、違います! 誰もそんなこと言ってません!」
目一杯顔を背けて拒否する花を翔琉は笑う。
翔琉「はは、首まで真っ赤」
すり、と花の赤くなった首元をさする翔琉。
花「ひゃんッ」
翔琉「……襲われたいの?」
非難の目を向ける翔琉に、花はますます赤くなる。
花「ちがっ! か、翔琉さんが、いきなり触るからっ!」
必死に言う花を、翔琉はぎゅっと抱きしめる。
翔琉「もー、なんなのお前」(可愛すぎんだろ)
翔琉「このまま押し倒していい?」
花「っ⁉ ダメに決まってますー!」
どんっと両手で翔琉を突き飛ばす。翔琉はベッドに倒れ込む。
寝室から逃げる花。

〇オフィス・LDK 夜
パンパンッ!パーンッ!
クラッカーが鳴り響き、キラキラが舞う中、驚く花のアップ。
優・麻央(彼女)「「成人・結婚おめでとぉーー!」」
夕飯はオフィスで食べるからと翔琉に連れられて向かったオフィスで花には内緒のサプライズパーティー開催。テーブル(スタッフの作業テーブルとは別の)の上にはごちそうが並ぶ。
花「麻央ちゃんひさしぶり! ありがとう、嬉しい!」
抱き合う二人を見ながら「俺は?」と不服そうな優。
みんなで楽しくわいわいパーティータイム。
成人祝いに優からは腕時計、麻央からは化粧品セット。
花「ありがとう、大事に使うね……!」うるっとくる花。
麻央「結城くん、花ちゃんのこと泣かせたらただじゃおかないんだからね!」
翔琉「はいはい」
優「麻央、それ俺のセリフな」
笑う花。ケーキを食べてウノやジェンガで遊ぶ絵。

〇玄関
その後、お開きとなり、優と麻央は帰宅。
貰ったプレゼントを手に嬉しそうな花を玄関で見送る翔琉。
花「じゃぁ、私も戻りますね。今日はありがとうございました」
翔琉「これやる」
翔琉はラッピングされた細長い箱を差し出す。
花「えっ……開けてもいいですか?」
翔琉が頷くのを見て包装を開けると、中には小さな花のモチーフと、青い宝石のついたネックレスが。
花「これ……もしかしてサファイア?」
翔琉「9月の誕生石だって、店員に勧められた。……気に入らなかったら捨てるなり売るなり――」
ちょっと気まずそうな翔琉。
花(私のためにわざわざ選んでくれたんだ……)
花「大切にします! ありがとうございます!」満面の笑みで。
翔琉「あ、そ。……じゃ、俺仕事するから」そそくさと踵を返す翔琉。
花「おやすみなさい」
翔琉「おやすみー」
花は上階の部屋に一人帰り、幸せ心地でふかふかベッドで就寝。

〇翔琉のマンション・寝室・早朝
ピーンポーン。
インターホンの音で目が覚める花。
花「ん……日曜のこんな朝早くから誰……」
ピンポンピンポンピンポンピーンポーン。
花「だー! うるさいなぁ!」
飛び起きてモニターを見ると、知らない美少女がそこに映っていた。
花「誰……?」