〇オフィス・玄関

カチャ、と玄関ドアが開き、優がやってくる。
そこに慌てた様子で現れたのは山戸。
優「お、」
山戸「しーっ! 優さん、静に!」
ひそひそ声でそう言われ、優は首を傾げた。
山戸はそんな優に手招きし、翔琉の執務室のドアをそーっと開ける。
覗く二人。
部屋の中、ソファの上で仲良く密着して眠る二人がいた。二人の上にはブランケットがかけられていた。
優(翔琉がオフィスで寝るなんて……。てか、もうそんなに仲良くなったのかあの二人は……)
ちょっと複雑な兄。
そっとドアを閉じて、山戸と優はダイニングルームへと移動。
山戸「花ちゃんが翔琉さんの部屋から戻ってこないなーって思って見に行ったら……」うしし、と笑う。
狹川「俺は万が一ってこともあるから覗くの止めたんすよ?」
優「万が一ってな……、まぁ、それはありえん。二十歳になるまで手は出すなって言ってある」
山戸「えっ⁉ まだ二年もあるじゃないですか! 翔琉さん大丈夫っすか⁉」
優「花はまだ18だぞ? いくら相手が翔琉でもそれは許さん!」腕を組んでふんぞり返る。
狹川・山戸(翔琉さん気の毒~)

〇オフィス・翔琉の執務室
翔琉「ん……」(あ、俺、寝て……、うわ!)
目が覚めた翔琉は、まず自分が寝ていたことに驚き、次に腕の中に花がいることに驚く。アイマスクはズレて落ちてる。
花の手を握り、背中に手を回すその体勢から、自分が花を離さなかったのがわかり、赤面する。
そっとソファから抜け出した翔琉は、花が落ちないように奥にずらしてやる。
翔琉(って、もう10時⁉)
ある事情(子どもの頃のトラウマ)から極端に睡眠を嫌う翔琉は、自分が4時間近く寝ていたことに驚きを隠せない。
翔琉(4時間も寝たけど、うなされなかった……なんでだ……)
花「ううん……」
唸りながら寝返りを打つ花を見下ろす翔琉は考える。
翔琉(よく寝れたの、もしかしてこいつのおかげとか……? いや、まさかな……。とりあえず仕事……)
デスクに戻った翔琉はスマホを確認。優からメッセージが入っていた。
優『ちゃんと花を送り届けるように』
それを見て顔をしかめる。
毛布もかけられていた上、このメッセージの内容=一緒に寝ている場面を見られたという方程式が成り立つ。花の兄である優に見られたことが何よりも気まずい。
翔琉(なんて説明すればいいんだよ……)
頭を悩ませる翔琉をよそに、ソファの花が寝言を言う。
花「んー……お金がいっぱぁい……」
翔琉「ぶっ」(夢でも金かよ)
花「……ん? 寝ちゃった⁉」
すると花ががバッと勢いよく起き上がり、周りを見回す。
翔琉「……おはよ」
花「はっ! 翔琉さん! すみません、私、」
翔琉「悪かったな……、その……」
花「翔琉さん、寝れました⁉」
デスクに両手をついて前のめりになる花を、翔琉はぽかんと見上げる。
翔琉「あ、あぁ、俺もついさっき起きたとこ」
花「よかったぁ~! 私寝るつもりなかったのに、ぽかぽかしてきてつい。でも、無事に業務遂行出来たようなので、結果オーライということでっ」
翔琉「業務……?」
花「はい! 寝不足の翔琉さんを寝かせるという体調管理責任者としての業務です!」
数日前から翔琉を寝かせようと、アイマスクをエプロンのポケットに忍ばせていた花。
花(作戦成功っ!)
翔琉「ふはっ」
花の変に真面目な性格に笑みがこぼれる翔琉。
その嫌味のない笑顔に花の胸がドキッとする。
花(笑った顔、初めて見たかも)
頬がほんのり赤く染まる。
翔琉「体調管理責任者さんとやらは、仕事のためなら添い寝までしてくれちゃうんだ?」
花「あ、いや、それは、不可抗力と言いますか」気まずそうに目を泳がせる花。

ぐううううううう。

花のお腹が盛大に鳴った。
花「はわ、わわ」
翔琉「ぶっ……あはははは!」
お腹を押さえ、恥ずかしさのあまり言葉を失う花を、翔琉は大笑いした。
翔琉の満面の笑みに目を奪われる。
花(か、かわいい……)
翔琉はひとしきり笑った後、目尻の涙を指で拭う。
翔琉「飯、食うか。俺も腹減った」
花「じゅ、準備してきますっ」
一瞬でキッチンへかけていった花を見送って、翔琉は穏やかな笑みを浮かべていた。

〇キッチン
一方キッチンに着いた花は、ドキドキする胸を押さえて顔を真っ赤にしている。
花(何これ、胸がうるさい……)
俯く花の真っ赤な顔のどアップ。 

〇学校・教室
大あくびをかます花に、綾香が声をかける。
綾香「めずらしい、寝不足~?」
花「ま、まぁね」ちょっと焦る花。
〇回想・昨夜
二人で夕飯を食べた後、翔琉に家まで送ってもらった頃には12時近かった。
花(翔琉さん、優しかったな……。やっぱり睡眠大事ね)
始終和やかな雰囲気で、優しかった翔琉を思い出す。
家に着くと待ち構えていた優にがみがみとお説教される翔琉の間に入って、花が自分が悪いと事情を説明してなんとかその場を納めた。
優「翔琉、結婚は許したが、あくまで契約だからな! 花が二十歳になるまで手出したら許さんぞ!」
翔琉「……うるせ」少し不服そうにぼそり。
優「翔琉!」
花「お兄ちゃん、もう遅いんだから、解放してあげて。翔琉さん、送ってくれてありがとうございました。おやすみなさい!」
喚く兄を押しやって部屋の中に消える花。

〇回想終わり
綾香「例のお仕事(・・・)はどう?」
花「楽しいよ、前にやってた家事代行のバイトみたいな感じだし」
綾香「今週末にいよいよ引っ越すんでしょ?」
ちょうど土曜日が誕生日なため、入籍と引っ越しをまとめてやることになっている。
花「うん、引っ越しって言っても、私は着替えとか持ってくだけだしね」
綾香「えぇ~イケメンと一つ屋根の下とか、ドキドキしちゃわない?」
花「あ、翔琉さんはほとんどオフィス暮らしだから、一人暮らしみたいなものだよ。夢だったんだぁ、一人暮らし!」
目を輝かせる花に、綾香は苦笑いを浮かべる。
綾香(相変わらず恋愛事に興味なし、か。これじゃぁ陽介が告れないのも無理ないかー)
綾香「そういや、陽介はあれから何か言ってこないの?」
花「ん? あぁ、そう言えば静かだね?」
花(ちょっと強く言いすぎたかな?)
『嫌いになるからね!』と言った時の陽介の悲壮な表情を思い浮かべる花。(4話ー学校・校庭)
花「まぁ、諦めたんじゃない?」
綾香「ふーん」(どうだろうねぇ……)
教室内、友達と話す陽介を横目で見る綾香。

〇オフィス
花「お、お疲れさまでーす」
昨日のことがあり、少し気まずい花。
花(ううっ、いくら付き合ってるていとは言え……あんな場面見られて恥ずかしい……)
山戸・狹川「おつかれさまー」(昨日あの後どうなった⁉)(まさか翔琉さん、手出してないよな?)
気もそぞろで花と目を合わせられない二人。
花「あ、あの、昨日は毛布をかけてくださってありがとうございました……、私はともかく、翔琉さんが風邪引かずにすんで助かりました」
狹川「あっ、う、うん、翔琉さんに書類を届けに行ったらさぁ~……なぁ」山戸に投げる。
山戸「ぅえ、そ、そう、起こすものあれだし風邪引くとあれだからかけといた!」
花「それに、仕事中に寝てしまってすみませんでした……」
ぺこりと頭を下げる花に二人は両手を顔の前で振る。
狹川「全然!」
山戸「俺たちも最近翔琉さんの顔色の悪さを心配してたとこだからさ! 花ちゃんグッジョブ!」
花「皆さん……ありがとうございます! 私、頑張りますね!」拳を握りガッツポーズ。
山戸・狹川「う、うん」(な、なにを……?)内心不思議がる二人。

と、そこに現れた翔琉が花に後ろから抱きつく。花の頭に顎を置き、首に腕を回す翔琉。
翔琉「なぁんか、最近楽しそうだね、君たちは」狹川と山戸を見下ろして。
山戸・狹川「あ、翔琉さん、お疲れさまです」
※この二人は翔琉を崇拝している。
花(うわ……近い)(慣れろ、慣れるんだ、私! これは訓練!)必死に平然を装う花。内心は汗びっしょり。
翔琉「花は俺のなんだからな、手出すなよ」
山戸「め、滅相もない!」
狹川「恐れ多いっす!」
花(俺の、って……)(振りってわかってても恥ずかしいっ)
翔琉の腕の中で、耐えられず顔を真っ赤にする花だった。

〇オフィス・5時過ぎ

ピーンポーン♪

オフィスのインターホンが鳴り、カメラを覗くとそこには陽介が。
花「えぇっ⁉」(陽介がどうしてここに⁉)
その声に山戸と狹川もなにごとだと寄ってくる。
狹川「誰この爽やか青年は」
山戸「花ちゃんの知り合い?」
花「クラスメイトです。ここの場所は教えてないのにどうして知ってるのか……」
心底不思議がる花。
狹川・山戸(はっはーん♪)察する二人は顔を見合わせてにやり。
山戸「とりあえず、入れてあげたら?」
花「いえ、皆さんの迷惑なので外で話してきますね。すぐ戻りますんで」
〇マンション・エントランス
オートロックのため、エントランスホールまで降りていった花は、ムッとした顔。
花「なにしてるの?」
陽介「あっ、花! 翔琉ってやつと話がしたい!」
花に駆け寄り、肩を掴む。
花「翔琉さんは、忙しいの。それに来ないでって言ったよね?」
陽介「うっ……でもさ……やっぱ黙って見てらんねぇよ……俺……俺さっ、おまえのこ」
翔琉「――なにしてんの?」

現れた翔琉が花の体を抱き寄せて、陽介から引き離す。
花「翔琉さんっ」
見上げる花の目に、キリっと険しい表情の翔琉が映りトクンと胸が鳴る。
花「あの、友達の陽介です。すみません、すぐ帰らせるんで」
翔琉「俺の(・・)花に、なんの用かな」
陽介「花は物じゃない」
身長が同じくらいの二人がバチバチと対峙。
花(うわうわうわー、なんでこうなるのー)
陽介「それに、そもそも契約結婚だって知ってるんでそういう牽制とかいらないです」
翔琉から非難の視線が送られて、花は萎縮する。
花「ふ、不可抗力で聞かれてしまって……」
それを聞いた翔琉は溜め息を一つ。
翔琉「……で、俺に話でもあんの?」
すると陽介は気まずそうに花を横目に見て言う。
陽介「二人だけで」
翔琉「じゃぁ、花は部屋に戻ってな。ちょっとそこのカフェ行ってくるから」
花「で、でもっ」
と食い下がる花の耳元に口を寄せて翔琉は陽介に聞こえないように囁いた。
翔琉「15分で戻るから大丈夫。なんかお菓子でも作って待ってて」
ドキッと頬を赤らめながらこくんと頷く花を見て胸を痛める陽介。
花は頬を膨らませて陽介をジロリと睨みつける。大好きな花に睨まれて怯む陽介。