私は一度目を閉じて、それから開けた。
他人の家はなにか特別で、味わうべきもののような気がする。
キッチンからカフェオレのコップを2つ持った伊織が出てきて言った。
「朝田さん、いつもカフェオレだけど」
「ううん、ありがとう」
私は飲み物をローテーブルに置くと、ソファーに寄りかかって目を閉じた。
「疲れてるの?」
ソファに座った伊織が聞いた。
「ううん」
「眠いの?」
「ううん」
「どうかしたの?」
伊織が聞いた。
「伊織んちくると暖かい」
私は起き上がって言った。
「なんだ」
伊織が笑った。
「眠いのかと思った。眠っててもいいよ。まだ誰も帰らないから」
「うん」
私はソファーにあがった。
私が伊織の家に遊びに来るのは初めてではなかった。
伊織が転校して来て、引っ越し先が自分の家のすぐ隣だったので、私は驚いた。
伊織は私のクラスの転校生だった。
自己紹介をする時、伊織は黒板を背に立っていた。
教室中が転校生を興味津々で見ていた。
担任に紹介されると、伊織は、リラックスしてよろしくお願いしますを言った。
先生が話している間伊織はずっと教室の後方を見ていた。
伊織にじっと見られるまで、私は前に一度図書館で伊織と会ったことがあるのを忘れていた。
私がやっと気づいて目を瞬くと、伊織は私に向かって軽く会釈をしたのだった。
なんだかんだで、私はこの頃、しょっちゅう、伊織の家に行く。
カフェオレを置いて、ソファーから、私はカーペットにずり落ちだした。
そのままパタンとカーペットに倒れる。
遊んでいるだけだ。
「何してんの」
伊織が寝転がっている私を見下ろした。
黒い髪がさらっと流れて、黒い瞳がこっちを見ている。
伊織ってきれいだな、と頭の隅で思ったが言わなかった。
代わりに上に向かって手を伸ばすと、伊織はつられて天井を見上げた。
「寝るならソファーで寝なね」
伊織が言った。
「うん」
「返事だけしてる」
「うーん」
「床で眠ると風邪引くよ」
伊織が言った。
私は無言で、カーペットを撫でた。
「眠い」
「眠たがり。ちゃんとしなよ。ほら毛布。」
そう言うと伊織がブランケットをソファーから取って、かけてくれた。
私はその場で丸くなって、ちょっとの間まどろんだ。