結と目が合った桔梗は何故か、酷く驚いた様子で数秒間だけジッと結を見て直ぐにショウに甘えん坊な猫の様にくっ付いていたが何か様子がおかしい…と、結は感じた。
だって、好きな人がまさかの同性でしかも妻子持ちで苦しい。だから、ゲイやホモでもないのに自分はノーマルなのに、好きで堪らない人が男だったから好きなを思い浮かべながら色んな男とヤりまくってる。
最中は人にもよるが、“違う”と分かっていてもその時ばかりは心と体が満たされる気持ちになった。
しかし、それも必ず終わりがくる。それが終わってしまうと直ぐに虚しさと罪悪感、後悔など負の感情でどうしようもない嫌な気持ちになるばかりだ。何より、自分に対しての嫌悪感を酷く感じてしまう。
だけど、颯真への恋心を忘れる事もできず、このどうしようもない気持ちを忘れたいがために、ついまた同じ事を繰り返してしまう。
このままじゃいけないと思ってるのに(割愛)と、必死になって自分の行き場のない苦しくも辛い恋愛相談を蓮がしている最中……
結を見て驚いた表情を浮かべた桔梗が、結から目線をショウに変えて直ぐに
「……えっ!?」
と、ショウの悲しそうな驚きの声と同時に、ショウは結を悲しそうな目で見てきたのだ。
……え?
なんだ?今度は、一体何が起こったっての?
と、困惑する結だったが
「自分の事ばっかしか考えねークズクソヤローの話は、一旦ここまでだ。蓮、テメーは勝手に男漁りでも何でもしてりゃいいがーーー」
なんて、蓮を冷たく突き放す桔梗に
「……なっ!!?自分が恋愛に上手くいってるからって、そんな言い方はあんまりじゃないのか?
桔梗には、人の心はないのか!この冷酷悪魔!!」
と、蓮は酷く傷ついた様子で桔梗を怒鳴りつけた。
そんな蓮を白けた顔で桔梗は見ながら
「恋愛が上手くいってる以外、その言葉そっくりそのままお返しするぜ?」
そう言葉を返してきた桔梗に
「……は?意味分からないんだけど。自分は、妻子ある颯真さんの事を考えて、颯真さんの家庭を壊さないようにーーー」
自分はこんなにも相手の事を考えてるのに、心外だとばかりに口論してくる蓮の話の途中で
「…へぇ〜。“結の心は壊した”のに、愛しの颯真の家庭は壊せないって悩んでるんだ?」
桔梗は割って入ってきた。
その言葉に、蓮は「…は?」と分かっていない様子だったし肝心の結も「…いや、私の心は壊れてないけど?」と、キョトーンとした顔をして桔梗を見ていた。
結のそんな様子を見て、ほら見ろ!本人だってそう言ってるだろ?と、急に何をおかしな事を言い出してるんだ?と、蓮は桔梗を馬鹿にするように笑っていたが
「結ちゃんの場合、“無自覚”“防衛本能”って、症状なのかもしれないって。」
ショウまでもが、そんなおかしな事を言い出してきた。
「……は?」
と、思わず声を出してしまった結も蓮も、何のこっちゃとポカーンとした顔をして二人を見てきた。
「桔梗はお医者さんの免許も心理カウンセラーの免許も持ってるから、桔梗の診断が間違ってなかったらそうなんだと思うよ?今まで桔梗が診断間違えた事ないけど。」
なんてショウの爆弾発言にポカーンとして桔梗を見ている二人だが、結に関しては既にこの話は知ってるはずだが今の今まで忘れていたのだろう。
それに特別な免許なので年齢制限もあったのだが、桔梗のあまりの天才ぶりとショウに何かあった時のために最近特別に特例中の特例で免許取得が許された様だ。
「結はショウが大切に思ってる友達だから、特別、な?」
桔梗は、結や蓮の有無を言わせず聞かず勝手に話を進めていったので、放心状態の結と蓮は桔梗に流されるままポケーっと桔梗の話を聞いていた。
「家族の人にも聞いてほしい話ではあるけど、まず結に自覚症状がないから結の気持ちも考慮して結の兄である蓮にも一緒に話を聞いてほしい。
何より結の家族に問題がある様に見受けられる事から、家族と一緒に話を聞くという事すら難しいかもしれない話でもある。」
なんだか、本格的な感じがしたが蓮は
結のあの温かく優しい家族に一体何の問題があるって言うんだ?
見当違い違いもいいところだ、偽医者
と、心の中で、桔梗を笑っていた。
「まず、最初に結。君は、蓮の話を聞いてどう思ったかな?みんなの意見を参考にしたいからね。嘘偽りなくありのままに正直に話してほしい。
どんなに、キツイ言葉をたくさん言ったって構わないよ。その為の相談の場なんだから。結の率直な意見を教えてくれる?」
いつになく柔らかな雰囲気と喋りで結に質問してきた桔梗に、多少戸惑ったものの
「…あ〜、ぶっちゃけ、どうでもいい下らない話だなって思ったよ。」
遠回しに言う事を知らない不器用な結は、ありのまま自分の思った事を口に出した。
すると、それを隣で聞いていた蓮が物凄く驚いた表情をして結を見ると徐々に怒りに満ちた顔に変わっていった。
「…お、お前!どうでもいい、下らない話って何だよ!?こっちは、物凄く悩んで苦しんでるってのに!
お前は、恋をした事がないんじゃないのか?」
なんて怒りのまま、最後あたり当てつけの様に、あり得ないと思ってる言葉を口に出したのだが
「恋?なに、それ?
あはは!ない、ない!私に限って、恋や恋愛なんてする訳ないよ。私だよ?」
なんて、自分を悲観してる風でもなく、何おかしな事を言ってるんだと心から笑って答えてる結の姿があった。
それを見て、蓮は初めて結に対して何かかしらの違和感を感じ「…え?」と、いつの間にか結に対する怒りはなりを潜め、それは徐々に不安という形に形を変えていった。
「それにさ。お兄ちゃんが、蓮君の容姿が好みだったらお兄ちゃんとの恋愛もあり得るんじゃないか?不倫になっちゃうけどさ。その前に、お互いが好きあってたらお兄ちゃんがお義姉ちゃんと離婚すればいいだけの話だろ?」
こんな重い話をあたかも簡単そうに軽い調子で喋る結が異常に思えてくる。
「…いや、不倫とかモラル的、人間的に駄目だよね?それに、離婚なんてそんな簡単にできない筈だよ?」
蓮が言うと、それに対して結は何が面白いにか大爆笑して
「いやいや!不倫がモラル?人間的にダメとか蓮君が言っちゃう?蓮君、普通に恋人居ても不倫とか浮気いっぱいしてるよね?
離婚だって、多分自分がバツイチとかなると世間体が悪いから離婚したくないだけで、世間以上に自分にとっていい条件さえ揃えば直ぐ離婚できるって思うよ?」
何で、そんなに簡単な事も分からないの?不倫とか浮気をたくさんしてセフレも大勢いた蓮が、不倫がダメだと矛盾した事言ってると結は面白いジョークを聞いたかの様に笑っていた。
…ドクン…
…え?なに、これ…
コイツ、頭おかしいよ
蓮は、結の何かズレてる話ぶりに少し恐怖を感じた。
「それに、誠実で真面目な颯真さんに限って家族を裏切ったりできる訳がないし、奥さんとだってあんなに仲がいいじゃないか。」
なんだか、結に颯真までも悪く言われてる様な気がしてそう諭してみるも
「だってさ。お兄ちゃんだって、お義姉ちゃんと結婚する前は恋人出来たり別れたりを何回か繰り返してるよ?
そんなに、恋人がコロコロ変わるくらいなんだからさ。そんな人が、結婚したってずっと同じ人を好きでいられるなんて思えないんだよ。
きっと、結婚した相手に飽きたりそれ以外に好きな人が出来たら、それこそ遅かれ早かれいつか別れるんだろうし。世間体が気になるんだったら、それこそ不倫や浮気しまくるんだと思うよ?」
結は、それが当たり前かの様に恋愛や結婚に対して希望もない事を言ってきた。
「所詮は、容姿さえ良けりゃ何でも許されるんだよ。」
あっけらかんと、またとんでもない話をしてくる結に蓮は、結の明るい雰囲気の中に真っ暗な闇が見えてきて恐ろしく思えてきた。
「…容姿?」
「そうだよ、容姿!何を置いたって容姿が一番大事なんだよ。」
「…何で、そんな事いうの?容姿がイマイチだって中身が良い人だってたくさんいるよ?」
なんて言葉を返せばいいか分からないけど、このままではいけない気がして偽善ぶった言葉になってしまったが何とかそれを声に出した。
すると、一瞬結はビックリした顔をしてまた笑った。
「あはは!ないよ、ないない。容姿がイマイチで中身が良かったらなんなの?それだけだよね?」
「…え?」
「何をするにも何でもかんでも優遇されるのは“美人”ばかりなんだよ。当たり前だよね?常識だよね?
私達みたいな容姿がイマイチの人間は、どうでもいい扱いされて笑い物にされて当然の残念賞だろ?だから、何をどう頑張ったって何にもならない。馬鹿にされて笑われるかメチャクチャ悪口言われて、陰険だったり壮絶なイジメ受けても当たり前。本当にどうでもいい軽い命なんだよ。」
さも、当然かの様に言ってくる結に蓮はかなり動揺したし、結じゃないのに自分が悲しい気持ちになった。
…何だよ、どうでもいい軽い命って…
同じ命を持った感情ある人間だろ?
あんな温かい家族に恵まれてのうのうと生きてきても、一歩外に出て運悪く酷い人達が多くいる中で過ごしてきたんだろうか?
と、蓮は考えていたが
「小さい頃からさ。お父さんとお母さんに
“美人に産んであげられなく、ごめんね?”
“でも、大丈夫よ。いくら、結が不細工だからって、私達だけは結が大切だし可愛く思ってる。”
“周りが何て言っても、私達が結を守るからね?私達は何があっても結の味方よ。絶対に結を幸せにしてあげる!”
って、“不細工に産んでごめん”って、事あるごとに泣いて謝られるんだよ?それを聞かされ続けてるとさ、自分は間違ってこの世に生まれてきたのかな?
この世界は、自分の居るべき世界じゃないような独りぼっちな気持ちにるよな。」
と、笑っている結に、蓮の心はグサリと大きな刃物で刺された様な痛みが走った。
自分の娘に
“美人に産んであげられなくてごめん、不細工に産んでごめん”
なんて酷すぎないか?
しかも、聞いてれば物心つく前からずっと言われ続けている感じがする
蓮が、そんな風に思っていると
「結の両親は、結が生まれる前に“不細工な赤ん坊”が産まれてショックを受けて、“こんな不細工な赤ちゃん…育てる自信がない”って、児童養護施設に捨てた過去があるからね。」
と、桔梗がどこから仕入れた情報なのか、物凄い爆弾発言をしてきた。
それには、結も蓮も心臓が飛び出るかと思うほどの衝撃を受け固まっていた。
「その事を知った、結の姉である菫と兄の颯真は両親に対しかなり怒ったし軽蔑した。そして、両親の勝手な都合と理由で“不細工”というだけで捨てられてしまった可哀想な妹を思い大泣きしてたみたい。
そして、それからずっと菫と颯真は両親に捨てられた妹を探し続けているみたいだね。
その事があって、深く罪悪感を覚えた結の両親はもし次に赤ちゃんができても、どんな容姿であっても養護施設に預けたあの子のぶんまで愛する様に努力しようって心に誓ったみたい。」
そう、話し終えたところで
妙に納得した様子で
「あ、そういう事かぁ。おかしいって思ってたんだ。
あんなに、ビジュアル重視の両親が私を大切にしてくれる理由が分からなかったんだけど。
ブサイクだって捨てたお姉ちゃんに罪悪感を感じて、その罪滅ぼしで代わりに私を大切にしてるんだ。
納得、納得!スッキリしたぁ〜。なんで、お父さんとお母さんはブサイクな私を大切にするんだろって不思議に思ってたんだ。」
と、スッキリした顔をしていた結に、蓮はあまりに悲しくて自分が泣きたい気持ちだ。
「この間も、美形が優遇される場面を何回も見ちゃってさ。そりゃ、それは日常的ににもそうだど。
その時は特別だったんだよ。私は毎週土日や長期休みを使って軍の学生があってそこで訓練に行ってるんだけどな。その時は野外訓練で、自然災害を想定した人命救助の訓練があったんだ。」
過保護な両親を説得に説得を重ねて、土日と長期休みに軍の訓練に行くようになった結。
今、初めて結の訓練内容の一部を聞いて、
へ〜、そんな事もやってるんだ
大変だろうに、よくやろうって気になるね
なんて、悠長に聞いていた蓮。
「その時、たまたまだったんだけど帝王の軍のお偉いさん達が、私達と近い場所で視察に訪れてたんだ。
すっげー!帝王軍の偉い人達だ!!うわぁ!!!って、その場にいた私達訓練生達は憧れの眼差しでその人達を見てメチャクチャ興奮してたんだ。…まあ、先生方には集中しろって怒られたけどな。」
そりゃ、怒られて当然だ
と、呆れながら聞いている蓮であったが…
「私達訓練生は、救助活動するにあたって色々教わったよ。…けど、その訓練で口を酸っぱくして言ってた先生の言葉、本当に耳にタコができるかってくらい聞かされてきた言葉が覆る場面の数々を見たよ。」
ここまできて、何やら嫌な予感がした。
「その時、少しの間だけど大きな地震があったんだ。
そこの地域は結構マンションとか人が多く住んでる場所にも関わらず、近くに何も対策のなされてない崖があったり地盤が脆かったらしくて雨も降ってたせいもあって結構大規模な土砂崩れが起きたんだ。
地盤も脆いせいで建物も半崩壊の所も多かったりで、人命救助が必要なくらいの災害が起きてしまった。
私達も、まさか訓練中にこんな災害に見舞われるなんて予想だにしてなかったから大パニックになったよ。
そこに、素早く帝王軍のお偉いさん達も駆け付けて迅速な対応で的確な指導のもと人命救助が行われた。本当に凄いって感動したよ…だけど、私はそんな中で気がついてしまった。」
…本当に、嫌な予感しかない。
どうか、俺の通り越し苦労であってほしいと蓮は願う気持ちで結の話を聞く。
「私達訓練生は生徒という守られる立場だけど、どうしても何かの役に立ちたくて先生方を説得してさ。
本格的に危ない所からバリアが張られてそれ以上他の人達が入って来られないようにしてて、バリアの外で土砂の土や瓦礫の破片を片付けるってボランティアをしていたんだ。
もちろん、今の自分達が救助に入った所で足手まといになるどころか、プロの足を引っ張って逆に救助が大幅に遅れる事は何となく分かってたけど。やっぱり、直接人命救助できないもどかしさしか無くて悔しかったよ。
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、私達訓練生が任された仕事もとても大事な事だって勉強してたからね。私達訓練は自分が与えられた仕事を一生懸命頑張ってた。
だけどさ…見ちまった。
お偉いさんの目の前に、重傷を負って直ぐにでも救出しなければならない女の人がいた。
そして、その直ぐ近くに捻挫して動けなくなったらしい若い美人な女性。
そのお偉いさんは目の前の重症者に
「別の人が来るから待ってて下さい。」
と、美女の所へ駆け寄りながら声を掛けてさ。美女に応急処置をして優しく温かい言葉を掛けて、おんぶをしてその重症者の前を通り過ぎて行ってしまった。
重症者の女性が、必死に助けを求めてる声を姿を無視して。」
…ドックン…!
…え?そんな事ってあるの?
重傷で苦しんでいる人を見て見ぬふりして、“後で他の人が来るから”って適当な言葉を掛けて
軽傷の美女を優遇して、重症者の前を通り過ぎていく…
それって、許される事なの?
何か、深い事情でもあったのかな?
「私は私で、バリア外にいてどうしようもなかった。
たまたま腰の痛みと汗を拭うために、顔を上げた時に見えた光景だった。
あのお偉いさんも“他の誰かが来る”って重症者に声を掛けてたし大丈夫だろと思ってたんだけど…。
みんなの体力も限界に近づいて、別の班とバトンタッチして休憩しに行ったとき気になってその場所を再度注目して見て見たんだ。
そしたら、その重症者がまだそこにいて何もなされないまま取り残されていてさ。私は大急ぎで、先生に連絡してその重症者を何とか救急車まで運んだは良かったんだけど……その人は
『……助けて下さい…助けて下さい…苦しい…痛いっ!痛いッ!…苦しい…!!助けて…』
と、もがき苦しみ、折れた腕で私達に一生懸命に助けて下さいって息も絶え絶えに泣いてた。
最後は、『…どうして……見捨てたの…?』って、言葉を残して大量の血を吐いて………その時の光景が、今も頭から離れない。
だってさ。
“もう少し早ければ、この女性は助かってました。残念です。”
って、医者の言葉聞いた時は、目の前にいた重症者を無責任な言葉を残して無視して去っていった帝王軍のお偉いさんの一人が思い出されて
ただただ、どうして?って気持ちと憎しみと悲しみが入り混じってその場で大泣きしちまったよ。」
と、悔しそうに結はその時の話をした。
「休憩中、帝王軍のお偉いさん達を見てたら、殆どの人達が美人や若い可愛い子優先でさ。赤ん坊や子供大優先なのは分かるけど、訓練で習った人命救助とは程遠い光景を目の当たりにしたよ。
そこでも、やっぱり美人は優先で優遇されて当たり前。優しくされて当たり前だった。平等って、言葉はどこ行ったんだろうって疑問に感じた瞬間だったよね。
この世界は、嘘と矛盾と残酷だらけなんだって絶望したよ。美人以外、生きづらい世の中。
美人ってだけで、その分色んな性的な犯罪に巻き込まれたり身の危険を感じたりで色々とリスクはあるだろうけどさ。
それを踏まえても、そう痛感してるよ。」
あまりに、壮絶な話だしとても胸糞悪い話で蓮も何も言えなくなってしまい下を俯いてしまった。
「それでもさ。こんな私でも、恋や恋愛、結婚に夢見てた馬鹿な時期もあったよ。」
と、話してくる結に、蓮は…良かった!そう思えてた時期もあったなら、結にだって恋や恋愛に夢見る気持ちがあれば世の中に希望を見出せるんじゃないかと
結に淡い一筋の希望が見えたように思えた。
「お父さんもお母さんも、
“結の良さを分かってくれる運命の人はきっと居るはずだよ”
ってさ。よく、言ってくれてたし、恋愛の漫画とか小説(小説は読まない)をこっそり私の本棚に入れたりしてくれたおかげか…。
バカみたいに私にもきっと王子様みたいな素敵な男性が現れる筈だって夢見てたよな〜。蓮君に会うまではな。あはは!」
と、言われ
ドキリ
と冷たく蓮の心臓が動いた。
「…え?…俺…?」
いまいち、自分が結に対して何をしたのか分からない蓮は、自分何したっけ?と、首を傾げていた。こっちも、全然自覚がない。
「ああ、最初にお見合いで出会った時さ。
“どう考えてもあり得ねー!この俺の相手が、こんなドブスだなんてさ!!しかも、バカなんだろ?全然女らしくねーしマジのブスだし、デブだし!ないわ〜。”
みたいな事を言われたのを皮切りに、蓮君はこれ見よがしに美人な恋人だかセフレだか分からないけど、その子達とイチャついて周りにわざわざ見せつけてドヤ顔で羨ましいだろアピールしてさ。」
…ドキッ!
…あ、ああ
確かに、そんな事言った覚えあるかも…
“周りの人達にはいい顔したいから、みんながいる時は仲良いフリしろよ。”
“学校では、こんなデブスと知り合いだと思われたくないから赤の他人のフリしろよな。何があっても一切、俺に関わるなよ?”
そんな事も言ったかも……
「蓮君は、恋人かセフレと公衆の面々で見せつけれるようにエッチ寸前までしてさ。
美人とお互いに絡み合ってお触りしまくって、はだけてる美女のおっぱいにキスしまくってたよね?美人も美人で蓮君の股ぐら撫でて喜んでたしさ。あれは、マジでないわってドン引きして寒気が走ったよ。」
…なんか自分が思ってたのと、他人から冷静な目で見て思う事って全然違うんだな
こんなの考えた事もなかった
…うわぁ〜、黒歴史レベルに聞きたくなかった話だ
うわぁ〜、うわぁ〜!!!
ただ、俺の女(ブランド)はいいだろ?羨ましいだろ?この女は俺に夢中なんだよって、周りから注目されたくて
結には、ドブスのお前にはこんな相手も居ないんだろ?って、…マウントをとってはいい気分に浸ってた気がする
「私だって蓮君と関わりたくない!こんなゲスカス最低最悪ヤローが、自分の婚約者だなんて思いたくもない!気持ち悪すぎて二度と顔も見たくないって吐き気すら覚えたよね。」
…ドックン…!
…え?
そこまで、俺は結に嫌われてたの?
全然、気が付かなかった
むしろ、この俺が結の婚約者だという事が有頂天になるくらい嬉しくて堪らないのかと思ってた
まさか、自分が結にここまで毛嫌いされてるとは微塵も思わなかった蓮は、多大なショックを受けた。
人間誰だって、それが誰であっても(自分が嫌いな相手でも)嫌われたくないものだ。
「そこで、私の恋や恋愛、結婚について、現実と理想はあまりに違い過ぎるんじゃないかって大きく疑問を感じ始めたよ。」
確かに、恋愛沙汰において理想と現実は違うけど…
…ズキ…
と、少なくとも自分が結の恋や結婚に幻滅したキッカケを作ってしまった事に、ここではじめて蓮は申し訳なく感じた。
「蓮君の事だけじゃなくて、私ってこの通りブサイクだからさ日々色々あるんだよ。小さな事でも積もりに積もればなんとやらだ、その通りだなって思った。
それでも、恋愛に対する夢や憧れは捨てきれなくてさ。
けど、トドメは蓮君が刺してくれたよね。」
…ドッキッ!!?
ドクンドクンドクン…!
……え?
“トドメ”って、どういう事?
俺が何したっていうんだ?
と、自分が悪ものになりたくない蓮は、自分は関係ないよね?ね?
願う気持ちで結の言葉を待った。
「“俺は、色々あって女性不信になった。
お前(結)は、誰一人として異性に振り向いてもらえないデブス。お前みたいな女、誰だって嫁になんてもらいたくねーよ。気持ち悪い。”
みたいな事、直接言われて私の中にほんのりあった恋に対する希望が消えかけて
“俺とあんたが結婚してもお互い恋愛感情なんてないし子供だって作らない。
だって、お互い好きじゃないし、おまえみたいな容姿の人を性的に見る事ができないから触れる事さえサブイボものなんだ。無理無理!絶対、無理だから!キモッ!
だから、結婚したらルームシェアしたと思ってお互い干渉もせず自由に暮らせばいい。
両親に子供の事をせびられてきたら、施設から子供を引き取って自分達の子供として育てればいい。”
って、蓮君だけの自分都合でボロクソに言われての結婚持ち掛けられて、私の中でそういった感情は見事にガラガラと砕け散ったんだ。」
……ゾッ!!!
…俺、そんな事まで言ったっけ?
こんな酷い内容だっけ?
俺の何気ない言葉で、結の恋や恋愛、結婚に対しての感情を壊してしまったって事?
…嘘だろ?
俺は、何気ないつもりで正直な事を言っただけなのに
少し揶揄っただけなのに
「ありがとう、蓮君!私ね、いつも恋や結婚に憧れる気持ちを邪魔に思ってたんだ。
美人しか許されない世界なのに、デブスが何夢見てるんだってね。夢や憧れを持つ度に、後からそんな嫌な気持ちが込み上げて最悪だったんだ。
おかげで、吹っ切れたよ。ありがとう!」
と、満面の笑みを浮かべ蓮にお礼を言ってきた結に蓮は
……どうしよう……、俺だった
結の恋愛への夢も希望も打ち砕いて大事な心の一部を壊してしまったのは……
ようやく、結に対して行ってきた自分の愚かさに気がつき、とても晴れ晴れとした表情の結を見て悲しい気持ちでいっぱいになり
あまりの罪悪感から泣きたい気持ちになってしまった。
まさか、自分では何とも思ってない軽い言葉で(もちろん、悪意はある)
自分の事ばかり考えて、自分の意見ばかり押し付けて
どうでもいい相手である結の気持ちは取ってつけたように都合のいいように解釈して、自分が少しでも結の事を考えてやったんだ。嬉しいだろ、有り難いだろくらいに傲慢な事ばかり思っていた。
それこそ、結の言う
蓮は誰もが振り向く程のイケメンで、何でも優遇されて当然の人間。
結はデブスだから、それに見合った笑い者になるだけの存在。何も価値もないブス。のざらしにされて当たり前。一緒の空気吸うだけで気持ち悪い存在。もはや、同じ人間ですらない。
表立って考えた事もないが、考えて自分が思った事を
結達の様にイマイチの容姿の人達に対する言葉を並べていけばそんな言葉ばかり出てくる。
多分、もっと考えればもっともっと酷い言葉ばかり浮かんでくるだろう。
そう考えれば、自分の心の醜さに寒気が走る。
自分って、そんな奴だったのかと自分に幻滅する。
「…俺はこれから、どうしたらいいの?」
だって、好きな人がまさかの同性でしかも妻子持ちで苦しい。だから、ゲイやホモでもないのに自分はノーマルなのに、好きで堪らない人が男だったから好きなを思い浮かべながら色んな男とヤりまくってる。
最中は人にもよるが、“違う”と分かっていてもその時ばかりは心と体が満たされる気持ちになった。
しかし、それも必ず終わりがくる。それが終わってしまうと直ぐに虚しさと罪悪感、後悔など負の感情でどうしようもない嫌な気持ちになるばかりだ。何より、自分に対しての嫌悪感を酷く感じてしまう。
だけど、颯真への恋心を忘れる事もできず、このどうしようもない気持ちを忘れたいがために、ついまた同じ事を繰り返してしまう。
このままじゃいけないと思ってるのに(割愛)と、必死になって自分の行き場のない苦しくも辛い恋愛相談を蓮がしている最中……
結を見て驚いた表情を浮かべた桔梗が、結から目線をショウに変えて直ぐに
「……えっ!?」
と、ショウの悲しそうな驚きの声と同時に、ショウは結を悲しそうな目で見てきたのだ。
……え?
なんだ?今度は、一体何が起こったっての?
と、困惑する結だったが
「自分の事ばっかしか考えねークズクソヤローの話は、一旦ここまでだ。蓮、テメーは勝手に男漁りでも何でもしてりゃいいがーーー」
なんて、蓮を冷たく突き放す桔梗に
「……なっ!!?自分が恋愛に上手くいってるからって、そんな言い方はあんまりじゃないのか?
桔梗には、人の心はないのか!この冷酷悪魔!!」
と、蓮は酷く傷ついた様子で桔梗を怒鳴りつけた。
そんな蓮を白けた顔で桔梗は見ながら
「恋愛が上手くいってる以外、その言葉そっくりそのままお返しするぜ?」
そう言葉を返してきた桔梗に
「……は?意味分からないんだけど。自分は、妻子ある颯真さんの事を考えて、颯真さんの家庭を壊さないようにーーー」
自分はこんなにも相手の事を考えてるのに、心外だとばかりに口論してくる蓮の話の途中で
「…へぇ〜。“結の心は壊した”のに、愛しの颯真の家庭は壊せないって悩んでるんだ?」
桔梗は割って入ってきた。
その言葉に、蓮は「…は?」と分かっていない様子だったし肝心の結も「…いや、私の心は壊れてないけど?」と、キョトーンとした顔をして桔梗を見ていた。
結のそんな様子を見て、ほら見ろ!本人だってそう言ってるだろ?と、急に何をおかしな事を言い出してるんだ?と、蓮は桔梗を馬鹿にするように笑っていたが
「結ちゃんの場合、“無自覚”“防衛本能”って、症状なのかもしれないって。」
ショウまでもが、そんなおかしな事を言い出してきた。
「……は?」
と、思わず声を出してしまった結も蓮も、何のこっちゃとポカーンとした顔をして二人を見てきた。
「桔梗はお医者さんの免許も心理カウンセラーの免許も持ってるから、桔梗の診断が間違ってなかったらそうなんだと思うよ?今まで桔梗が診断間違えた事ないけど。」
なんてショウの爆弾発言にポカーンとして桔梗を見ている二人だが、結に関しては既にこの話は知ってるはずだが今の今まで忘れていたのだろう。
それに特別な免許なので年齢制限もあったのだが、桔梗のあまりの天才ぶりとショウに何かあった時のために最近特別に特例中の特例で免許取得が許された様だ。
「結はショウが大切に思ってる友達だから、特別、な?」
桔梗は、結や蓮の有無を言わせず聞かず勝手に話を進めていったので、放心状態の結と蓮は桔梗に流されるままポケーっと桔梗の話を聞いていた。
「家族の人にも聞いてほしい話ではあるけど、まず結に自覚症状がないから結の気持ちも考慮して結の兄である蓮にも一緒に話を聞いてほしい。
何より結の家族に問題がある様に見受けられる事から、家族と一緒に話を聞くという事すら難しいかもしれない話でもある。」
なんだか、本格的な感じがしたが蓮は
結のあの温かく優しい家族に一体何の問題があるって言うんだ?
見当違い違いもいいところだ、偽医者
と、心の中で、桔梗を笑っていた。
「まず、最初に結。君は、蓮の話を聞いてどう思ったかな?みんなの意見を参考にしたいからね。嘘偽りなくありのままに正直に話してほしい。
どんなに、キツイ言葉をたくさん言ったって構わないよ。その為の相談の場なんだから。結の率直な意見を教えてくれる?」
いつになく柔らかな雰囲気と喋りで結に質問してきた桔梗に、多少戸惑ったものの
「…あ〜、ぶっちゃけ、どうでもいい下らない話だなって思ったよ。」
遠回しに言う事を知らない不器用な結は、ありのまま自分の思った事を口に出した。
すると、それを隣で聞いていた蓮が物凄く驚いた表情をして結を見ると徐々に怒りに満ちた顔に変わっていった。
「…お、お前!どうでもいい、下らない話って何だよ!?こっちは、物凄く悩んで苦しんでるってのに!
お前は、恋をした事がないんじゃないのか?」
なんて怒りのまま、最後あたり当てつけの様に、あり得ないと思ってる言葉を口に出したのだが
「恋?なに、それ?
あはは!ない、ない!私に限って、恋や恋愛なんてする訳ないよ。私だよ?」
なんて、自分を悲観してる風でもなく、何おかしな事を言ってるんだと心から笑って答えてる結の姿があった。
それを見て、蓮は初めて結に対して何かかしらの違和感を感じ「…え?」と、いつの間にか結に対する怒りはなりを潜め、それは徐々に不安という形に形を変えていった。
「それにさ。お兄ちゃんが、蓮君の容姿が好みだったらお兄ちゃんとの恋愛もあり得るんじゃないか?不倫になっちゃうけどさ。その前に、お互いが好きあってたらお兄ちゃんがお義姉ちゃんと離婚すればいいだけの話だろ?」
こんな重い話をあたかも簡単そうに軽い調子で喋る結が異常に思えてくる。
「…いや、不倫とかモラル的、人間的に駄目だよね?それに、離婚なんてそんな簡単にできない筈だよ?」
蓮が言うと、それに対して結は何が面白いにか大爆笑して
「いやいや!不倫がモラル?人間的にダメとか蓮君が言っちゃう?蓮君、普通に恋人居ても不倫とか浮気いっぱいしてるよね?
離婚だって、多分自分がバツイチとかなると世間体が悪いから離婚したくないだけで、世間以上に自分にとっていい条件さえ揃えば直ぐ離婚できるって思うよ?」
何で、そんなに簡単な事も分からないの?不倫とか浮気をたくさんしてセフレも大勢いた蓮が、不倫がダメだと矛盾した事言ってると結は面白いジョークを聞いたかの様に笑っていた。
…ドクン…
…え?なに、これ…
コイツ、頭おかしいよ
蓮は、結の何かズレてる話ぶりに少し恐怖を感じた。
「それに、誠実で真面目な颯真さんに限って家族を裏切ったりできる訳がないし、奥さんとだってあんなに仲がいいじゃないか。」
なんだか、結に颯真までも悪く言われてる様な気がしてそう諭してみるも
「だってさ。お兄ちゃんだって、お義姉ちゃんと結婚する前は恋人出来たり別れたりを何回か繰り返してるよ?
そんなに、恋人がコロコロ変わるくらいなんだからさ。そんな人が、結婚したってずっと同じ人を好きでいられるなんて思えないんだよ。
きっと、結婚した相手に飽きたりそれ以外に好きな人が出来たら、それこそ遅かれ早かれいつか別れるんだろうし。世間体が気になるんだったら、それこそ不倫や浮気しまくるんだと思うよ?」
結は、それが当たり前かの様に恋愛や結婚に対して希望もない事を言ってきた。
「所詮は、容姿さえ良けりゃ何でも許されるんだよ。」
あっけらかんと、またとんでもない話をしてくる結に蓮は、結の明るい雰囲気の中に真っ暗な闇が見えてきて恐ろしく思えてきた。
「…容姿?」
「そうだよ、容姿!何を置いたって容姿が一番大事なんだよ。」
「…何で、そんな事いうの?容姿がイマイチだって中身が良い人だってたくさんいるよ?」
なんて言葉を返せばいいか分からないけど、このままではいけない気がして偽善ぶった言葉になってしまったが何とかそれを声に出した。
すると、一瞬結はビックリした顔をしてまた笑った。
「あはは!ないよ、ないない。容姿がイマイチで中身が良かったらなんなの?それだけだよね?」
「…え?」
「何をするにも何でもかんでも優遇されるのは“美人”ばかりなんだよ。当たり前だよね?常識だよね?
私達みたいな容姿がイマイチの人間は、どうでもいい扱いされて笑い物にされて当然の残念賞だろ?だから、何をどう頑張ったって何にもならない。馬鹿にされて笑われるかメチャクチャ悪口言われて、陰険だったり壮絶なイジメ受けても当たり前。本当にどうでもいい軽い命なんだよ。」
さも、当然かの様に言ってくる結に蓮はかなり動揺したし、結じゃないのに自分が悲しい気持ちになった。
…何だよ、どうでもいい軽い命って…
同じ命を持った感情ある人間だろ?
あんな温かい家族に恵まれてのうのうと生きてきても、一歩外に出て運悪く酷い人達が多くいる中で過ごしてきたんだろうか?
と、蓮は考えていたが
「小さい頃からさ。お父さんとお母さんに
“美人に産んであげられなく、ごめんね?”
“でも、大丈夫よ。いくら、結が不細工だからって、私達だけは結が大切だし可愛く思ってる。”
“周りが何て言っても、私達が結を守るからね?私達は何があっても結の味方よ。絶対に結を幸せにしてあげる!”
って、“不細工に産んでごめん”って、事あるごとに泣いて謝られるんだよ?それを聞かされ続けてるとさ、自分は間違ってこの世に生まれてきたのかな?
この世界は、自分の居るべき世界じゃないような独りぼっちな気持ちにるよな。」
と、笑っている結に、蓮の心はグサリと大きな刃物で刺された様な痛みが走った。
自分の娘に
“美人に産んであげられなくてごめん、不細工に産んでごめん”
なんて酷すぎないか?
しかも、聞いてれば物心つく前からずっと言われ続けている感じがする
蓮が、そんな風に思っていると
「結の両親は、結が生まれる前に“不細工な赤ん坊”が産まれてショックを受けて、“こんな不細工な赤ちゃん…育てる自信がない”って、児童養護施設に捨てた過去があるからね。」
と、桔梗がどこから仕入れた情報なのか、物凄い爆弾発言をしてきた。
それには、結も蓮も心臓が飛び出るかと思うほどの衝撃を受け固まっていた。
「その事を知った、結の姉である菫と兄の颯真は両親に対しかなり怒ったし軽蔑した。そして、両親の勝手な都合と理由で“不細工”というだけで捨てられてしまった可哀想な妹を思い大泣きしてたみたい。
そして、それからずっと菫と颯真は両親に捨てられた妹を探し続けているみたいだね。
その事があって、深く罪悪感を覚えた結の両親はもし次に赤ちゃんができても、どんな容姿であっても養護施設に預けたあの子のぶんまで愛する様に努力しようって心に誓ったみたい。」
そう、話し終えたところで
妙に納得した様子で
「あ、そういう事かぁ。おかしいって思ってたんだ。
あんなに、ビジュアル重視の両親が私を大切にしてくれる理由が分からなかったんだけど。
ブサイクだって捨てたお姉ちゃんに罪悪感を感じて、その罪滅ぼしで代わりに私を大切にしてるんだ。
納得、納得!スッキリしたぁ〜。なんで、お父さんとお母さんはブサイクな私を大切にするんだろって不思議に思ってたんだ。」
と、スッキリした顔をしていた結に、蓮はあまりに悲しくて自分が泣きたい気持ちだ。
「この間も、美形が優遇される場面を何回も見ちゃってさ。そりゃ、それは日常的ににもそうだど。
その時は特別だったんだよ。私は毎週土日や長期休みを使って軍の学生があってそこで訓練に行ってるんだけどな。その時は野外訓練で、自然災害を想定した人命救助の訓練があったんだ。」
過保護な両親を説得に説得を重ねて、土日と長期休みに軍の訓練に行くようになった結。
今、初めて結の訓練内容の一部を聞いて、
へ〜、そんな事もやってるんだ
大変だろうに、よくやろうって気になるね
なんて、悠長に聞いていた蓮。
「その時、たまたまだったんだけど帝王の軍のお偉いさん達が、私達と近い場所で視察に訪れてたんだ。
すっげー!帝王軍の偉い人達だ!!うわぁ!!!って、その場にいた私達訓練生達は憧れの眼差しでその人達を見てメチャクチャ興奮してたんだ。…まあ、先生方には集中しろって怒られたけどな。」
そりゃ、怒られて当然だ
と、呆れながら聞いている蓮であったが…
「私達訓練生は、救助活動するにあたって色々教わったよ。…けど、その訓練で口を酸っぱくして言ってた先生の言葉、本当に耳にタコができるかってくらい聞かされてきた言葉が覆る場面の数々を見たよ。」
ここまできて、何やら嫌な予感がした。
「その時、少しの間だけど大きな地震があったんだ。
そこの地域は結構マンションとか人が多く住んでる場所にも関わらず、近くに何も対策のなされてない崖があったり地盤が脆かったらしくて雨も降ってたせいもあって結構大規模な土砂崩れが起きたんだ。
地盤も脆いせいで建物も半崩壊の所も多かったりで、人命救助が必要なくらいの災害が起きてしまった。
私達も、まさか訓練中にこんな災害に見舞われるなんて予想だにしてなかったから大パニックになったよ。
そこに、素早く帝王軍のお偉いさん達も駆け付けて迅速な対応で的確な指導のもと人命救助が行われた。本当に凄いって感動したよ…だけど、私はそんな中で気がついてしまった。」
…本当に、嫌な予感しかない。
どうか、俺の通り越し苦労であってほしいと蓮は願う気持ちで結の話を聞く。
「私達訓練生は生徒という守られる立場だけど、どうしても何かの役に立ちたくて先生方を説得してさ。
本格的に危ない所からバリアが張られてそれ以上他の人達が入って来られないようにしてて、バリアの外で土砂の土や瓦礫の破片を片付けるってボランティアをしていたんだ。
もちろん、今の自分達が救助に入った所で足手まといになるどころか、プロの足を引っ張って逆に救助が大幅に遅れる事は何となく分かってたけど。やっぱり、直接人命救助できないもどかしさしか無くて悔しかったよ。
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、私達訓練生が任された仕事もとても大事な事だって勉強してたからね。私達訓練は自分が与えられた仕事を一生懸命頑張ってた。
だけどさ…見ちまった。
お偉いさんの目の前に、重傷を負って直ぐにでも救出しなければならない女の人がいた。
そして、その直ぐ近くに捻挫して動けなくなったらしい若い美人な女性。
そのお偉いさんは目の前の重症者に
「別の人が来るから待ってて下さい。」
と、美女の所へ駆け寄りながら声を掛けてさ。美女に応急処置をして優しく温かい言葉を掛けて、おんぶをしてその重症者の前を通り過ぎて行ってしまった。
重症者の女性が、必死に助けを求めてる声を姿を無視して。」
…ドックン…!
…え?そんな事ってあるの?
重傷で苦しんでいる人を見て見ぬふりして、“後で他の人が来るから”って適当な言葉を掛けて
軽傷の美女を優遇して、重症者の前を通り過ぎていく…
それって、許される事なの?
何か、深い事情でもあったのかな?
「私は私で、バリア外にいてどうしようもなかった。
たまたま腰の痛みと汗を拭うために、顔を上げた時に見えた光景だった。
あのお偉いさんも“他の誰かが来る”って重症者に声を掛けてたし大丈夫だろと思ってたんだけど…。
みんなの体力も限界に近づいて、別の班とバトンタッチして休憩しに行ったとき気になってその場所を再度注目して見て見たんだ。
そしたら、その重症者がまだそこにいて何もなされないまま取り残されていてさ。私は大急ぎで、先生に連絡してその重症者を何とか救急車まで運んだは良かったんだけど……その人は
『……助けて下さい…助けて下さい…苦しい…痛いっ!痛いッ!…苦しい…!!助けて…』
と、もがき苦しみ、折れた腕で私達に一生懸命に助けて下さいって息も絶え絶えに泣いてた。
最後は、『…どうして……見捨てたの…?』って、言葉を残して大量の血を吐いて………その時の光景が、今も頭から離れない。
だってさ。
“もう少し早ければ、この女性は助かってました。残念です。”
って、医者の言葉聞いた時は、目の前にいた重症者を無責任な言葉を残して無視して去っていった帝王軍のお偉いさんの一人が思い出されて
ただただ、どうして?って気持ちと憎しみと悲しみが入り混じってその場で大泣きしちまったよ。」
と、悔しそうに結はその時の話をした。
「休憩中、帝王軍のお偉いさん達を見てたら、殆どの人達が美人や若い可愛い子優先でさ。赤ん坊や子供大優先なのは分かるけど、訓練で習った人命救助とは程遠い光景を目の当たりにしたよ。
そこでも、やっぱり美人は優先で優遇されて当たり前。優しくされて当たり前だった。平等って、言葉はどこ行ったんだろうって疑問に感じた瞬間だったよね。
この世界は、嘘と矛盾と残酷だらけなんだって絶望したよ。美人以外、生きづらい世の中。
美人ってだけで、その分色んな性的な犯罪に巻き込まれたり身の危険を感じたりで色々とリスクはあるだろうけどさ。
それを踏まえても、そう痛感してるよ。」
あまりに、壮絶な話だしとても胸糞悪い話で蓮も何も言えなくなってしまい下を俯いてしまった。
「それでもさ。こんな私でも、恋や恋愛、結婚に夢見てた馬鹿な時期もあったよ。」
と、話してくる結に、蓮は…良かった!そう思えてた時期もあったなら、結にだって恋や恋愛に夢見る気持ちがあれば世の中に希望を見出せるんじゃないかと
結に淡い一筋の希望が見えたように思えた。
「お父さんもお母さんも、
“結の良さを分かってくれる運命の人はきっと居るはずだよ”
ってさ。よく、言ってくれてたし、恋愛の漫画とか小説(小説は読まない)をこっそり私の本棚に入れたりしてくれたおかげか…。
バカみたいに私にもきっと王子様みたいな素敵な男性が現れる筈だって夢見てたよな〜。蓮君に会うまではな。あはは!」
と、言われ
ドキリ
と冷たく蓮の心臓が動いた。
「…え?…俺…?」
いまいち、自分が結に対して何をしたのか分からない蓮は、自分何したっけ?と、首を傾げていた。こっちも、全然自覚がない。
「ああ、最初にお見合いで出会った時さ。
“どう考えてもあり得ねー!この俺の相手が、こんなドブスだなんてさ!!しかも、バカなんだろ?全然女らしくねーしマジのブスだし、デブだし!ないわ〜。”
みたいな事を言われたのを皮切りに、蓮君はこれ見よがしに美人な恋人だかセフレだか分からないけど、その子達とイチャついて周りにわざわざ見せつけてドヤ顔で羨ましいだろアピールしてさ。」
…ドキッ!
…あ、ああ
確かに、そんな事言った覚えあるかも…
“周りの人達にはいい顔したいから、みんながいる時は仲良いフリしろよ。”
“学校では、こんなデブスと知り合いだと思われたくないから赤の他人のフリしろよな。何があっても一切、俺に関わるなよ?”
そんな事も言ったかも……
「蓮君は、恋人かセフレと公衆の面々で見せつけれるようにエッチ寸前までしてさ。
美人とお互いに絡み合ってお触りしまくって、はだけてる美女のおっぱいにキスしまくってたよね?美人も美人で蓮君の股ぐら撫でて喜んでたしさ。あれは、マジでないわってドン引きして寒気が走ったよ。」
…なんか自分が思ってたのと、他人から冷静な目で見て思う事って全然違うんだな
こんなの考えた事もなかった
…うわぁ〜、黒歴史レベルに聞きたくなかった話だ
うわぁ〜、うわぁ〜!!!
ただ、俺の女(ブランド)はいいだろ?羨ましいだろ?この女は俺に夢中なんだよって、周りから注目されたくて
結には、ドブスのお前にはこんな相手も居ないんだろ?って、…マウントをとってはいい気分に浸ってた気がする
「私だって蓮君と関わりたくない!こんなゲスカス最低最悪ヤローが、自分の婚約者だなんて思いたくもない!気持ち悪すぎて二度と顔も見たくないって吐き気すら覚えたよね。」
…ドックン…!
…え?
そこまで、俺は結に嫌われてたの?
全然、気が付かなかった
むしろ、この俺が結の婚約者だという事が有頂天になるくらい嬉しくて堪らないのかと思ってた
まさか、自分が結にここまで毛嫌いされてるとは微塵も思わなかった蓮は、多大なショックを受けた。
人間誰だって、それが誰であっても(自分が嫌いな相手でも)嫌われたくないものだ。
「そこで、私の恋や恋愛、結婚について、現実と理想はあまりに違い過ぎるんじゃないかって大きく疑問を感じ始めたよ。」
確かに、恋愛沙汰において理想と現実は違うけど…
…ズキ…
と、少なくとも自分が結の恋や結婚に幻滅したキッカケを作ってしまった事に、ここではじめて蓮は申し訳なく感じた。
「蓮君の事だけじゃなくて、私ってこの通りブサイクだからさ日々色々あるんだよ。小さな事でも積もりに積もればなんとやらだ、その通りだなって思った。
それでも、恋愛に対する夢や憧れは捨てきれなくてさ。
けど、トドメは蓮君が刺してくれたよね。」
…ドッキッ!!?
ドクンドクンドクン…!
……え?
“トドメ”って、どういう事?
俺が何したっていうんだ?
と、自分が悪ものになりたくない蓮は、自分は関係ないよね?ね?
願う気持ちで結の言葉を待った。
「“俺は、色々あって女性不信になった。
お前(結)は、誰一人として異性に振り向いてもらえないデブス。お前みたいな女、誰だって嫁になんてもらいたくねーよ。気持ち悪い。”
みたいな事、直接言われて私の中にほんのりあった恋に対する希望が消えかけて
“俺とあんたが結婚してもお互い恋愛感情なんてないし子供だって作らない。
だって、お互い好きじゃないし、おまえみたいな容姿の人を性的に見る事ができないから触れる事さえサブイボものなんだ。無理無理!絶対、無理だから!キモッ!
だから、結婚したらルームシェアしたと思ってお互い干渉もせず自由に暮らせばいい。
両親に子供の事をせびられてきたら、施設から子供を引き取って自分達の子供として育てればいい。”
って、蓮君だけの自分都合でボロクソに言われての結婚持ち掛けられて、私の中でそういった感情は見事にガラガラと砕け散ったんだ。」
……ゾッ!!!
…俺、そんな事まで言ったっけ?
こんな酷い内容だっけ?
俺の何気ない言葉で、結の恋や恋愛、結婚に対しての感情を壊してしまったって事?
…嘘だろ?
俺は、何気ないつもりで正直な事を言っただけなのに
少し揶揄っただけなのに
「ありがとう、蓮君!私ね、いつも恋や結婚に憧れる気持ちを邪魔に思ってたんだ。
美人しか許されない世界なのに、デブスが何夢見てるんだってね。夢や憧れを持つ度に、後からそんな嫌な気持ちが込み上げて最悪だったんだ。
おかげで、吹っ切れたよ。ありがとう!」
と、満面の笑みを浮かべ蓮にお礼を言ってきた結に蓮は
……どうしよう……、俺だった
結の恋愛への夢も希望も打ち砕いて大事な心の一部を壊してしまったのは……
ようやく、結に対して行ってきた自分の愚かさに気がつき、とても晴れ晴れとした表情の結を見て悲しい気持ちでいっぱいになり
あまりの罪悪感から泣きたい気持ちになってしまった。
まさか、自分では何とも思ってない軽い言葉で(もちろん、悪意はある)
自分の事ばかり考えて、自分の意見ばかり押し付けて
どうでもいい相手である結の気持ちは取ってつけたように都合のいいように解釈して、自分が少しでも結の事を考えてやったんだ。嬉しいだろ、有り難いだろくらいに傲慢な事ばかり思っていた。
それこそ、結の言う
蓮は誰もが振り向く程のイケメンで、何でも優遇されて当然の人間。
結はデブスだから、それに見合った笑い者になるだけの存在。何も価値もないブス。のざらしにされて当たり前。一緒の空気吸うだけで気持ち悪い存在。もはや、同じ人間ですらない。
表立って考えた事もないが、考えて自分が思った事を
結達の様にイマイチの容姿の人達に対する言葉を並べていけばそんな言葉ばかり出てくる。
多分、もっと考えればもっともっと酷い言葉ばかり浮かんでくるだろう。
そう考えれば、自分の心の醜さに寒気が走る。
自分って、そんな奴だったのかと自分に幻滅する。
「…俺はこれから、どうしたらいいの?」

