椅子に座ると、女中が入って来て茶を淹れてくれた。ディーンもナターリエも、女中がそこから去るまで無言のままだ。

「茶の、一杯ぐらいは、付き合ってくれるだろうか」
「は、はい。勿論です……」

 そう答えるが、一体何を話せばいいのだろう。ナターリエはすっかり動揺をしている。どうやら、それはディーンも同じようで、困ったようにカップの中の茶をじっと見ているだけだった。

「ケ、ケーキ」
「は、はいっ!?」
「ケーキが、うまい、と思う」
「は、はい、いただきます……」

 あまりにも互いにぎこちない。数年間婚約者同士であったというのに、こうやってお茶をしたこともほとんどなかったとナターリエは思い出して、少しだけ寂しい気持ちになる。そうだった。ずっと、一緒に何かをすることがなかった。そして、いつしかそれを「仕方がないことだ」と自分に言い聞かせて、声をかけることも面倒だと思うようになってしまっていた。

「その……これまで、すまなかった」
「えっ……!?」
「お前……違う……君に、その、無理難題を言って……」

 そこで言葉が止まる。そんなことを言われるとは思っていなかったナターリエも、手が止まる。すると、そこは「食べてくれ」と言われ、仕方なくナターリエは「あ、はい……」とケーキにフォークを入れた。

(ど、どういうことでしょう……あれかしら……謝ればそれでいいと、思っていらっしゃるの、でしょうか……?)

 正直、もう茶の味もケーキの味もどうでも良い。話を、その先を、と思う。が、どうやらディーンの言葉はそこから先を考えていなかったのか何なのか、続きが出てこない。

「でも、ディーン様が、わたしとの婚約をよくお思いではなかったことをわたしは知っておりますので……」
「……てない……」
「はい?」
「お、も、って、ない」
「え?」
「お前との、違う、君との婚約は、嫌ではなかった!」

 何を言っているんだろう、とナターリエは首を軽く傾げた。見れば、ディーンは顔を真っ赤にして、必死に訴えている。

「だが、だが、そんな、スキル鑑定のスキルのせいで婚約だなんて……僕の方が、君を王族につなぎとめるために差し出されたような、そんな形で婚約なんてしたくなかった……僕は、お前に、婚約者にならせてくださいって……そう言われたかったんだ!」

 君、だとか、お前、だとか。言葉がまずめちゃくちゃだが、彼はかれなりに、もともと「お前」呼ばわりをしていたのを、必死に「君」に変えようとしているようだ。

「は、はあ……?」
「僕は馬鹿だった。君が、その、王族の教養を勉強しても、なかなか身につかずに、音を上げて、僕に縋りついてくれないかと……そう、思ってたんだ。その、僕は、要するに、馬鹿で、若かったんだ……」

 ナターリエは心の中で「今もお若いですわよ?」と思ったが、さすがに言葉にはしなかった。なんにせよ、彼の言葉を信じるならば、彼はナターリエのことを嫌いではなかったのだということ。そして、ナターリエのスキルを重視した婚約だったが、そうではなく、自分に対してナターリエが「婚約者になりたい」と言わせたかった、という話だ。

「まあ……それは……こちらも色々と気付かず……」

 申し訳ありません、というのはおかしいな? と困惑をするナターリエ。

「だが、君は会いに王城にも来ないし……王族の教養に関しても、うまくいかなくても音を上げずに涼しい顔だし……」
「ええっ!? 涼しい顔なんて、しておりませんけど……」
「そういう顔に、見えていたんだ!」
「ええ……」

 それはまあ、少しは正解かもしれない。ナターリエはナターリエで、殿下がそうならこっちもそれはそれで、と思うようになっていたからだ。