「……第二王子が気に入る?」
「そうさ。第二王子は、彼女のことが好きだったんだ」
「どういうことだ?」
「どうもこうもないよ。第二王子は、ナターリエ嬢のために婚約破棄をして、隣国に行こうとしていたんだよ。聞いていないのかい?」
「……聞いていない」

 ヒースの表情が固まる。そういえば、第二王子を捕まえてリントナー家にかくまったのはベラレタだった、と思う。それへ、ベラレタは笑って

「本当に子供だったのさ。第二王子は。好きな子には意地悪をしてしまうし、一緒にいるとどうしていいかわからない。だから怒って、突き放してしまう。自分はそういう子供だった、って言っていたよ。わたしから見りゃ、今でもまあ子供だけどさ……」

 と言い放つ。ヒースは目を見開いた。

「何故、それで婚約破棄を」
「そりゃ、彼女が自分のことを好きじゃないって、よーくわかったからだろ? 何をどうしていたのかは聞いていないが、なんか、冷たくしていたらしいじゃないか」
「しかし、それで隣国に行くというのは……」
「国内にいれば、何をどうしてもナターリエを婚約者にしてしまうからだ」
「……」

 呆気に取られてベラレタを見るヒース。ベラレタは苦笑いを浮かべて

「だからさ、子供なんだよ。子供が、必死に恋をしたんだよ。第二王子はそんなに頭がよくない。王族としても第一王子が後を継ぐって思われていて、それを別に良いと思っている。後継者問題に肩肘張るタイプでもないし、ナターリエ嬢を嫁がせるにはちょうど良い」

 そんな人物だったのか。話がまったく違う、とヒースは思う。ナターリエの話を聞けば、まるで王族としての教養などにうるさい、癇癪持ちの子供というイメージだったのに。

「でも、ある日突然気付いたんだろうさ。ナターリエが自分を好きじゃないって。政略結婚みたいなものだから、当たり前だろう。気付いていない方がおかしい。当人も、そう言っていた」

 ナターリエの話では、第二王子自ら「スキル鑑定士のせいで」と口に出していたらしいし。だが、それすら第二王子の「好きな子には意地悪をしてしまう」の一環だったのだろうか、とヒースは眉間にしわを寄せた。

「そして、自分はどんだけ酷いことをナターリエ嬢にしていたのかってこともわかった……で、婚約破棄だって言い出した。こそういう顛末さ。どういう酷いことをしていたのかは聞いてないが、殴る蹴るとかじゃなかったんだろう?」
「そうだな……ああ、なるほど……」

 腑に落ちた、とヒースは思う。何故国王が再びナターリエに婚約をさせようとしていたのかが、どうにもあの会話だけではよくわからなかった。スキル鑑定のスキルを大切にしていることはわかったが、だったら何故魔獣鑑定士になっても良いと国王は言ったのだろうか。それを許可した後に、スキル鑑定のスキルの話を出して彼女を縛るのはおかしいだろうとも。

 それに、王城を離れているのがよろしくないという話。あれも、少しばかり気になった。確かに王族と結婚をして王城に入れば彼女は守られる。しかし、ハーバー家に居れば良いと言うのはどうか。

 リントナー領と接しているシルガイン王国とは和平を結んでいるし、むしろ国境で言えばきっちり管理を出来ている方だ。ルッカの町の関所もそうだが、森を越えたところに長い塀も設置してあるし、そちらにもリントナーの騎士たちが詰めている。

 国境の多くは塀もなく森が面しているが、それを抜ければ山が横に伸びている。その山間の道を通ってシルガイン王国とは行き来をしている。要するに、その山間の道と繋がるルッカの町の関所以外は、隣国からの侵入がほぼ出来ない。そういう立地のリントナー領に比べて、王城は逆に多方面から他国の人々が流入していく。どちらがナターリエにとって良いかと言われれば、なんとも言えない、が正解な気がする。

「なるほどな……」

 今更ではあるが、本当はナターリエを好きだったのだと第二王子が言えれば良いのだろう。だが、それを言えない。そういう人物なのだ。だから、国王と王妃は、遠回しに婚約を元に戻そうとして、だが、王命とまではいかずに話を持っていこうとした。しかし……。

「姉上」
「うん?」
「そんな第二王子から、彼女を奪っても良いと思うか?」
「へぇ? ……これはまあ、わたしの勝手な思いなんだけどさ」
「ああ」
「きっと、第二王子はこれから変わるよ。だって、気付いたんだもん。気付いて、自分で考えて、まあ、ちっと間抜けな話ではあったけど、それでも自分で動いたしね。それは大きな変化だ。婚約破棄だとか、ここまで逃げたっていう噂は飛び交っているが、それもそのうち問題なくなるだろうしさ。そしたら、普通に良い婚約者と結婚できるだろう」

 だから、ナターリエを奪ってもいい。それが、ベラレタの答えだ。

「よし」

 気合を入れて立ち上がるヒース。ベラレタはそれを見てげらげらと笑う。

「なんだい、今日あたり、プロポーズでもするのかい?」
「もう、した」
「……は? ちょっと待ちな。今、何て言ったんだい?」

 そうベラレタが言うのと同時に、トントン、とノックの音が響く。ナターリエだ。

「準備してまいりました」
「ああ、じゃあ、行こうか」

 ヒースはベラレタから受け取ったチケットをポケットにねじ込んで「じゃ!」とあっさりと部屋を出る。その陰から、ナターリエが微笑んで頭を下げる。ベラレタは笑って2人に手を振った。

「へえ~、もうプロポーズしたのか、へぇ~!」

 そう呟いてベラレタはベルを鳴らし、やってきた女中にもう一杯茶を所望した。