『聞こえるか』

「聞こえ、聞こえます……聞こえます。どうなさったんですか?」

 呆気にとられる国王と王妃。どうやら、リューカーンの声はナターリエだけではなく、室内にいる人々全員の耳に入っているようだ。

『助けが欲しい』

「えっ」

『卵から孵った我らの子供のうち2体が、どうやら『外』に出てしまったようなのだ』

「外……ああ、あなた方がいらしたエリアから出たということですね?」

『残念だが、わたしの体では、ここから出ることが叶わない。探しに行けないのだ。幼くとも他の魔獣には襲われないようにシールドが張ってあるが、とはいえ、事故は防げない。探し出してもらえないだろうか』

「まあ、それは大変な……ああ、どうしましょう、わたしは今、王城付近にいて……」

『何? リントナー領にはおらんのか』

「は、はい」

『そうか。それは、仕方がないな。リントナーの子孫に声をかける』

「えっ、あの、一緒にいま……」

 ぷつりと切れる。

 一方通行で始まる会話は、リューカーン側から「切られて」しまえば、もう続けることが出来ない。何度もリューカーンの名前を呼んだが、返事はそれきり帰ってこなかった。

「ヒース様」

『聞こえるか』

「……どうしてナターリエ嬢に先に声をかけたんだ?」

『聞こえるか』

「……聞こえます……」

 少しばかりむっとした表情で、ヒースもまたポケットから鱗を出した。2人共、示し合わせたわけではなかったが、どちらもポケットにいれて持ち歩いていたようだ。

『助けが欲しい』

「話はわかりました。今、王城付近にいますが、今からリントナー領に戻って準備をします。二時間後に、もう一度連絡をいただけませんか」

『! わかった』

 ヒースとのリューカーンの会話にナターリエは割り込む。

「リューカーン、奥様にも、大丈夫だと、お伝えください」

『お前は、リントナーの子孫と共にいたならそう言え』

 一方的にそう言うと、またぷつりと会話は終わった。不遜な態度ではあったが、古代種で300年も生きる竜だと思えばそれも当然かもしれない。

「行って来る」
「ま、待ってください。わたしも……」
「だが、移動をしてきたばかりだ。体力も使う」
「ですが、わたしがお役にたてます。小さな竜の姿は誰も見ていませんから、みつけたら鑑定が必要です……」

 それは確かだ。竜種とはいえ、どんな姿なのかもわからないし、違う魔獣を捕まえてしまう可能性もある。

「そうだな……陛下、大変申し訳ございません。100年に一度の繁殖で生まれた古代種の竜を助けるため、退出を申し出てもよろしいでしょうか」

 国王は、驚きの表情のまま口を開ける。

「驚いたぞ。リューカーンが、今でも存在したとはな」
「ご存知なのですか」
「勿論だ。宝物庫に、リューカーンの鱗で作った盾がある。もう200年以上も昔に手に入れたものなのだがな。軽いのに丈夫で、非常に物理攻撃に耐性がある。そうか。リューカーンが生きていたのか……古代種だな」

 ああ、本当に鱗で盾を作るのか……ヒースは驚いて目を見開いた。王妃が「そうなんですの?」と国王に尋ね、国王は頷く。

「はい。報告が遅れ、申し訳ございません。リントナー領の一角、人が入ることがままならぬ谷間に生息しております」
「良い良い。どうせ、魔獣研究所に運べるようなサイズでもないしな。行くのか」
「はい」
「本来、魔獣の子供など、放置すべきだ。野生動物と変わらぬ。だが、古代種ともなれば、話は別だな」

 国王はそう言って、ふう、とため息をついた。

「2人で行って来い。これは、王命だ」
「……!……はっ、かしこまりました!」

 一礼をして退出をしようとするヒース。ナターリエは困ったように、国王と王妃に「終わり次第、また、お伺いいたします」と告げ、彼の背を追いかけた。彼らが謁見の間から出た後、国王は大いに溜息をついた。