「……わたし……」

 ナターリエは呆然として、それ以上の言葉が出ない。そこへ、王妃が言葉を続けた。

「すぐには答えが出ないとは思います。ただ、あなたがまだ魔獣研究所に勤めていないことが、逆に幸いでした。もともと、来月には王族になる予定だったのですし、多少それが伸びただけだと思ってもらえないでしょうか。勿論、婚約破棄を言い渡されたあなたの心の傷は、我々もわかっています。なので、大変申し訳なく思うのですが……」
「とはいえ、第二王子ともなれば、その、婚約破棄後にも婚約をしたいというご令嬢がいらっしゃるのでは……」

 なんとか言葉を出したが、ナターリエはそれに意味がないことをわかっていた。第二王子の婚約相手が必要なのではなく、彼らは「第二王子を」自分の婚約相手にしたいのだとわかっていたからだ。やはり、スキル鑑定のスキルを持つ者を手放したくない。その思いが伝わり、胸の奥が痛む。

「恐れながら、よろしいでしょうか」

 突然、ヒースがそこに割って入った。

「なんだ」

 と国王が言い、王妃も視線をヒースに投げかける。だが、ヒースはその2人を無視して、隣に立っているナターリエの両肩を、突然がしっと両手でつかんだ。

「はっ!?」
「ナターリエ嬢。俺と、結婚をしてくれ」
「……え?」
「第二王子との婚約なんて破棄して、いや、それはもう口約束のことを口約束で破棄したのだから、問題はない。俺と、結婚をして欲しい……!」

 突然のことで、ナターリエは呆然とする。国王は「何を言っている!?」と声をあげ、王妃は「あら」と一言だけ。
 
 しーんと国王の謁見の間に静寂が広がった。ナターリエは呆然とヒースを見上げ、言葉を失っている。やがて、ようやく国王が次の言葉を言おうと口を開く直前に、ヒースの口から言葉が発せられた。

「初めて、グローレン子爵のパーティーで会った時から、ずっと気になっていた」
「えっ……」
「それで……少しでも、あなたのことを知りたくて、あなたの家に……」
「え、え」
「魔獣鑑定士の試験にあなたが来た時は、嬉しかった。いや、その当時は、まだ、面白い令嬢だ、と思っていただけだったが……今では、もう、あなたがいないなんて考えられない。どうか、俺と結婚してくれないだろうか」

 あまりの熱烈なプロポーズに、ナターリエは怖気づく。その、返事がいつまでも出ない時間をもどかしく思い、国王はヒースに声をかけた。

「ヒース」
「はい」
「スキル鑑定のスキルを封じたからと言って、その能力は失っているわけではない。我らは、彼女が魔獣研究所に勤めるか、あるいは特に仕事などはせずにハーバー伯爵邸で過ごすと思っていたので、魔獣鑑定士のスキルを得ることを許したのだ。まさか、リントナー領に行っているとは、思ってもみなかったぞ」
「!」
「要するに、王城から離れた場所は、よろしくない。そう何か月もリントナー領に彼女を置いておくわけにはいかない。魔獣鑑定スキルを持つ者が、スキル鑑定のスキルを持つことは、ある程度の教育を受けた者は知っている。その上、リントナー領は辺境で、関所を越えれば隣国だ。何が起きるのかわからないだろう」
「……しかし……彼女の能力を、今一番有用に使えるのは、リントナー領です。それに」

 ヒースははっきりと国王に伝えた。

「彼女は、第二王子の婚約者として、彼女なりに頑張ってきたはずです。だけど、うまくいかなかったのだと言っていました。この先、ずっと、うまくいかないと思わせてまで、第二王子の隣に立たせたいのですか……スキル鑑定のスキルは、そうまでして繋ぎ留めなければいけないのでしょうか……そのスキル鑑定士として学んだすべての時間を捨ててでも、魔獣鑑定士になりたかったのですよ……」
「うまくいかなかった……?」

 その言葉に、眉を寄せる国王。ナターリエは顔色を変えて「どうして……」とヒースを見た。彼女はそんなことを、国王にも王妃にも言いたくなかったのだろう。

「ヒース様、それは」

 ナターリエは両眼に涙を溢れさせて、首を横に振った。だが、出てしまった言葉はもう取り返しはつかない。

「ナターリエ嬢、しかし」
 
『聞こえるか』

「うまくいっていなかったものを、うまくいっていたように見せる必要はないだろう」

『聞こえるか』

「でも、わたし……」

『聞こえるか!?』

「これでも……はいっ、聞こえます……聞こえ……えっ!?」

 会話に、どうも「そうではない」ものの声が混じっている。ナターリエは、ぼろぼろ泣いていた涙も引っ込めて、ポケットのハンカチに包んで入れておいたリューカーンの鱗を取り出す。見れば、鱗の輪郭が光っているではないか。

「リュ、リューカーン!?」