「アレイナ?」
「アレイナ様が、雷を怖がって泣きながら廊下を歩いていらして……」
「そうか。申し訳ない。こちらに……と、濡れていてそれどころじゃないな。ちょっと待っていてくれ」
そう言うと、ヒースは外套をその場で脱ぎ捨てた。だが、髪がいささか濡れていて、水滴が落ちる。その前髪をぐいと後ろに流すが、濡れているのは前髪だけではなさそうだ。
「このままで大丈夫です。あの、アレイナ様のお部屋がわからなくて……」
「ああ、案内する。すまないな」
そう言ってヒースは階段を上った。その後ろをついていく。
「この部屋だ」
扉を開ければ、部屋は薄暗かった。窓はしっかり閉めてあったが、雷が光る。
「ベッドは天蓋つきなのですね。カーテンを閉めずに寝てしまったのかしら」
「普段は、天蓋のカーテンを嫌って閉めていないが、今日は閉めた方がよさそうだな」
そっとベッドにアレイナを横たえ、となりにぬいぐるみを置く。それから、天蓋のカーテンを窓側だけ閉めるナターリエ。すうすうと寝入っているアレイナは、まったく起きる素振りを見せなかった。
「申し訳なかったな。ありがとう」
「いいえ。ヒース様はどうして外に?」
「竜舎に俺の竜を入れていたが、普段使わない場所だったので、雷雨で大丈夫だったのかと急に心配になってな。様子を見て来た」
「大丈夫でした?」
「ああ」
「よかった」
ナターリエはにっこりと微笑む。その笑みを見て、ヒースも小さく口端を緩めた。
「部屋まで送ろう」
「ありがとうございます」
ぱたりとアレイナの部屋の扉を閉め、廊下を歩きだす2人。
「あの……」
「うん?」
「アレイナ様とブルーノ様は、髪色がお母様似でいらっしゃるのですね」
「ああ。気になったか」
聞くべきことではなかったのかもしれない、と、言ってから思うナターリエ。が、もう言葉にしてしまったのだから、と腹を括った。
「母上は、後妻でな。俺と姉が前妻の子供で、ブルーノとアレイナが今の母上の子供なのだ」
「えっ……」
「ああ、だが、俺達も特に問題なくうまくやっているから、気にしないでくれ」
なるほど、だから「親父」「母上」と呼んでいたのか……と腑に落ちるナターリエ。
「お袋は俺が12歳の頃に亡くなってしまって。まあ、そんなわけで、アレイナと俺は年齢差が大きくてな。ベラレタなんかは、もっとだ」
そう言ってヒースは笑う。
「そうだったのですね。申し訳ありません。出過ぎたことを聞いてしまって」
「いや、問題ない。どうせ話そうと思っていたし。いくらなんでも15、6歳も年齢差があれば、そりゃあな」
そんな話をしている間に部屋に着いたので、ナターリエはヒースに礼を述べた。
「早く眠るといいぞ」
そう言ってヒースはナターリエの部屋の扉を無造作に開けた。と、それとほぼ同時に、カッと稲光が走り、ドン、と大きな雷が落ちた。室内の鏡がビリビリと震え、ナターリエはそれに驚く。
「きゃあっ!」
「……!」
そんなに雷を怖がるわけではなかったが、純粋に音に驚いた。びくりと体を縮こまらせて前のめりになれば、ちょうどヒースの腕の中にすっぽりと入ってしまう。
「!」
慌てて離れようとしたところを、もう一度、ドン、と大きな雷の音。すっかりびっくりして「きゃっ……」と身を竦めれば、その体をヒースの腕が抱いた。
「大丈夫か」
「は……はい……驚いて……」
目の前に、ヒースの胸。そして、彼の腕に抱かれていることに動揺をして、ナターリエはおろおろとする。すると、彼の腕に力が入り、ナターリエはぎゅっと抱きしめられる。
(え、え、ヒース様が、わ、わ、わたしを……?)
まるで、時が止まったように、体の動きがぴったりと止まる。ナターリエの体は強張り、だが、自分を抱いている彼の腕を強烈に感じる。ああ、自分の体は小さくて、そんな風に彼に抱かれてしまうのだ。そんなことまでも考えてしまう。
(ああ、そうじゃなくて……えっと……とにかく、離れなければ……)
本当に、たまたま彼の腕の中に入ってしまっただけなのに。言い訳をしながらそこから抜けようと、もぞりと動けば、ゆっくりとヒースの腕の力も緩む。
「もう大丈夫か」
「は、はい……ありがとうございました……」
「うん……」
ゆっくり体を起こして、ヒースの顔を見上げる。目と目があったが、なんだか恥ずかしくて、すぐに逸らしてしまう。
「お、おやすみなさい」
「ああ……おやすみ」
頭をぺこりと下げて、部屋に入る。と、そこでもう一度雷の音。だが、ナターリエはそれを必死に我慢をして「声をあげない!」と心に決めた。ありがたいことに、大きな雷の音はそこまでで、後は、バチバチと窓を打ち付ける雨の音だけが、室内に響いたのだった。
「アレイナ様が、雷を怖がって泣きながら廊下を歩いていらして……」
「そうか。申し訳ない。こちらに……と、濡れていてそれどころじゃないな。ちょっと待っていてくれ」
そう言うと、ヒースは外套をその場で脱ぎ捨てた。だが、髪がいささか濡れていて、水滴が落ちる。その前髪をぐいと後ろに流すが、濡れているのは前髪だけではなさそうだ。
「このままで大丈夫です。あの、アレイナ様のお部屋がわからなくて……」
「ああ、案内する。すまないな」
そう言ってヒースは階段を上った。その後ろをついていく。
「この部屋だ」
扉を開ければ、部屋は薄暗かった。窓はしっかり閉めてあったが、雷が光る。
「ベッドは天蓋つきなのですね。カーテンを閉めずに寝てしまったのかしら」
「普段は、天蓋のカーテンを嫌って閉めていないが、今日は閉めた方がよさそうだな」
そっとベッドにアレイナを横たえ、となりにぬいぐるみを置く。それから、天蓋のカーテンを窓側だけ閉めるナターリエ。すうすうと寝入っているアレイナは、まったく起きる素振りを見せなかった。
「申し訳なかったな。ありがとう」
「いいえ。ヒース様はどうして外に?」
「竜舎に俺の竜を入れていたが、普段使わない場所だったので、雷雨で大丈夫だったのかと急に心配になってな。様子を見て来た」
「大丈夫でした?」
「ああ」
「よかった」
ナターリエはにっこりと微笑む。その笑みを見て、ヒースも小さく口端を緩めた。
「部屋まで送ろう」
「ありがとうございます」
ぱたりとアレイナの部屋の扉を閉め、廊下を歩きだす2人。
「あの……」
「うん?」
「アレイナ様とブルーノ様は、髪色がお母様似でいらっしゃるのですね」
「ああ。気になったか」
聞くべきことではなかったのかもしれない、と、言ってから思うナターリエ。が、もう言葉にしてしまったのだから、と腹を括った。
「母上は、後妻でな。俺と姉が前妻の子供で、ブルーノとアレイナが今の母上の子供なのだ」
「えっ……」
「ああ、だが、俺達も特に問題なくうまくやっているから、気にしないでくれ」
なるほど、だから「親父」「母上」と呼んでいたのか……と腑に落ちるナターリエ。
「お袋は俺が12歳の頃に亡くなってしまって。まあ、そんなわけで、アレイナと俺は年齢差が大きくてな。ベラレタなんかは、もっとだ」
そう言ってヒースは笑う。
「そうだったのですね。申し訳ありません。出過ぎたことを聞いてしまって」
「いや、問題ない。どうせ話そうと思っていたし。いくらなんでも15、6歳も年齢差があれば、そりゃあな」
そんな話をしている間に部屋に着いたので、ナターリエはヒースに礼を述べた。
「早く眠るといいぞ」
そう言ってヒースはナターリエの部屋の扉を無造作に開けた。と、それとほぼ同時に、カッと稲光が走り、ドン、と大きな雷が落ちた。室内の鏡がビリビリと震え、ナターリエはそれに驚く。
「きゃあっ!」
「……!」
そんなに雷を怖がるわけではなかったが、純粋に音に驚いた。びくりと体を縮こまらせて前のめりになれば、ちょうどヒースの腕の中にすっぽりと入ってしまう。
「!」
慌てて離れようとしたところを、もう一度、ドン、と大きな雷の音。すっかりびっくりして「きゃっ……」と身を竦めれば、その体をヒースの腕が抱いた。
「大丈夫か」
「は……はい……驚いて……」
目の前に、ヒースの胸。そして、彼の腕に抱かれていることに動揺をして、ナターリエはおろおろとする。すると、彼の腕に力が入り、ナターリエはぎゅっと抱きしめられる。
(え、え、ヒース様が、わ、わ、わたしを……?)
まるで、時が止まったように、体の動きがぴったりと止まる。ナターリエの体は強張り、だが、自分を抱いている彼の腕を強烈に感じる。ああ、自分の体は小さくて、そんな風に彼に抱かれてしまうのだ。そんなことまでも考えてしまう。
(ああ、そうじゃなくて……えっと……とにかく、離れなければ……)
本当に、たまたま彼の腕の中に入ってしまっただけなのに。言い訳をしながらそこから抜けようと、もぞりと動けば、ゆっくりとヒースの腕の力も緩む。
「もう大丈夫か」
「は、はい……ありがとうございました……」
「うん……」
ゆっくり体を起こして、ヒースの顔を見上げる。目と目があったが、なんだか恥ずかしくて、すぐに逸らしてしまう。
「お、おやすみなさい」
「ああ……おやすみ」
頭をぺこりと下げて、部屋に入る。と、そこでもう一度雷の音。だが、ナターリエはそれを必死に我慢をして「声をあげない!」と心に決めた。ありがたいことに、大きな雷の音はそこまでで、後は、バチバチと窓を打ち付ける雨の音だけが、室内に響いたのだった。