魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う

「ついにその時が来てしまったか……」
「はい」

 満面の笑みのナターリエに対して、父であるハーバー伯爵は苦々しい表情だ。

「次の実施試験に合格すれば、魔獣鑑定士になれます」
「お前、本気なんだな?」
「はい」
「国王陛下にはそのこ……」
「はい! 既に許可をいただいています!」

 父の言葉にかぶせ気味にうなずけば、ハーバー伯爵は深いため息をついてソファに沈み込んだ。

「陛下から許可を? ううん、それならばいいが……確かに、お前は小さい頃から魔獣の絵を想像して描いていたしな……」

 呆れたようにぼそりと呟く。

「そうです。昔からの夢だったんです。魔獣鑑定のスキルに覚醒したなんて、本当に幸運でした」

 ハーバー伯爵は「ううむ」と呻く。

「しかし、貴族令嬢が魔獣鑑定士になるなんて前代未聞だぞ……その上、スキル鑑定士のスキルを封じなければいけないし……うう、だからか。明日、国王陛下からの呼び出されて……」
「まあ、そうなのですね。お父様、もう筆記試験は合格しましたので、陛下にはよろしくお伝えくださいませ」
「うう……」

 正直な話、ハーバー伯爵家でもナターリエが魔獣鑑定士になることは大問題だった。スキル鑑定士として王族にナターリエが嫁げば、国内でハーバー伯爵家は盤石だと考えられていたからだ。よって、魔獣鑑定士になることをナターリエが国王に嘆願していると聞いて、父親であるハーバー伯爵はひっくり返った。

次に、魔獣鑑定士となっても第二王子との婚姻はそのままで、と約束をした。国王たちも「スキル鑑定は封印をするだけなので、不測の事態になれば王命でそれを解除するし」と言っていた。なので、まあなんとか「それでもなんでも良い」と思った。だが、その直後に第二王子からの婚約破棄。もうハーバー伯爵の胃腸は限界を迎えていた。痛い。はっきり痛い。

「確かに、魔獣鑑定士の試験を受けてもいいとは言ったが……こう、記念受験的な感じで、スキル鑑定のスキルを封じることは止めないか?」
「スキル鑑定士のスキルを封じるのは確かに勿体ありませんが、魔獣鑑定士よりはスキル鑑定士の方が人数はいますし」
「しかし……」
「この国は飛竜騎士団だっているし、辺境の一角には他国より多くの魔獣が生息しているのですから、むしろ民衆の生活を守るため、上に立つものが魔獣をより知ることはおかしなことではないと思います」
「いやいや、どこからそんな口上を引っ張ってきた? だが、お前がどんなに器量がよくても、ううん……」

 ナターリエは決して器量は悪くない。「ハーバー伯爵家の美しい姉妹」と貴族の間では言われるぐらいなのだし、本来「間違いがない」はずなのだ。
 だが、魔獣鑑定士。魔獣鑑定士と言えば、スキル鑑定士から派生した職業……ということは、人間ではなく魔獣を選んだと思われるわけで。いや、それは実に本当のことだ。一体、どうして……と人々が尻込みをするのは当然と言えよう。

「ナターリエ。お父様は婚約破棄をされたあなたのことを思っていらっしゃるのよ」

 埒が明かない、とナターリエの母親が口を出す。

「うう、それは申し訳ないとは思っています……」
「魔獣鑑定士なんて、そんな変わり者の妻が欲しい男はこの国の貴族にはいませんよ」

 すさまじい直球だ。今後はナターリエが「ううん」と唸る番だった。

「その時は、ええっと、そのう……魔獣研究所に務めている誰かに引き取っていただけたらラッキーだと思っておりますわ。あそこは変わり者の巣窟ですし……」

 お前もその「変わり者」に属しているんだよ、とハーバー伯爵は言おうとしたが、自分の妻が「それが最終手段ね」とあっさりと娘の意見を認めたので、ぎょっとした表情を見せる。

「魔獣鑑定士の認定を受ければ、それをお仕事にも出来ますし、添い遂げる殿方がいらっしゃらなくても生きていけるのでは」
「貴族の娘が独立を考えることは稀なことですよ。わかっているのですね?」
「はい。それは重々わかっております」

 その2人のやりとりを聞いていたハーバー伯爵は

「わたしの話はもう聞いてもらえないのかね……?」

 と少しばかりしょんぼりとした。それから、国王からの呼び出しで何を言われるだろうかと考えて、もう一度、腹を押さえて「うう」と呻いた。