ナターリエが気付けば、あっという間に時間が過ぎ去っていたようだ。リントナー家の次女らしき少女と会ってからどれぐらい経過をしただろうか。

「い、いけないわ。こんなに時間が経過して、いえ、どれぐらい……?」

 資料室には窓がない。外の様子も見られないので、ナターリエはそっと部屋から出た。

(でも、ヒース様がお戻りにはなっていないので、そんなに経過をしていない……?)

 いや、そんなことはないはずだ。自分が目を通した資料の数を考えたら、ゆうに二時間は経過をしているだろう。ついつい、没頭しすぎてしまった。面白過ぎた。確かにヒースが言った通り、同じ魔獣について書かれているが、当然書いている者が違うのだから、内容に多少の差異がある。その差異が、魔獣としての差異なのか、実はスキル発動のせいなのか、という観点で見れば、なかなか面白く、ついつい次を、次を、と読み進めてしまった。

「おっ、ナターリエ嬢」
「あっ、ヒース様。あの、お時間……」
「途中で声をかけたのだが、返事がなかったので」
「えっ!?」

 そのヒースの言葉に驚いて、ナターリエは目を丸くした。

「わ、わたし……なんてことでしょうか。ああ、ごめんなさい。夢中になっていて……えええ……申し訳ありません」
「いや。我が家の資料をそんなに読んでくれて、こちらが嬉しいぐらいだ。実は、もう夕方になってしまってな。遅くなったので、このまま泊って行ってはどうかと思って」
「えっ……」

 不安げな表情のナターリエに、ヒースは少し眉を下げた。

「嫌か? 嫌なら、まあ、まだ飛竜を出せる時刻なので、すぐに出るけれど……」
「……あの、ご迷惑では?」
「いや? 全然。むしろ、もう、そのう、うちの厨房のやつらも、ナターリエ嬢の分も含めて作り出しているようでな……」
「ええっ」

 通路で立ち話をしていると、角から小さな影がぴゅっと飛んできて、ヒースの足にがしっとしがみついた。先程、ナターリエから逃げて行った次女らしき少女だ。

「おいおい、アレイナ」
「お兄ちゃん、お姫様!」
「なんでお姫様だと思ったんだ?」
「だって、綺麗だもん」

 ヒースはアレイナと呼ばれた少女を抱き上げる。

「こんな綺麗な人はお姫様しかいない!」
「お前、他の貴族令嬢のことも知らないでよく言うな……ああ、いや、綺麗なのは、その……その、綺麗なのはあっている。うん」

 困ったようなヒースの様子がおかしくて、ナターリエは笑った。すると、アレイナは「お姫様、笑った!」と目を丸くする。

「ふふ、ふ、アレイナ様。わたしはお姫様ではございません」
「えっ、じゃあ、王妃様……?」
「王妃様でもございません。ナターリエと申します」
「じゃあ、どうしてそんなに可愛いの?」
「まあ。アレイナ様も可愛らしいですよ」
「そう! アレイナ、可愛いの!」

 ヒースはその会話を聞いて「駄目だ、これは」と唸って、声をあげた。

「おーーーーい! シーナ! アレイナを連れて行ってくれ!」

 彼のその声で、女中が慌ててバタバタと走ってきて「申し訳ございません!」と頭を下げ、アレイナを連れて行く。バイバイ、と手を振るアレイナに、ナターリエも軽く手を振り返した。

「ふふふ、可愛らしい妹君ではありませんか」
「まったく……ドレスを着た令嬢を見れば、お姫様だと言うが、自分もドレスを着ているのにな……」
「そうですね」
「……その……」
「はい?」
「いや、えっと、客室に案内をする。来てくれ」
「はい」

 ヒースが何かを言いかけてやめたことには気づいたが、あえてそれを追求せず、ナターリエは彼に促されたまま客室に向かったのだった。