「あらあらあらあらあらあらあらぁ~~~~!!!!」

 すさまじい「あら」の攻撃に、ナターリエは後退りそうになるのを必死に堪える。リントナー辺境伯夫人は金髪に碧眼で若々しい。そして、あまりにもテンションが高い。

「可愛いわ。とても可愛い。まあ~~~! ねえ、ハーバー伯爵令嬢、今日はお時間あるかしら? 一緒にお茶でもいかが? それか、一緒に……」

 まさかの、ヒースの母親からの誘いに、驚いてナターリエはヒースを見る。

「あー、今日は、資料室に用があって来ただけなんでな……」
「あなたには聞いていないわ」
「そういうことじゃなくてだな!?」
「まあ、まあ、とてもとても、可愛らしいわ~~! 明日にでも、わたしがデザインしたドレスを着せたいわ。それから、わたしがデザインをしたヘッドドレスも、それから、わたしがデザインをした……」

 ナターリエにヒースが耳打ちをする。

「母上はデザイナーなんだが、その、ちょっと……ちょっと前衛的なので……」
「えっ、凄いですね? デザイナーだなんて。辺境伯夫人でもいらっしゃるのに、デザイナーでもあるなんて、素晴らしいです」
「まあまあまあ、そんなことないわよ~~~! でもねぇ~、たまに王城付近にドレスを持っていくと、これがまた売れるのよ~~! だけど、誰もパーティーに着てくださらないのよ。きっと、お家の中で満足なさっているんだわ。それはそれでいいけど、ちょっと残念よねぇ~~」

 その母親の圧からナターリエを守り、ヒースはなんとか、どうにかこうにか、資料室にナターリエを案内した。

 そう大きくない部屋だったが、机と椅子が3セット置いてある。綺麗に整理整頓されていて、棚に書物や何やらがずらりと並んでいる。空いている壁面には、リントナー領の地図らしきものがいくつも貼られていて、過去からの変遷、それこそリューカーンが言っていた「大地震」前後での変革がよくわかる。

「ここが、うちの資料室だ。えーっと、こっちが、うちの歴史書で、それから、こっちが領地に関することで、それから、ここからかな。ここからが、魔獣に関する資料だ」
「まあ、沢山あるんですね」
「だが、内容は重複していてな。もともとある資料を見ずに、どんどん書いて行っただけのようで」
「見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ。勿論」

 ナターリエは頬を紅潮させる。資料を数冊手にとって、椅子に座った。

「俺はちょっと親父とリューカーンのことを話してくるから、それが終わるまでゆっくり読んでいてくれ」
「はい。ありがとうございます」

 ぱたん、と扉が閉まり、ナターリエは満面の笑みで資料のページをめくりだした。



 ナターリエが資料を読み進めていると、カタン、と扉が開く音がした。ヒースが戻って来たのかと思って顔をあげると、5,6歳ぐらいの少女が開いた扉の隙間からこちらを覗いている。金髪で頭の両脇に髪を結っている。

「こんにちは。お邪魔しております」
「こにちは……」
「リントナー家のお嬢さんでしょうか。可愛らしいドレスですね」
「そう」

 ナターリエは立ち上がって名乗る。

「わたしはナターリエ・ハーバーと申します。今日は、こちらの資料を見るためにヒース様と来ました」

 が、少女はそれに何も答えず、ぴゅっと走り去ってしまう。そして、廊下を走る音と、叫ぶ声。

「おにいちゃーーーーーん! お姫様がいるよおおおおおおお! 誰ぇえええええ!?」

 誰と言われても、名乗ったのだが……とナターリエは苦笑いを浮かべ、仕方がない、と資料に再び目を落としたのだった。