「おう、ヒース、来たか」
「姉貴」

 関所の詰所近くに立っている女騎士に、ナターリエは目を丸くする。ヴィルロット王国に女騎士はいないわけでもないが、数が少ない。

「こちらが、ハーバー伯爵令嬢のナターリエ嬢だ」
「初めてお目にかかります。ナターリエ・ハーバーと申します」
「ベラレタ・リントナー。リントナー辺境伯令嬢です。初めまして。そして、ようこそ」

 そう言って手を出すベラレタに、ナターリエも手を出し、握手をした。すると、即座に第二王子の話が始まる。

「なんだぁ、こんな綺麗なご令嬢を婚約破棄したのか、あのボンは。なんてこった」

 その物言いに驚き、目を見開くナターリエ。ヒースもぎょっとして

「おい。やめろ。ボンってなんだ、ボンってのは」
「坊主のことだ。まったくしょうもない。いや、人間としては悪い、とはいわない程度だったが、どうも年齢の割に子供のようでな。困った人だったよ。話は聞いている。いや、第二王子からの話は話半分しか聞いていないが、不肖のうちの長男に力を貸してくれてありがとう。引き続き、是非ともよろしく頼む」

 ベラレタはにかっと大きく笑う。ナターリエは毒気を抜かれて「あっ、は、は、はい」とどもりながら答えた。豪快な女性だ。これが王城付近だったら、余程の変わり者だと大問題になっていただろうほどに。

「早速なんだが、最近この町付近に魔獣が出るようになってな。一応、騎士団による監視は増やして、巡回もしているんだが、街道にも出て来てしまって」

「魔獣ってのは、何だ」
「わからん」

 そう言って、ベラレタは苦々しい表情になる。

「姿が見えない。夜行性ではないんだ。昼に現れる。そして、色々な罠に引っかからず、畑を荒らして消えていく」
「うん? 畑を荒らして? その辺の野生動物ではないのか」
「言っただろう。見えないんだ。気が付けば、畑の一部から物が盗まれている」
「それは、隠蔽のスキルですね……」

 そうナターリエが言えば、ベラレタは驚く。

「魔獣にもそんなスキルがあるのか」
「あります。畑と言うのは? 肉食ではないんですね? 街道に出るとは、どういうことでしょうか」

 そのナターリエの言葉に、ベラレタは「ヒースはどうでもよく、ナターリエ嬢がいらっしゃればよさそうだ」と意地悪をヒースに言って笑う。ヒースはやりづらそうに「うるせぇな」と、いつもより更に荒い言葉遣いでベラレタの鎧を肘で小突いた。

「街道に出て、馬車を止める。だが、馬車は何があったのかよくわからず、車輪を確認したり、馬の様子を確認したりする。その隙に、荷台に乗せた野菜を持って逃げる。困ったことに、その、なんだ? 隠蔽か? そのスキルが発動している間は、持っている物も消えるのかな?」
「そうですね。消えます」
「なるほど。だが、それは一頭だけではなさそうで……」

 暫く、ううん、とナターリエは瞳を閉じて考えた。それから、パッと目を開いて

「それも、古代種ですね……多分、ですけれど」
「そうなのか」

「ビスティという猿のような魔獣です。まず、罠を避けるというのは、知能が高い一族だと考えられますし、夜行性でもありません。何よりビスティには伝播という特殊な性質があって……群れのトップが持つスキルを、本当に短い時間ですが一時的に下のものに同じ力を与えることが出来ます。ですが、本当に短いので……例えば、街道から少し離れた場所ですとか、畑から少し離れた場所、そこを見張れば、隠蔽が解けた姿を見られるんじゃないかと思います」

 その言葉に、ベラレタは「すげぇ!」と驚いた。

「ビスティという猿のことは知っているが、伝播? それは知らないな……」
「ああ、そうですね。ヒース様がお借りになった書物には、ビスティが多分載っていたと思います。この、伝播という性質については、閉架書庫にある「古きもの」という、一見何かわからない歴史書かと思われるタイトルの書物に掲載されておりまして、しかも、それは古代種であるビスティがもともとは王城近くに生息していたという仮説があり、それは……」

 目を輝かせて語るナターリエに、ヒースは「わかった、わかった」と宥めるように言う。フロレンツは笑いをこらえ、口を必死に引き結ぶ。

 ハッ、となったナターリエは頬を染めて

「あっ、あっ、わたし、すみません……か、語り、すぎました」

 と恥ずかし気に目を伏せた。

「いやいや、まったく語りすぎていない。大丈夫だよ。なるほど? それが本当だったら、こちらも対応のしようがあるな」

 とベラレタは面白そうに笑う。

「それにしてもナターリエ嬢は凄いな。頭を悩ませていたのが、馬鹿らしい」
「えっ、えっ、でも、本当にビスティかどうかは」
「うん。違うかもしれないが、そんな仮説すらこちらは立てられなかったのでな。ヒース、悪いが、飛竜騎士団を街道と町の郊外にある畑付近に明日からでも配置をしてくれないか。こちらも、少し離れた場所に配置をする。とはいえ、相手の知能が高いようなので、そうだなぁ、もう少し考えなければいけなそうだな」
「そうだな。その辺は、まあフロレンツとでも話し合ってもらえるだろうか。この件は一任することにしたんだ」

 そう言うヒースの横で、フロレンツは頷く。

「わかった。頼んだよ、フロレンツ。じゃあ、これから畑の位置を案内しよう」
「ああ、よろしく」

 フロレンツの言葉遣いが、ヒースの副官でいる時と違って突然砕けたことにナターリエは驚く。それへ、ヒースが

「フロレンツは、姉貴の婚約者でな」

 と、言い、ナターリエは「まあ、まあ……」と、更に驚きの声をあげるのだった。