さて、遡ること、一ケ月前のこと。魔獣研究所に魔獣を送った後、ヒースは王城に顔を出し、国王にそのことを報告をした。

「久方ぶりだな。3年ほどぶりかな」
「は。その通りでございます」
「父君は先月の会議に顔を出してくれたがな。今日はあれか? 魔獣研究所に、新種の魔獣を運んだということで」
「はい。古代種のものとなります。古代種が発見されたエリアがございまして、今後、増える予定です」
「そうか。研究員たちも腕の見せ所となるだろう。ご苦労だった」

 国王との謁見の場。特に何を話すこともなく、単なる報告をしただけで退出をするつもりだった。が、国王の方はそうでもなかったようだった。

「実は、第二王子が、現在リントナー領にいるようでな」
「えっ、そうなんですか」

 一体何がどうして、と驚きの表情のヒースに、国王は苦笑いだ。

「一方的に婚約破棄をして、リントナー領を抜けて、隣国のシルガイン王国の公爵令嬢と結婚をするとかなんだとか申しておって」
「はあ」
「馬に乗って3日目、諦めて戻るかと思ったらそうでもなくてな……追跡をして、国境を越える前にリントナー家で保護をするようにと、先程依頼をかけた」
「そうですか」

 どうにもやりきれない表情の国王を、怪訝そうに見るヒース。それにしても、逃亡している王子より先にリントナー家に依頼をかけるとは、鳥を使ったか、早馬を使ったか、と考える。

「それで、世話になるかもしれないのでな。今はまだ、王子をどうするか協議中なので、保護依頼しか出していないのだが、もしかすると飛竜で王城に連れ戻すことになるかもしれないのでな」
「は。かしこまりました」

 それだけを言って頭を下げるヒース。他にとりたてた会話もなかったが、退出前にハッと思いついたことがあって、声をあげた。

「そうだ。陛下、お願いが一つございます」
「なんだ?」
「王室の図書館から、魔獣や古代種に関する書物などを、リントナー家に貸し出しをしていただけないでしょうか」
「おお、そうだな……いや、しかし、今あれはナターリエが使っているか……?」
「え?」
「いや、なんでもない。良いぞ。担当者にはこちらから話を通しておく」
「ありがとうございます」

 そうしてヒースは王室の図書室から大量の書物を持ち出す許可を得た。彼が謁見の間から出て行った後、国王の隣に座っていた王妃が「あなた」と声をかける。

「まさか、ナターリエの試験の邪魔をしようと?」
「……」
「ディーンが逃げ出したのに、まだスキル鑑定士として彼女を抱えたいと?」
「違うぞ。本当にスキル鑑定士をそのまま続けて欲しいのならば、それは王命で命じた」

 国王はそう言ってため息をついた。

「なので、これは、そのう、最後の、最後のあがきというやつだ」
「まったくもう……」

 王妃は眉根をひそめて国王を見る。だが、それも少しの間で、すぐに笑みを浮かべて

「仕方がなかったのですよ。ディーンは王族としてはよろしくないことをしましたし、ナターリエがスキル鑑定士をやめるのも、今となってはその詫びとして許してあげなければ。それに、リントナー家から古代種が数多く運ばれてくるとなれば、研究所に更に魔獣鑑定士も必要でしょうし、ナターリエは良い時に魔獣鑑定士になったのでしょうね」
「まだ、なっておらん」

 その国王の拗ねた声を聴いて、王妃は「そうですね」と言って笑う。

「ただ、現場での魔獣鑑定士はなかなか大変だとは聞きました。動く魔獣を目で捉えて、そこでスキルを発動して」
「そうだな……現地に行かせれば、ナターリエも、大変さがわかって嫌になるかな?」
「そうかもしれませんね」
「いや、しかし、そんな危険な目にナターリエを合わせるわけにはいかん……」

 要するに、国王はナターリエのことを気に入っているのだ。ナターリエ自身の好き嫌いは置いて。

「そうですねぇ、しばらくは魔獣研究所に勤めてもらって、様子を伺いましょうか」
「まだ、まだ、魔獣鑑定士になってはおらん!」

 そう言い張る国王に、王妃は「はいはい」と言って、また笑った。