「なんて話をしていたのに、婚約破棄をあちらから伝えられまして」
「そうか」
「こちらとしては、まあ、それはそれでラッキー、ぐらいの気持ちだったのですが……でも……」
「うん」
「婚約破棄は、それなりに、なんといいますか、こう、相手をそう思っていなくても、若干ショックはありますね……」

 そう言ってナターリエは「はあ」とため息をついた。

「ショックだったのか?」
「そうですね……いえ、多分、わたしも第二王子のことをよく知らなくてですね……ですから、良いんです。良いはずなんですけど……」

 そう言いながら、ナターリエは目を閉じた。どうやら眠くなってきたようだ。ヒースが「横になるといい」と言って、眠る場所を空けた。ナターリエは、ふにゃふにゃと何かを言いながら横になる。

「魔獣鑑定士になるには、スキル鑑定のスキルを封じなければいけないのはどうしてだ?」
「ああ、それは、スキル鑑定士はもともと秘匿にすべきものですが、魔獣鑑定士はそうではありません。逆転が起きているので……なので、仕方なく。とはいえ、実際、魔獣鑑定をする時にスキル鑑定のスキルがあると邪魔にはなるんですよね……」
「なるほど」
「うう~ん……わたしなりに、ちゃんと第二王子の妻になろうとは思っていて……それでも、わたし、本当にうまくいかなくて……そう……下手くそなのです……」

 最後にそれを呟いて、ナターリエは眠りについた。



(第二王子のことをよく知らなくて……良いはずだが、ちゃんと第二王子の妻になろうとは思っていた……か)

 すうすうと寝息をたてるナターリエを見ながら、ヒースは物思いにふける。かすかに入る月明かりに、ナターリエの髪は照らされる。さらさらで、美しい髪だ、と思う。

(少しおっとりしているが、魔獣のことになると饒舌になる変わった伯爵令嬢)

 だが、彼女の目線は優しい。魔獣のほとんどは意思疎通が出来ないし、野生動物とそう変わりがない。狂暴なものには襲われる。愛でられると言えば愛でられる……かもしれない、という程度しかヒースには思えないが、ナターリエは狂暴なものでも愛でてしまうのだろうと思う。

 人を傷つける魔獣を許しはしないだろうが、その存在をないがしろにしない。そんな気がする。彼女のような存在は、魔獣鑑定スキルは置いておいても、稀有なものだと彼は感じていた。

(本当はこのまま……ここにいて欲しいんだがな……)

 リントナー辺境伯領は、まだまだ未知の場所が多い。ヒースは未開の森を探索して、どんどん知らない魔獣と出会っている。その時に、彼女がいてくれれば心強い。

 だが。それだけだろうか、とふと自分に問う。そんな問い掛けを自分にしなければいけないなんて稀なことで、ヒースはそれに驚いた。そして、案外とあっさりと自分の心の中に生まれている、彼女に対する好意を認める。

(だって、仕方がない)

 出会った時から、魅力的だと思っていたのだ。グローレン子爵の竜を共に見た時も。それから、あれこれと言い訳をして、追いかけるようにハーバー家で話をしても。それから、魔獣研究所で再会をしても、何をしても。

 彼女を、ずっと――。

 目を閉じるヒース。遠くで、ホウ、ホウ、と夜の鳥の鳴き声が聞こえた。