魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う

「ゲオルグ!」
「ヒース様……申し訳ございません!」

 倒れている飛竜の脇に、ゲオルグがうずくまっている。顔色があまりよくないが、命に別状はないようだった。

「わたしの竜が突然落下して、そのまま眠ってしまって……生きてはいるのですが、一向に起きないのです……」

 それへ、ナターリエが

「リューカーンの鳴き声でやられたのですね。大丈夫です。しばらくすれば起きると思います」
「本当ですか……? このままもう起きないのかと……」

 ほっとした表情のゲオルグだったが、肩や足を落下の時に打ったようで、体を起こすにも「いててて」と呻く。

「大丈夫か」
「はい……出血はしておりませんが、打撲かなと……折っていないとは思いますが」
「そうか。飛竜の怪我はないか」
「落下でおかしな方向に足が曲がってしまって折れていますが、翼は大丈夫だと思います」

 ぐるりと谷間を見ると、そこはぽっかりと広い空間が空いていた。大きな地竜が二体。そして倒れている飛竜。ただ、それだけ。他の魔獣は一切そこに入ってこないようで、異様な光景だった。

 リューカーンとの間は15メートルほど。だが、たかが15メートル、竜が動けばあっという間の距離だ。

 やいのやいのとヒースたちが話をしていると、再びリューカーンが話しかけて来た。

『なるほど、お前はリントナー家のものだな』

「!」

 突然、再び念話で話しかけられ、びくりと反応をするヒース。

「俺の家系を知っているのか」

『ああ。お前は、リントナーの血筋だ。見ればわかる。リントナー家には、恩義があってな』

「恩義?」

『遠い昔、お前の祖先に守られたことがある』

 ヒースとナターリエ、そしてゲオルグは、驚いて地竜リューカーンを見る。一体がこちら側に、にゅるりと顔を伸ばして来た。

『もう300年以上も前の話か』

「300年!? それは、リントナー家の始祖の話だな!?」

『あれは、まだこの谷が広く、森からそのまま入れた頃だ。大きな地震が発生をして、この辺りの地形が変化をした』

 ヒースは記憶をたどり「ああ」と声をあげる。

「確かに、大地震があったと領の歴史書には記されていたが……」

『その時に、まだ子供だったわたしは親と分断をされてしまってな。だが、リントナーと名乗った猟師がわたしを保護してくれ、大地震の後、時間はかかったがわたしを谷に戻してくれた』

「猟師……?」

 と呟くナターリエに説明をするヒース。

「リントナー家は、もともとは平民で猟師の生まれだったんだ。魔獣からの襲撃から人々を守ったことが何度かあり、それで貴族の地位を与えられてこの地方を任されたと聞いた」

『うむ。ゆえに、お前たちを受け入れた。そこにいる先に落ちたもう一人はどうでも良かったが、こちらが思わぬ攻撃を仕掛けたせいで落ちたので、まあ仕方なく。とりあえず我らがここにいる限り、他の魔獣は滅多に入ってこないので、単に運よく守られただけだ』

 ゲオルグは苦々しい表情を見せる。

「確かに、他の魔獣がまったくいませんね……」

『産卵の最後の鳴き声で、その飛竜がやられたようだな。それは申し訳なかったが』

「産卵……? あっ、もしかして」

 念話をしているリューカーンの影でじっとしているもう一体のリューカーンは番なのだろう。じっと眠りについているように見えるが、更に目を凝らすと、卵をいくつか抱きかかえているのがわかる。

『先程終わった。産む前からひとつきほど時々呻いておってな。そこに、眠りの波動を乗せて呻いてしまい、その飛竜がたまたま落ちて来た。なんにせよ、今は産卵も終わり、安らかに眠っておる』

「まあ、まあ、まあ、そうなのですね。おめでとうございます」

 と、無邪気にリューカーンに言うナターリエ。それへ、リューカーンは

『おめでたい……?』

 と、不思議そうに返す。産卵をめでたいとは感じないのか、とヒースとゲオルグはなんとなく顔を見合わせた。だが、ナターリエは無邪気に微笑む。

「はい。おめでたいですよ。ええ。早く卵から孵ると良いですね」

『これから半月近くは、卵のままだがな』

「そうなんですね」

『そして、100年をかけて、成体になる』

 成長速度がおかしくないか、と思うヒース。聞けば聞くほど驚くことばかりだ。ナターリエは慌てて腰につけたポシェットから紙を取り出してメモをとる。リューカーンは「ふわあ」と大きな欠伸をしながら告げた。