「はい……ですから、多分、とても魔獣に憧れがあるのでしょうね。最初はおとぎ話の中の存在のように思っていらしたようです」
「どうして、体が弱かった頃の話をしたがらないのかな」
「何の役にも立たないとおっしゃって。他に意味はないそうです」
「ふはっ!」

 そのユッテの言葉に、ヒースはつい噴き出した。

「特に何もなく、ただ体が弱く倒れていただけの話なんて、それ以上でもそれ以下でもない、とおっしゃっていまして」
「いや……そうでも……いや、そうか」

 ヒースはナターリエがそう言っている姿を容易に想像できる。きっと、ユッテのその説明は本当にそのままなのだろう。何か気遣ってとか、恥ずかしがって、ということではなく、正しく「特に意味がない」程度に思っているに違いない。

「本当はヒース様に、当時お嬢様が描かれていた魔獣の絵をお見せしたいところですが」
「おおっ、あるのか?」
「ハーバー伯爵邸に大事に保管されております」
「それはちょっと見てみたいなぁ……」

 そうにやにやとヒースが呟くと、ちょうどナターリエが戻って来た。

「あらっ、ヒース様、どうなさったのですか」
「遅くなったが、あなた用の鞍の素材も変えてみたので、試していただけないかと思って」
「まあ。ありがとうございます!」

 そう言ってから、ナターリエは何かに勘付いたようで、ヒースを見て、ユッテを見て、ヒースを見て、もう一度ユッテを見た。

「……ユッテ、何か変なことをヒース様にお話ししたんじゃないでしょうね?」

 突然のその言葉に、ユッテは目を逸らす。

「ユッテ!?」
「特に、変なことはお話しておりませんよ」
「じゃあ、変じゃないことは話したってこと?」

 そのナターリエの言葉に、ヒースは笑う。

「そうだな。変じゃない話はした。普通のことだ」
「ううん? 確かに、確かにそうですけど……なんだか怪しいですね……?」

 なかなかの推察力だ、とヒースは思ったが「まあまあ」とそこは話を流したのだった。



 飛竜の元に行き、新しい鞍をつけてナターリエは座る。その日の彼女はドレスだったが、実際に飛ぶわけではないので、ドレスでも特に問題はない。

「あっ、全然違います。柔らかくて、少し弾力が……」
「うん。これなら、あなたの、その、尻も大丈夫かなと……」
「ご、ごめんなさい……」

 今更ながら恥ずかしくなってきて、ナターリエは頬を赤く染める。だが、何にせよ鞍が柔らかくなったことはナターリエの尻事情としては助かった、と思う。

「お恥ずかしい話なのですが、そのう、あまり、お尻にですね、女性らしい、なんというか、お肉がついておらず……」

 飛竜から降りて、ナターリエは言い訳のようにぶつぶつと言う。

「普段はドレスで隠れているのですが……はい……」
「ナターリエ嬢は、あんなに甘いものを食べるのにな?」
「!」

 その、悪気のないヒースの言葉にナターリエは更に真っ赤になる。社交界でそんなことを言えば絶対に誰かに怒られるだろう発言だったが、ヒースは本当に悪気がなく、本気でそう考えているようだ。

「もう~! そんなことおっしゃらないで……とはいえ、本当にどうしてでしょうか。成長期に、よくベッドで寝ていたせいかしら……それでお尻がこう……こう……」
「ああ、すまん……ちょっと、言いすぎたか。ああ、体が弱かったとユッテから聞いた」
「まあ! やっぱり、変なことを聞いていらしたのね!」
「変なことではない。ただ、そうだったのだという話だろう」
「あれは、何といいますか。知恵熱のようなものといいますか」
「知恵熱?」

 それが乳幼児が時折出す熱のことを差すことをヒースは知っている。実際は、知恵をつけたから発熱するわけでもなく、単に周囲のことを子供が反応するようになった時期に出る原因不明の熱だと。

「体調が良くなったら、スキル鑑定のスキルが発現したのです」
「そうなのか」
「はい。そういうことがあるのだとは聞きました。半信半疑でしたが。ただ、そうなるまでちょっと時間がかかって……ですから、両親は、わたしがそんな体調を崩して苦しんで得た特別なスキルなのだから、と思っています。今となっては、魔獣鑑定士になれたので、わたしも、それは悪くなかったなって思うんですけど」

「ナターリエ嬢は、スキル鑑定士になっていたことは、そう、よろしくなかったのかな?」
「そうですねぇ……国に貢献できるという意味では、とてもやり甲斐がありましたけど……」

 ナターリエはそう言ってから

「でも、魔獣鑑定士の方が、ロマンがありません?」

と笑った。ヒースもそれには笑顔で「ああ、そうだな」と返した。