魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う

 さて、翌日、飛竜に檻を括りつけて魔獣研究所に向かう。ヒースは今回は同行をしないという話だ。話を聞くと、基本フロレンツと交代で研究所に行くらしい。竜騎士は6人体勢で飛び上がって、いつもよりも若干ゆるやかに飛ぶ。その様子を2人は見送った。

「今日は、先日仕立て屋に発注したものが届くんだろう?」
「はい」
「ああ、そういえば、グローレン子爵から手紙が届いた。あの火竜が火を吐いたらしいぞ」

 歩いて邸宅に戻りながら話すヒース。ナターリエは「本当ですか!」と目を輝かせた。

「食べ物を変えたらてきめんだったらしいな。よく人に慣らされた竜なので、人に向かっては吐かないようだ」
「今度、また見せていただけるかしら……」
「そのうち、挨拶にいこうと思っているが、一緒にどうだ?」
「えっ、いいんですか?」
「ああ。グローレン子爵から、よかったら見に来てくれと書かれていてな。古代種の捕獲がそこそこ終わったら、共に行こう」
「嬉しいです」

 にこにこと笑うナターリエに、ヒースも微笑む。

「そういえば、竜のことはさすがにお詳しいようですけれど」

 その「さすがに」というのは、飛竜に乗っているから、という意味だ。

「うん。リントナー辺境伯領には、もともと竜が多くてな。昔は絶滅した古代種になるところだったが、実は細々と生きている竜が結構いる。そもそも、遠い昔、竜と関係が深かったらしいんだ」
「まあ、そうだったんですか」

 そういえば、飛竜はどうやって捕獲したのか、とナターリエはそれから竜に関する質問をヒースに山ほど投げかけた。それに応じながら、ヒースは「魔獣のことになると、本当に真剣だな」と笑った。



「ナターリエ嬢は?」

 ヒースはナターリエを訪問する。そこにナターリエの姿はなく、仕立て屋から購入した衣装をユッテがクローゼットに片付けている姿があった。

「あっ、ヒース様……先程、仕立て屋の方にいただいたクッキーをもって、厨房へ」
「厨房?」
「美味しい料理を作られる方々に、美味しいものをとおっしゃって」
「なるほど? 待っても良いだろうか」
「はい。どうぞ、お座りくださいませ」

 そんな発想はなかったな、と思うヒース。しかも、ユッテに言わずに自分で持って行ってしまうあたりが、ナターリエらしいとも。

 ふと見れば、テーブルの上にはエルドを描いた絵が広げられていた。あれこれと書き加えられたその紙をじっと見るヒース。

「あまりナターリエ嬢は絵がうまくないな」

 しみじみとそう言って笑う。ユッテは、さすがに「そうでしょうか」と微笑んで、話を絶妙な形で逸らした。

「お嬢様は昔から魔獣の絵を描かれるのがお好きだったので……」

 それと、上手い下手は別だが、とヒースは思う。ユッテもそれはわかっていたし、普段からナターリエにはっきりと物を言ってはいるものの、ヒースを前にしてそれは出来ない。

「書物を見て、書き写していたのかな」
「そうですね。あと、体調が悪い時は、ベッドで想像上の魔獣を……あっ……」

 ユッテは「口を滑らせた」と困った表情をする。ヒースは、彼女の顔を見て

(ああ、これは聞いてはいけなかった話なのか)

と、冷静に判断をしたが、聞いてしまった以上は仕方がない、と話を続けた。

「体調が悪いのか」
「お嬢様は、お体が弱かった頃の話を人にしたがらないので……」
「今はもう大丈夫なのだな?」
「はい。今は、本当に、ええ、健康になられて」

 ユッテの年齢は20代の半ばぐらいで自分と同じぐらいかとヒースは思う。となると、案外とナターリエが倒れていたのは最近のことなのではないかとも。ベッドの上で、空想上の魔獣をスケッチ出来るほどの年齢。10歳前後かな……と、ヒースは勝手に想像をした。

「じゃあ、いいじゃないか」

 そう言って、ヒースは朗らかに笑う。