「お嬢様は、昔からあまり絵がうまくなられないですね」
「ユッテ、どうしてそう傷口に塩を塗ろうとするのかしら?」

 あれから、ヒース以外の騎士たちもナターリエのスケッチを見て、みな何とも言えない表情になってその場から去った。自分でもわかっている。そううまくはないのだと。だが、何よりも実際の魔獣、それも古代種を見て描いている。それが、ナターリエには嬉しかったのだ。

「飛竜もお描きになられたんですか?」
「飛竜はまだなのよ。あのね、竜舎にいると、全身が見えないでしょう?」

 確かに、竜舎は下半身部分が扉に覆われて見えなかったな、とナターリエとは別に竜舎を見学したユッテは思い出す。

「ああ、そうですね……」
「かといって、今はまだ、描かせて欲しいとは我儘を言えないので……飛竜も、檻に入れてもらえればいいんだけど、そういうわけにも……」

 エルドを描いた紙に、今度はインクで文字を書き込むナターリエ。魔獣の特徴などを細かく書き入れている。

「ヒース様には、これ以上多才になると国一番の才女になるって言われたわ。冗談でしょうけど」
「いえ、それは確かに」
「ええ? そんなことないでしょう?」
「でも、お嬢様、封じたとはいえ、スキル鑑定というスキルをお持ちだったのですし。そこに魔獣鑑定のスキルをお持ちになっては、確かに国一番と言われてもおかしくはないでしょう。スキルを持っているご令嬢の方が数が少ないのですし」
「ううーん、スキル以外の、勉学等で得られる才能がそんなにはないから、そうでもないのよね……」

 スキル鑑定士だった頃。要するに、第二王子の婚約者として、それなりの教育を受けた。だが、その教育も「そんなに」ナターリエには合ってはいなかった。それでも一通りは教育を受け、王城への登城の回数もそれなりにあったし、なんとか、ぎりぎり、第二王子の面子を保てるぐらいにはなった……とナターリエは思う。

 だが、自分よりも優れた令嬢はもっとたくさんいて。

「本当に、それに関しては第二王子には申し訳なかったのよね。それから、カタリナにも……」

 そうですね、とはさすがにユッテには言えない。だが、確かにそれは間違っていないのだ。今まで、第二王子が婚約者になっていて二ケ月後には結婚をしなければいけなかったのだが、婚約破棄をされてしまったわけで。

 そうなると、第二王子から婚約破棄をされた令嬢として、人々には見られる。勿論、魔獣鑑定士になった今は、第二王子との婚約も「スキル鑑定士だったからか」と人々にはバレているだろうが、それとこれとは話が違う。

 国を越えてまで、他の女と結婚しようとされてしまった、気の毒な令嬢。あるいは、そうまでしないと別れられなかった第二王子の方が同情を受けるかもしれない。居心地が少し悪かったグローレン子爵のパーティーでは、どちらの目線が多いのかをはっきりとはわからないままだったが。

 どちらにしても、ナターリエの相手はなかなかみつからない。そして、ナターリエの相手がなかなかみつからないということは、次女であるカタリナの婚期も……。

「あんなに可愛い子なのに、わたしのせいで……」

 と、それについては肩を落とさざるを得ない。が、「でも、わたしのことは関係なく、良い人がいたらわたしのことは放っておいて結婚して欲しいのよ」と言う。

「お嬢様は本当に魔獣研究所に勤めるのですか?」
「うう~ん、実はねぇ、そもそも、今魔獣研究所が求人を出していないのよね……これは、お父様やお母様には内緒だったんだけど……でも、これでこちらから古代種を運び込めば、人手が足りなくなるんじゃないかと思っているのよ」
「ああ、成程!」
「そもそも、魔獣鑑定士に合格した時点で、研究所からの引き抜きがくると思っていたんだけど、代わりにヒース様からお声がけをいただいてしまったし。でも、魔獣研究所に勤められれば、そのう、わたしが結婚をしなくても、まあ、その」

 なんとか世間体は保たれるか、とユッテに尋ねるナターリエ。それへ、ユッテは「うう~ん」と唸る。

「そうですね……カタリナ様が、先にご結婚をしても、まあ……」

 あるは、あるか。とはいえ、ユッテもただの女中であって、貴族のあれこれにそこまで精通をしているわけではない。よって、どうにも無責任なことを言うのは……と苦々しい表情だ。

「本当は、わたしのことなんて何も気にせずに、結婚して欲しいのよねぇ……」
「そうはおっしゃっても」

 貴族社会は難しい。ナターリエは溜息をつき、ユッテも溜息をついた。