「別に、ハーバー伯爵家の財政が苦しいとかそういうことを勘ぐっているわけではないぞ。特に財政は苦しくないと知っているし」
「はい」
「ただ、家を離れて来ているわけだし、手元にある金は最低限のことに使うようにして欲しいんだ。何があるかわからないしな。つけて払うにも、ハーバー伯爵邸に請求をするのも面倒だ。こちらはリントナー領なので、大きな金を動かせるし。だから、言葉は悪いが、甘えてくれ。鞍のことも気にするな」

 その言葉に、ナターリエはようやく破顔をする。彼女は手元にそれなりの金額を持っていたが、彼の言葉通り甘えることにした。彼の配慮をありがたいと心から思う。

(ますます、どうして婚約者がいないのかわからないわ。辺境伯のご子息で、長男。お顔も、そのう、なかなか良いし、性格も……)

 いい、と思う。今のところは。しかし、貴族令息なんぞ、こう言ってはなんだが、多少の性格難でもあっさりと婚約者は出来るものだとナターリエは思っている。

「どうした?」
「あっ、いいえ、なんでもございません。はい。まったく」
「?……他に何か?」
「いえいえ、以上です。ありがとうございます!」

 ナターリエは慌てて部屋を出て行った。ヒースはそれを「なんだ?」と目をまばたいて見送るだけだった。



 翌日から、ヒースたちは飛竜で古代種の魔獣が出るエリアに行き、まずはエルドの捕獲を試みた。すぐには捕獲出来ないため、何日か時間がかかると言う。その間、ナターリエは他の騎士団と共に森を探索し、魔獣研究所に収容されていない魔獣がいるかどうか、探していた。

 残念ながら鞍をすぐに柔らかいものには交換出来ないらしいので、その代わり時間を短くすると言われた。さすがにそれは申し訳ないので、とナターリエは一日耐えた。

「思った以上に、疲れるわ……」

 眠りにつく前のひととき。湯浴みを終え、くつろいだ寝間着を来てナターリエはカウチに横たわっていた。

「今日もお疲れ様です。お尻ですか?」
「今日の疲れはそっちじゃないのよね……ユッテはどう? このお屋敷にも慣れた?」
「はい。皆様に色々教えてもらっています」
「そう。よかった」

 そう言いながら、ユリアーナはソファでぐったりとする。

「はあ~……それにしても、魔獣の鑑定って難しいわね……」
「えっ、そうなんですか?」

 なるほど、今日の疲れはそれか、とユッテは驚きの表情を見せる。ナターリエは伯爵令嬢としては相当だらけた様子でぐだぐだと呟く。

「魔獣って色んなサイズ、それこそ動物と同じように、小さいものから大きいものまでいるし、止まってくれないから……」

 だから、小さい魔獣の鑑定がまったく出来なかった。そもそも、飛竜の上からの鑑定も難しい。とはいえ、飛竜から降りれば魔獣たちに襲われてしまうのだから、簡単に降りるわけにもいかないのだ。魔獣は獰猛なものも、そうではない温厚なものもいるが、そう「思われて」いる者がみな「そう」だとも限らない。飛竜に乗っているからこそ守られているということを、ナターリエはわかってる。

「焦って鑑定をすると、封じているはずの人間のスキル鑑定を発動させようとしちゃって、魔獣の鑑定が出来ないのよね……」
「スキル鑑定と、魔獣の鑑定は違うんですか?」

 驚くユッテ。ああ、それはそうか、とナターリエは説明をする。

「そう。違うのよ。うーん、もともと、こちらのスキルを発動して『見る』のは変わらないんだけど、魔獣の鑑定はスキル以前に存在の鑑定が発生するから、こう、なんていうの……ううん……人間は、ほら、人間じゃない? でも、魔獣は、まず種類の特定というか……うん……」

 説明にならなかった。だが、とにかく鑑定とはいえ、違うのだということだけはユッテに伝わる。

「そもそも、魔獣研究所にどうして魔獣を送るんですか? そのう……何をしている場所なのか、わたしにはよくわからないのですけれど」
「うん。そうよね。多分、ほとんどの人がそう思っているんじゃないかしら」

 それには同意しかないため、ナターリエはうんうん、と頷く。

「魔獣研究所で生態を調べて、魔獣のスキルを使う研究なんかを行っているのよ。魔獣の中には、稀に意思疎通が人間と出来るほどの魔力を持つものもいるしね」
「ええっ、そうなんですか?」
「魔獣も進化をしているので、それを過去の文献と照らし合わせたり。そうすることで、その魔獣の居住区がどのような変化を過去から得ているのかがわかって……そうねぇ、中には地質学? なんていうのかしら? 地層の変化に影響をされたものなんかもいて、そのおかげで鉱山が見つかったなんて話もあるのよ」
「えええ」
「とにかく、色んな可能性が魔獣にはあるの。ね? 面白そうでしょう?」
「少しだけ……少しだけ興味を持ちましたが、ええ、少しだけですね……」

 それからもナターリエは饒舌にユッテにあれこれと話して聞かせたが、ユッテはもうほとんどそれを聞き流して「はい、はい」と適当に相づちを打った。やがて、疲れたナターリエは「残りの話はまた今度」と言って、寝室に向かう。

「ええ……また今度があるんですかぁ……」

 と、心底疲れた声でユッテは聞いたが、あっさりとナターリエは「おやすみなさい」と言って、寝室と隔てる内扉を閉じた。