事情がまったくわからないまま、気づいたら俺は翠々に電話をかけていた。
 ボストンと日本の時差は十三時間。こちらが十八時だから日本は朝の七時だけれど、それを気にする余裕はなかった。

「翠々、いったいなにがあったんだ?」

 彼女が電話に出るなり俺は質問をぶつけた。電話口ですすり泣く声を聞いた途端、あせりすぎたと後悔が押し寄せる。

『琉輝さん……お父さんが……』

 ゆっくりでいいよと彼女を落ち着かせたあとに事情を聞いてみると、翠々の父親は心臓に持病があり、発作を起こして倒れてしまったらしい。

「大丈夫か?」

 翠々は小さいころに母親も亡くしている。
 だから今の彼女が大丈夫であろうはずがないのに、ありふれた言葉しか言えない自分が情けない。
 
『叔母に連絡したので大丈夫です』

 頼れる親戚がいるみたいで少しだけホッとした。翠々がひとりぼっちじゃなくて本当によかった。
 だけど俺に心配させまいとして気丈に振る舞っているのがわかるから、余計に庇護欲を掻き立てられる。

「そっちに行くから」

 そうは言っても物理的な距離はどうにもならない。今すぐ飛行機に飛び乗ったとしても日本に着くのは十四時間後だ。
 彼女の父親の葬儀に参列するのはどう考えても無理だが、俺が彼女の心の拠り所になりたい。

 翌朝すぐに日本に向けて発てるように準備をし、会社にも無理を言って休暇を取った。
 しかし空港に着いてみると、航空管制システムのトラブルで飛行機はすべて大幅に遅延していた。
 こんなときに限って……。はやる気持ちを抑えるのに必死だった。待つしか選択肢がない状況がもどかしい。
 ようやく飛行機が飛んで日本に戻れたのはいいが、翠々の父親の葬儀から三日が経過していた。