生まれて初めての外泊に
緊張感が増したが、
忘年会の後
同僚の女の子の家に
泊まるとよくある嘘をついて
両親を納得させた。

翌日はちょうど土曜日で
仕事も休みだった。

紬は台所を拓海の家の借りて、
食パン2枚を、オーブンで、焼いた。


「聞いていいですか?」

オーブンからジーと音が鳴り続ける。


「へ?何を?」


「田村さんから聞いたんですけど、
 出張が多くて
 結婚する暇がなかったって話、
 本当ですか?」

「あ、ああ、その話。
 そうだね、月に何回もアメリカや日本を
 飛び回ってたらラインの返事もできないし
 会えなくて飽きられるからさ。
 金髪のアメリカ人の彼女と
 少しだけ付き合ったけど、
 無理だったわ。」

 オーブンがチンという音が鳴った。

「あ、できた。」

「俺はそういう人間だけど、平気?
 ラインとか電話とか頻繁に返す自信
 無いんだよね。
 でも、昔ほど出張は減ったから
 会えなくなるってことはないと
 思うけど…。」

 紬はオーブンからトーストを2枚
 取り出してバターを塗った。
 何年振りに朝食にパンを食べるだろう。
 あれだけ実の母親の作ったパンを
 食べすぎて
 拒絶していたはずなのに
 拓海の冷蔵庫や食品は
 ご飯よりパンが多かった。

 仕方なく皿に盛り付けると
 意外にも厚めでふわふわの食パンだった。

「大丈夫ですよ。
 私もそこまで早く返事返せないと
 思いますし、会いたくなったら
 ラインよりも直接来ますから。
 煩わしいんですよね、
 ラインも電話も
 誤解を招きやすいので…。」

 パクッと角から食パンを食べたら
 予想外に美味しかった。
 苦手を克服した気がした。


「お? 
 そうなのか。
 過去に嫌なことでもあった?
 てか、交際相手が
 初めてって言うの嘘だろ?」

 パンを一口食べてから、
 ぺろっと舌を出してみせた。

「それはご想像にお任せします。」

「…だって、初めてにしては
 動きだって受け入れ方とか
 慣れてるって感じだったし。
 いや、別に初めてじゃなくても
 全然問題ないけどさ。
 口説き文句なのかなと思って…。」

「嘘はついてないですよ?
 年上の人と交際するのは
 初めてです!!
 というか、
 これ、美味しいですよ。
 食べてみてくださいって。」

 紬はごまかすように
 皿に乗せたトーストをすすめた。

「うまいな、
 適当に買ってた食パンだけど。」

「私、本当はパン大嫌いだったんですけど、
 今、いろんなこと思い出しました。
 お母さんの作ったものじゃなければ
 食べてもいいって。
 美羽さんのことではないですけどね。
 本当、十数年ぶりに食べました。
 美味しかった。」

「パンしか
 置いてなかったもんな。
 ごめんな。
 苦手を克服できたのなら良かった。
 大変だったんだな。」

「いいんです。
 むしろ、なんで拒絶してたのか
 今解放されて良かったです。
 ありがとうございます。
 家ではそういうこともあって
 パンを買うことが少なかったんですよ。」

「俺のおかげってこと?」

 紬は何度も頷いた。
 頬を赤らめる拓海は
 黙々と食パンを食べ続けた。


 自然の流れで2人は
 外出することにした。

 仕事以外で外に出かけるのは
 初めてだった。

 拓海は保護者のような目線で
 紬の行きたいところに
 連れて行ってあげようと思った。

 思い出を整理するように
 初めて会ったゲーセンの
 UFOキャッチャーに
 夢中になった。

 大人になった紬は
 投資額も半端なく、
 ぬいぐるみは取れるまでやるぞと
 気合いが入っていた。

 目に炎が浮かぶ。

 タジタジになる横で
 UFOキャッチャーをする
 拓海はあっさりと300円で
 大きなぬいぐるみを取って
 しまっている。

「欲しい!もらう。絶対。」

「あげるつもりだったけど…。」

 紬は拓海の持つぬいぐるみを
 受け取った。
 小学生の時とは違う。
 熱の入れように驚いていた。
 結局のところ、2000円も
 注ぎ込んでも何にも取れなかった。

「やめておけって…。
 ガチャガチャやった方よくない?
 絶対もらえるでしょ。」

「もう、なんで取れないんだろう…。
 部長、ズルいです。」

「運に決まってるだろ。
 俺はラッキーってこと。
 ほら、ガチャガチャ見に行こう。」

「あのパンダのぬいぐるみが〜。」

 紬は拓海の腕に引っ張られながら
 ガチャガチャのコーナーに移動した。

「あ、あれもいいな。
 これも。田村さん、好きそう。
 お土産に買っちゃお。」

(こっちはこっちで買いすぎるって
 デメリットがあるか…。)

 拓海はため息をついて
 紬の動きを見ていた。
 子どもを監視してる気分になっていた。
 気持ちを切り替えてもらったのはいいが、
 物欲が止まらなかった。

 手にはおさまらないくらいの
 ガチャガチャをたくさん回していた。

「こんなに買っちゃいました!
 田村さんのお土産と、
 部長の猫さんフィギュアも追加で。」

「いや、買いすぎだろ?
 俺の分は俺が買うのに…。
 全く…猪突猛進だな…。
 猪年か?」

「あ、ごめんなさい。
 私は辰年ですよ。
 失敬な、猪みたいに
 ふがふがしてません。」

「空想上の生き物か。
 読みづらいな、それはそれで。」

「生まれ年で性格決めないで
 もらえます?
 そう言うのおじさんっぽいですよ。」

「な?おじさん…。」

 紬は、小さなテーブルの上で
 お気に入りのガチャを開いた。
 他のものは持ってきていた
 エコバッグに全部入れた。

「やったぁ〜。
 好きな色のクリームソーダ。
 青色だけ無かったので嬉しいです。」

「よかったな。」

「部屋に飾ります、これ。
 大事にしよう。
 部長も開けてみたら
 どうですか?
 ほら、猫フィギュア。」

 紬は3つの猫フィギュアが
 入ったガチャを
 手渡した。

「お?これは
 アメリカンショートヘアと
 マンチカンだ。
 もう一つは、ラグドール。
 もう少しで全種類揃えられるぞ。」

 童心にかえったような顔をしていた。
 紬は横から見ていて微笑ましかった。

「部長も同じじゃないですか。
 楽しいですよね、ガチャガチャ。」

「あのさ、さっきから
 部長って言うのやめてもらえる?
 休日でも仕事しに来てるみたいだから。」

「え、んじゃぁ、なんて呼べば?」

「部長以外ならなんでも。」

「そうだなあ、んじゃあ、
 たっくん?たーくん?
 たーちゃん?」

「ちょ、やめて。」

 手で顔を覆い、
 笑いが止まらなくなる拓海。
 美羽にも呼ばれたことのないあだ名で
 呼ばれて恥ずかしさが倍増した。

「拓海先輩で。」

「急に真面目だな?」

 無表情に戻る拓海に
 今度は紬が笑い出す。

 どんな名前を言っても
 お互いに
 笑いが止まらなくなる2人だった。