今のいる 
ここはもしかしたら、
大きな森の中で、
これまでに
会ってきた人は、
いじわるする猫や
進路を惑わすイモムシかもしれない。

女王様や王様は出てきてないけれど、
結局は目が覚めると
それは全部夢でしたと
なってしまうのかもしれない。

全てそれは童話のように
過去のことを楽しく面白く
語っている。

美羽の行動は、
世間一般から見たら、
悪いことなのかもしれない。

他人の夫を奪う行為。
略奪婚というのかもしれない。


芸能人だったら、週刊誌総なめで
ワイドショーに持ちっきりの話題の
ドロドロな話。

当人同士は、全然そこまで考えていない。

不倫や浮気とか、過去とか見てない。

今の瞬間の心を
満たしてくれる人に
会っているだけなんだ。

契約という名の結婚で、
縛れているが、
本当に2人は、
愛し合っているかなんて、
夫婦しかわからない。

不貞行為は
ダメですよっていう
法律あるけれど、
幸せになっては
ダメですよなんて
言ってない。

本当に
結婚とか恋愛とか
面倒で中途半端で、
生きていくのが大変な時もある。

それでも
過去じゃなく、未来を想像したら、
そんなこと どうでもいいって
思うんじゃないか。

時間が解決してくれることだってある。

美羽は、未来だけ見ることに決めた。

過去は忘れて、
占いを
良いことだけ信じるように

都合の良い解釈で
生きることに決めた。


朝、目が覚めると
美羽の姿を見て、
紬は泣くほど喜んだ。

「もう絶対、美羽さんは
 紬のお母さんになるの。
 絶対、絶対離さないから。」

 腰あたりでギューと抱きしめて、
 美羽の服に涙をこすりつけた。

「紬ちゃん、服が汚れちゃうよぉ。」

そう言いながらも嬉しそうな美羽。

その様子を台所から見ていた颯太は、
えくぼを出して、ニコッと微笑んだ。

「紬、もう一つ、伝えないと
 いけないことがあるんだぞ。」

「え?何?
 クリスマスじゃないけど、
 もうプレゼントもらった気分だよ。
 まだあるの?」

「なんと、
 美羽のお腹に赤ちゃんいるんだって!!」

「うそうそうそ!!
 お父さん?
 やらかした?」

「やらかしたって…おいおいおい。」

「やったぁー!!
 私、お姉ちゃんになる?!
 どっち、どっち。
 弟、妹??」

「紬ちゃん、まだすごい小さいから
 性別わからないんだよ。」

「えー、そうなの?
 早く知りたい。
 どっちかなぁ。
 私がお姉ちゃんになるんだ。
 楽しみだなぁ。」

 颯太と美羽は顔を見合わせて、
 微笑んだ。

 台所にいる颯太の隣に 
 近づいて、話しかける。

「喜んでくれて
 本当よかった。
 紬ちゃん、言ってたけど、
 本当にクリスマスプレゼントもらった
 みたいにすごい嬉しい。」

 頬を赤くして、
 照れていた。

 颯太は、
 シンクのふちに置いた
 美羽の左手をぎゅっと握った。

「後先逆になってごめんな。
 ちゃんと、用意するから。
 この指に入るやつ。」

 左手の薬指をなぞる。

「あー、うん。
 でも、今は無くても大丈夫。
 急がなくていいよ。
 何だか、すごい満たされてて、
 顔がにやけちゃう。
 うっひゃぁ。」

 颯太は、突然、
 美羽を抱っこして、
 持ち上げた。

 紬のそばまで
 連れていくと
 2人をぎゅーとハグをした。

「ずっと一緒!!」

「えー。」

「パパ、ヒゲが痛いー。
 やめて。」

 家族がこんなに密着して過ごすなんて
 一昔前までは考えられなかった。
 3人は笑顔が溢れ落ちた。


 カーテンをしていない外から
 丸見えの窓でも、
 全然、落ち込んでなんかない。
 10階のマンションだから。

 部屋は段ボールだらけで
 散らかっていても 
 モヤモヤなんてしていない。
 

 心はフル充電すぎるくらい
 熱くなっていた。



◇◇◇
 
「行ってきます!」

「行ってらっしゃい!」

 紬がランドセルを背負って、
 玄関を出ていくのを見送ると、
 美羽は、台所の朝食で使った食器を
 洗い始めた。

 颯太は洗面台でヒゲを剃っていた。

 朝の忙しい日常が始まっていた。

「さてと、そろそろ、俺も行こうかな。」

 スーツのネクタイを整えた。

「あ、颯太さん、
 言っておきたいことが
 あって…。」

「え?ちょっとくらいなら、
 大丈夫だけど、
 何、どうした?」

「実は、
 12月25日に
 行かないといけないところが
 あるんだけど、
 もし都合がつくなら、
 送っていってほしいの。」

「あー、来週の話。
 クリスマスだね。
 何かあるの?」

「実は、付き合ってた
 拓海いるんでしょう。
 すでに別れてたんだけど、
 何か、海外に仕事しに行くって
 言っててね。
 しばらくは、
 日本に帰ってこないって
 言うから、見送りたいなって…。
 そういうの颯太さんに
 隠して行くのは嫌だし、
 もし都合があえば現地に
 送ってほしいっていうか
 一緒に
 来てほしいかなと思って…。
 だめかな。」

 言いづらそうに
 美羽は、モジモジと
 話していた。
 颯太はマグカップに残っていた
 コーヒーを飲み切った。

「そっか。
 確かに黙って行くのは
 隠し事している感じで嫌だけど、
 海外に行くのは本当に離れちゃうし、
 会うのも限られるもんね。
 んーーー、
 でもなぁ、別れたのにって
 考えちゃうなぁ。」

「だめなら、諦めるけど。
 拓海の場合は、
 別れるって言ってるのに
 何回も連絡してくるから、
 それで最後にしようかなと
 思ってて、
 きちんと清算したいんだ。」

「最後ねぇ…。」

 少し天を見上げ、
 顎に指をつけた。

「わかった、うん。
 ドライブデートは
 初めてだし、そこを楽しむから良いよ。
 海外ってことは成田空港だよね。」

「え?電車じゃないの?
 てっきり電車かと。」

「遠いよ。
 レンタカー予約しておくから。
 任せておきなさいって。
 仕事で何度か車運転してるし、
 大丈夫。
 紬も喜ぶよ、車乗せるの初めてだし。
 飛行機見るのも初かな。」


「あ、冬休み…。
 紬ちゃんも一緒だよね。」

「そうだよ、
 紬も一緒に行動しないと。
 ちょうどその日、クリスマスだし、
 仕事休みは取ってたから。
 よし、話、終わりだよね。
 今度こそ、行ってくるよ。」

「うん、行ってらっしゃい。」

「行ってきます。」

 靴べらを使って黒い靴を履いて、
 玄関を出た。

 美羽は、パタパタと手を振って
 送り出した。

 自分の部屋の引っ越し作業も
 しないといけないなと
 外出の準備をした。

 自然の流れで
 こんな広く立派な家に
 住めるなんて、笑みが止まらない。
 
 颯太に初めて渡された合鍵を持って、
 玄関のドアを閉めた。


 ぺたんこのパンプスは、
 靴音が鳴らない。


 靴ずれもしにくい。


 美羽の足取りは軽かった。
 

 近所の交差点では
 パトカーのサイレンが
 鳴り響いていた。