颯太は目の前に現れた人を
信じられなかった。

ここに来るなんてあり得ないとさえ思った。


インターフォンの、
チャイムを何度も鳴らしている。


紬は、固まっている颯太を見て、
誰だろうと液晶画面に映る人を覗いた。


「え?! げっ!
 なんで来てんの?」

 紬の口から思わず出た言葉だった。
 美羽は首を傾げては
 頭に疑問符を浮かべる。

 何度も鳴るインターフォンが
 耳の中に響いた。

 颯太はとりあえず玄関の方へ
 足を進めた。

(これはいわゆる修羅場に
 なるじゃないの?!
 いや、どうしよう、美羽さん…。)

 紬は言葉にできず、
 美羽の周りをうろうろしながら
 ガードしてるふうに動いた。

(私が美羽さんを守ろう、よし。)

 決意を固めて動くが、
 美羽は訳がわからず
 紬の後ろでポカンとした顔をした。

 玄関から女性の声が響く。
 颯太に話してる間にキャリーバッグ片手に
 ずんずん中に入ってきた。

「だからさ、
 私、騙されたの。
 柏谷優斗に、結婚詐欺に遭ったのよ!
 上原家のお金を全部詐取しようとしてさ
 新しいパン屋を作りましょうって
 訳わからなくない?!
 ……って、誰、この女?」

 ずんずん中まで入ってきて、
 紬のそばにいた美羽に横柄な態度で 
 言う。

 颯太は有無を言わずに
 部屋の中まで入る美花に
 複雑な思いを膨らませていた。

 大きなため息が出る。

「あのさ、突然、来て
 いろいろ雰囲気壊すの
 やめてくれないかな。」

「え?!
 私の質問には一個も答えてくれないわけ?
 てか、この女、誰って言ってんじゃん。
 てか、浮気してたの?
 いや、待って、パパ、不倫した?
 ちょっと、それは、
 話変わってくるんだけど。」

 紬は、近づいてきた実花を拒否した。
 美雨の足にしがみつく。

 その反応にさらに激昂する実花。
 かなり美雨に慣れている様子に余計に
 腹を立てた。
 懐いた経験が少ない母親としての
 プライドが出てきた。
 嫉妬だ。

「は?!
 話が変わってくる?!
 よく言うよ、勝手に離婚を突きつけて
 きたのはそっちだろ。
 反論もなしに受け入れたのに
 その言い草ないだろ。」

 大人しく、怒る姿を見せなかった
 颯太がイライラしている。

 結婚詐欺だかなんだか知らなかったが、
 とてもじゃない買ってすぎる実花に
 腹が立つ。

 美雨も後退りして、
 何も言えなかった。


 2人を危険な目に合わせたくなかった
 颯太は、実花の左腕をしっかりつかんでは
 外に出した。

「な?!
 何するのよ?
 痛いって。
 ちょっと…。」

「話なら、外で聞いてやる。
 ちょっとそこで待ってろ。」

 颯太は怖い顔を一度、部屋の中に
 戻って行った。
 機嫌悪そうに廊下で待っていた。


「美羽、ごめん。
 申し訳ないけど、紬と一緒にいて
 くれないかな。
 ちょっと、あいつと話してくるから。」

 額に筋を立てて、
 紙たばことライターを
 握りしめた。

「え、あ……。
 私、いて、大丈夫なのかな。
 怒ってたんじゃない?
 お母さん。」

 紬の顔を伺いながら、指をさして
 恐れていた。
 実花の顔は尋常ないくらい鬼のような
 怖さはあった。


「…一緒にいる。
 ここに。」

 紬は、実花のことが怖くなり、
 美羽の腰あたりをぎゅっと抱きしめた。


「紬がそう言ってるから。
 本当、悪いけど、
 行ってくるわ。」

 
 有無も聞かずに颯太は、
 部屋を出て行った。

 ここに存在してて、
 本当に大丈夫かと不安が募る。

 美羽は、
 怖がる紬の背中をヨシヨシと
 撫でてあげた。


「紬ちゃん。
 ココアでも飲む?」

「……うん。」

「牛乳入れてもいい?」

「うん。」

 少し、落ち着いた様子で
 一緒に台所に立った。
 ほんわりとした空気が流れた。

 美羽は、颯太が大丈夫か
 心配になった。

 母親じゃない自分が
 お母さんごっごして
 何だか申し訳ない気持ちになる。
 
 受け入れてくれる紬は
 どう考えているのかと
 顔をじっくり見るが、
 笑いが止まらなくなる紬だった。

「何かついてる?」

「ううん。
 面白かった。」

「変顔する?」

 美羽は、両目を白目に舌をぺろんと
 出してみた。

「すっご!
 どうやってやってるの?」

「ひ・み・つ。」
 
 子どもはあどけない。
 面白いことがあれば切り替えができる。
 
 大人はふざけると怒り始める。

 時系列感覚が
 子どもと大人では
 違うんだろうな。

 気持ちの切り替えが結構重要だと
 思うなと考えながら、やかんのお湯を
 くまの可愛いマグカップに2つ注いだ。

 ココアの香りが広がった。

 さらに牛乳を注いで、温度を下げた。

「あれ、これでは味薄くなるかな?
 牛乳温めればよかったね。」

「大丈夫、パパも同じ間違いするから。」

「へ?そうなの。」

「凡ミス〜。」

「だね。でも、飲めるからいいか。」

 美羽はトレイにマグカップ2つ乗せて、
 テーブルに置いた。

 2人仲良く並んで、
 ココアを堪能した。


 顔を見合わせて笑顔が溢れた。


 東の空には、飛行機が飛んでいた。
 エンジン音がここまで響いている。