「ま、間違えて……? アハハハ……すみませ――」
「あなた、ひょっとして心は女性って人なのかしら」
「はい?」
「でもね、その身なりだと、やっぱり男性トイレに入らないと不審者だと思われてしまうわよ」
「はあ……」
「どうしても男子トイレに抵抗があるなら、一階にある多目的トイレを使いなさい」
「多目的……」
「悪いこと言わないわ、そうしなさい。あなた、若いけれどとても仕事のできそうな身なりをしているわ。こんなところで不審者扱いされて警察に捕まりでもしたら人生台無しよ? もったいないじゃない、ね?」
「……」
 
 なんだかわからないが、盛大に勘違いされているようだ。
 しかし今の俺には、ここで否定も肯定もできない。
 何か言えばこのおばさんの厚意を無駄にすることになるからだ。

 手洗いをしながらも、お説教なのか親切心なのかわからない小言が続く。

「さ、私が外の様子を見てあげるから、行きましょう」
「は、はい……」
「――――今よ! さ、今度からは多目的トイレに行くのよ。気を付けてね」
「あ、ありがとうございます。……気をつけます」

 おばさんは、『私は善い行いをした』と書かれたような顔をしながら去って行った。

 まあ、たしかにおばさんのおかげで助かったのかもしれないが……。
 そもそも俺はなんで女子トイレにいたんだ⁉

 腕時計を見ると、おそらく俺の意識が飛んでから10分ほどが過ぎていた。

 10分……。この10分の間に一体何が起こったんだ――。


 ◇ ◇ ◇