第1章

12月3日。
現在裏世界のトップ、アクセルの100代目のボスがこの世を去ったと報道が流れた。
僕・佐伯有流はアクセルを引き継いだボスだ。
「世界的にも有名なアクセルのファラ・リヴェリと燦爛の暗殺者のカレン・スプラウトは〇〇公園の崖から落ちた模様ですが、遺体は発見されておりません。引き続き警察は調査を続けています」
まさかのニュースだった。
急にアクセルを辞めるとか言うからおかしいと思ったけど、死ぬなんて。
あの電話っきり何も話せてないのに。
「有流!」
自室でこの報道を見たであろう渚が慌ただしくドアを開けた。
「渚」
「なんでそんな落ち着いてるんだよ!」
そう、僕は異常に落ち着いていた。
いや、落ち着いていたのではなく、ただただ悲しくて虚しかっただけかもしれない。
「渚、一回落ち着こう。死因は何か」
渚は考えた。
「おそらく自殺。ボスが殺されるなんてあり得ない」
「本当に?」
「え…?…もしかして、カレン・スプラウト!?」
思わず身を乗り出す渚。
「その可能性もあるけど2人揃って亡くなったんだ。心中か何かだろう」
「あー…」
「カレン・スプラウトはボスを射止めるほどなんだから魅力的な人なんだろう。簡単にあのボスが引っかかるわけないからな。何か必要以上のものを背負っていたんじゃないかと俺は思うよ」
渚は俺の仮説を聞いて納得したみたいだった。
「心中、か。あのボスならありえるな」
まだちゃんと受け入れることはできてないけどな。
「…なんか有流に負けや感じがする」
「何が不満なんだよ。一応言っておくけど、僕はお前より年上だからな?年上」
「1歳しか変わらないだろ。…あ、ちなみに精神年齢は俺の方が上だからな」
「うるさいうるさーいっ」
「ほら」
すると、ガチャっとドアが開く。
「有流!下まで響くって!そして何をしてんの!」
そう言ったのは新しい幹部の菜乃花だ。
僕より2つ年上の女性マフィア。
こんな口調だがかなりの腕前。
「ごめんごめん」
僕がそう言うと、怒りながら帰って行った。
「うるさいってよ」
「誰のせいだと」
渚は面白そうに笑う。
「そーいえば渚、聞いた?」
僕は椅子に座るなり渚に聞いた。
「…何を?」
渚にはまだ情報が届いてないらしい。

「燦爛、荒れてるって」

「はぁ!?」
比較的小さな声で言ったが、渚は大きな声を出した。
「カレン・スプラウトがいなくなってから1ヶ月もしないうちに崩壊?笑えるよね」
少し嘲笑いながら言った。
「具体的には…」
「渚が僕のこと大人しく聞くんなら教えてあげるよ。あと、揶揄ったり冷やかしたり舐めた態度を取らないこと。それに、」
「要求が多い!」
僕を遮るように机をバンっと叩く。
「…じゃあ、僕を揶揄わないようにっ」
「分かった。分かったから詳細を教えろ」
「教えろ?」
「すみません、教えてください」
「よし」
なんか渚を手懐けたみたいで嬉しい。
「燦爛のボスがカレン・スプラウトに好意を寄せていたことは知ってるでしょ?」
「まあ、ボスと張り合ってたみたいだからな」
最後のエンドレスのところで部下に怒られていた燦爛ボス。
「その燦爛ボスが、カレン・スプラウトが抜けてからというもの、自分勝手に動いてるんだよ」
「例えば?」
「燦爛には悪事を働く前に元々依頼者がいる。が、ボスの勝手な事情で殺人、誘拐…、あの気高く崇高な燦爛はどこに行った?」
渚は黙り込んだ。
「燦爛は早く止めた方がいい。じゃないとこっちにも危害が及ぶ」
「了解。じゃあ、燦爛廃止の方向で進めていこう」
そして僕は渚とこの計画を進めた。

定期的に開催されるアクセルの集会。
前のボスだったら誰も喋りはしなかったのに、ヒソヒソと声が聞こえる。
まあ、僕には貫禄というか威厳がないんだろうな。
僕が前にたっても立ち上がらないやつだっている。
もうちょっと厳しい方がいいのかな?
「今日の報告。我らアクセルは燦爛壊滅の方向へ進む」
「燦爛…、壊滅!?」「は?」
周りがザワザワとする。
「静粛に」
渚が助けてくれた。
「目標は燦爛ボス、ルー・アラン・鳳を止めることだ。やむを得ない場合は…、殺害にも及ぶかもしれない」
あたりがまた一層ざわっとした。
「アクセル全体で燦爛ボスを仕留める。燦爛ボスを見つけたら殺しはせずに、捕まえてくるだけ捕まえてこい」
僕が声を低くしてこういうと、みんなが静かになった。
「そうだな。捕まえたやつには報酬を多く出そう。喜ぶんだ、高額だ」
凍りついた空気が張り巡らされる。
「他言無用だ。もし漏らしたら…、命はない」
僕はそう言い残していつもの部屋に行った。

ガチャっとドアが開く。
「有流!」
「渚ぁ〜!どうすればいいのか分からなくなってあんなこと言っちゃったよ!高額なんか渡せるわけないじゃんっ」
「おい、落ち着けよ」
思わず渚の肩をグラグラと揺らしてしまった僕に渚はこう言った。
「有流、俺はあの方向で言ったとしてもいいと思う。金で釣ったとはいえ、反抗的な素振りはなくなる。…あんな圧をかけられたらびっくりするわ」
「マジ?上手く行った!?」
「とにかく有流、お前は人前では今のままで行け。常に堂々とするんだよ」
渚は僕にしっかり教え込むように言った。
「でも…、」
「ボスは恐怖と信頼、憧れを持たれる存在じゃないといけない。信頼はいいとして、お前のそのヘラヘラで根性なしを誰が慕うか?」
渚にズカズカ言われ、心が痛む。
まあ、正論なんですけど…
「これこそ飴と鞭だ。極悪非道、冷酷冷淡を貫き通す。みんなの前では俺をコキ使っていい」
「え、マジ?」
渚を本格的に手懐けれた!?
「人がいるところだけな」
「じゃあ渚。ジュース買ってきて」
「お前…、話を聞け!」
渚はこの日1番の大声を出した。

渚と話し合った結果、僕らで燦爛ボスを捕まえようと言うことだ。
…まあ、全部僕の行いでこうなったんだけども。
幹部は3人、僕の同期だからどうやらみんな分かってたらしい。
沙都(さと)くんと菜乃花(なのか)と涼(りょう)くん。
「いや、ほんま最初はびっくりしたわぁ。もう有流がグレたんかと思うて…鳥肌たちまくりやで」
沙都くんは心臓に悪いなぁと言いながら僕を見る。
「まあ、アンタのことだから無理してるんだろうと思ったけど」
「…それで、俺らにどうしろと?」
「ルー・アラン・鳳を捕まえてください」
「「「…は?」」」
3人が呆れたような顔をした。
「い、いやっ、僕たちも出るんだけど、出過ぎたら不自然じゃん?だから建前ってことで…」
「賞金を狙ってやってますってことね」
菜乃花が分かったわよ言わんばかりに言う。
「僕からは何も出せないんだけど…、どうぞ、お願いします」
僕は頭を下げた。
「俺らボスに頭下げさしとるで!」
「やるから!アンタ、誰かに見られてたらどうするの!?」
「起き上がれ」
3人がそう言ってくれる。
「ありがとう〜」
良かった。
「ボスの居場所のサーチは渚がしてくれる。それをもとに4人で探し出そう」
「「了解」」
「おっし、やったるかぁ!」


その頃燦爛では。
「アクセルも邪魔だな」
「ぼ、ボス。いくら先輩がいなくなったってそんな勝手なことを、」
「うるさい黙れ!」
燦爛のボス、ルー・アラン・鳳は激変していた。
カレン・スプラウトがいた頃は温厚だった。
しかし、彼女がいなくなってからは怒り、憎しみ、恨み、悲しみが募りに募りまくってこの有様だ。
「アクセルを消せ!今すぐだ!」
「…御意」
大神玄兎はこき使われ、燦爛の崩壊も間近であった。


渚はハッキングが得意だ。
いくら複雑なものだって、賢い渚はすぐに解いてしまう。
「燦爛のアジト特定完了。菜乃花と沙都、有流と涼の組で行こう」
渚がパソコンを見ながらこう言った。
「菜乃花と沙都は周りのモブ伐採、有流と涼はボス襲撃だ」
なんか渚って表現が極端なんだよな…
「そう簡単に行くものなんか?」
「分からねぇよ」
すると、ドアがノックされる音がした。
「なんだ」
「イリア・ホールです」
「入れ」
突然のことだったが、僕は珍しく声が裏返らなかった。
「ボス、突然のことで申し訳ないのですが」
「手短によろしく」
「燦爛がここに攻め込んでいます」
僕は聞いた時何も反応できなかった。
なんでその対策をしなかったのか。前のボスならこれくらい朝飯前だったはず。
…僕は…、何をしてるんだろう。
だけど僕はすぐに考えが切り替わった。
「好都合。とにかくアイツらに強いやつはいないはず。すぐに止めて」
「はいっ!」
「そして菜乃花と沙都くんは応援、渚は指示を出して。僕と涼くんは燦爛に行く。一応幹部以外で役に立てる人…、イリアとかノーマンとかは一応待機。いいね?」
ジャケットを羽織り、拳銃を何本か刺した。
「…有流の天然さが感じられない…」「よほどテンパってんやろな」
「無駄口は叩かない」
「「はい」」
渚の声に2人は背筋が伸びる。
「全て殺してしまって構わない。…行くよ」
僕はすぐに車を呼び、涼くんと一緒に出て行った。
渚は僕が出て行く間にこう言った。
「有流がモードに入った…、大きい争いになりそうだな」
その言葉は僕には届かなかった。

車の中で涼くんにこう言う。
「僕が主にボスを捕まえる役をする。だから、涼くんは補佐をしながら周りにいるものを片付けてくれない?」
「了解」
涼は僕より年上だ。
これを言ったら菜乃花も沙都も。
元々尊敬していた3人を上から見るなんて気が引ける。
涼くんは無愛想だけどよく面倒を見てくれた。
これが終わったら謝ろう。

燦爛のアジトの近くで車から降りる。
だけど、そこにあった光景に僕は対処しきれていなかった。
まさか、読まれていたとは…
燦爛の前には大勢の人がいる。
暗殺者たちが立たされているんだろう。
すると、僕の背後から物音が聞こえた。
「有流っ!」
聞いたことのない涼くんの必死な声。
気づいた時には涼くんは倒れていた。
「涼くん!」
目の前を見ると、燦爛グループだと思われる人が3人。
僕は拳銃を取り出し、3人を撃った。
もちろん僕はボスと思えないほど気弱だし、オーラも信頼もない。
だけど、これでもボスに育ててもらった幹部で1マフィアだ。
そして現在、世界的組織のトップ。
だけど。
目の前の3人の急所は狙わなかったし、あの大勢の中にも入っていかなかった。
僕は涼くんを担いで逃げ出す。
涼くんは僕を庇ったんだ。
僕が、ボスだから。頭だから。
僕がトップなはずなのに気づけなかった。
それがどうも悔しかった。
「有流…」
僕の耳元で聞こえる枯れ果てたような声。
涼くんだ。
「涼くん本当にごめんなさい。後始末はしっかりと受けます!」
「有流…、俺はもういい」
「えっ、涼くん!?」
「腹を撃たれたし、出血が酷い。…有流、お前は世界1になれ。俺の目標だ。アイツ…、ボスと肩を並べることができるくらいの…」
僕は自分が嫌になった。
これほど自分を憎んだことはない。
僕の耳にかかっていた息が消えた。
「涼くん!涼くん!」
その後涼くんこと華宮涼馬は天に昇った。
そして僕も…、この日から、感情を失ったんじゃないかと思う。

「有流!」
渚がいつも通りドアを強引に開けて入ってくる。
「何」
「燦爛が本当にやべぇ!侵略してきてる!」
「…そう」
あの日から3年が経った。
僕、いや俺は本を読むばかり。
「…仮にもお前が頭なんだよ。お前がやらないと俺がボスになるからな!?」
渚が少し焦ったように言う。
「なれば?別に俺はやりたい訳じゃないんだけど」
もうボスとかどうでもいい。
俺の周りから何もかもが消えていく。
結局、消しているのは自分なのに。
「有流、お前いい加減にしろ」
渚が俺の胸ぐらを掴んで非常に怒った顔でこう聞いてくる。
「あの伝説のボスから、涼から、受け取った気持ちはなんなんだよ!本当のお前はそんなにやる気がない訳ないだろ!」
すると俺の持っていた本からひらりと写真が落ちてきた。
拾って見てみると、それは俺と涼くんと滅多に写真に映らない前のボスがいた。
あのポーカーフェイスな涼くんも微笑んでいるし、ボスもピースしている。
真ん中の俺はとても楽しそうだ。
「渚…」
「ん?」
「俺、世界征服するわ」
「…は!?」
急な展開に戸惑う渚。
「涼くんに世界1になれって言われた。ボスから授かったこの座を台に、裏社会をまとめる。そして最終的にはぶっ壊す」
「有流、どうしたんだ」
渚がお前も俺も望んでこの職についたんじゃないのか?と焦るように言う。
「そうだ。俺は自らマフィアになった。だけど…、悪いことばっかりでいいことなんて滅多にない。そうだろ?」
「…」
「渚とか、ボスとか、涼くんとか菜乃花とか沙都くんに会えたのは良かった。でも、俺は人に危害を加え、そして殺している」
渚が本格的に黙り込んでしまった。
「本来俺は普通の男子高校生だったはずだ。…だから、俺は裏社会という存在を消滅させる。重いものを背負って死んだボスにも、ボスに愛された人のためにも」
渚は少し黙った後、こう言った。
「分かった。俺もその計画に参加する」
「…え?」
「有流が全てを取り仕切れよ。俺は補佐ぐらいしかしねーからな」
渚は笑って揶揄うような目でみる。
「揶揄うなって前言わなかったっけ?」
「揶揄ってなんかないですよ、ボス。楽しんでるだけです」
渚の敬語が気持ち悪い。
「前の計画はそのまま。燦爛崩壊と小さいグループを無くして…、前のアクセルのこととかも調べておいた方が良さそうだな」
俺たちはまた新たな目標を立てた。

だが、変わったことはある。
俺が廊下を歩くと、渚はずっとついてくるし、菜乃花も沙都くんも渚の後ろに並んでいる。
「別についてこなくてもいいんだけど」
「…いや」
渚がまた目を逸らしている。
「…」
俺はまた目線を前に戻し、歩き始めた。
廊下を通っていた奴は頭を下げるし、渚は険しい顔をしている。
数少ない女子が何やらコソコソ話している。
なんだこれ。
なんか俺したっけな。
「なんや有流、ボス風格が出てきたなぁ」
「しっ!あんたはちょっと黙っておきなさい!」
そんなことを沙都くんと菜乃花が言っている。
「唐揚げ定食1つ」
このアクセルのアジト内にあるレストランでウエトレスに頼む。
「は、はいっ!」
ウエトレスはガッチガチだ。
「俺はうどんで」「ほな、日替わりでよろ」「サンドイッチ」
3人も一緒に頼んだ。
レストランにはさっきまであった和気藹々の雰囲気はなく、静寂に包み込まれている。
「なんでこんな静かなんだろう」
すると、3人は気まずそうにする。
「…もしかして俺?」
コクン、と頷く渚。
「食べたらすぐに出よう」
渚は一瞬びっくりしたような顔をしてうんと頷く。
だけど、やっぱりレストランでこの空気はダメだ。
「なぁ、何食べてんの?」
「ひっ!?」
近くの奴に話しかけると、竦み上がったような様子だった。
「気軽に話してくれていいよ」
「唐揚げ定食、です」
「マジ!?一緒!」
「…へ?」
ここにも唐揚げ定食仲間がいた。
俺は想像以上に嬉しくなってしまった。
「他は?何が好き?」
「あ、ヘルシー定食とか、軽食のベーグルとかも…」
「分かってるじゃん!」
相手はびっくりしている。
「有流はここの定食大好きだもんね」
菜乃花はボソッと呟く。
「分かった!レストラン人気投票しよう!」
俺は立ち上がった。
「第1回、アクセルレストラン人気投票!後日設定されるレストラン入口の投票箱に1人1票投票可。投票は任意、どう?」
渚に問いかけてみるとはぁ、とため息をつく。
「お前はそう言うのだけ発想力がすごいんだよな。…まあいいよ」
そこからまたあの和んだ空気は戻り、俺らもゆっくりと昼食を食べることができた。
この俺が咄嗟に思いついた人気投票は大人気だった。
だけど、こんなのんびりしててもいけないのだ。

「Aはディープ、Bはバベル、Cはスターダストな」
「了解です」
ある会議。
俺が中心になって詳細を確認していた。
「そして幹部陣は前回と同じ燦爛へ。だけど、守備の強化を注意」
「「「はい」」」
俺が集会で前に立つと誰も喋らずみんなが立ち上がる。
前のボスもこんな感じだったな。
俺は黒いスーツの上を羽織り、アジトを出ていった。
もちろん渚にも何も言っていない。
普段の街中。だけど何日か引きこもっていた俺には気持ちが良くて仕方なかった。
お世辞でも背が高くない俺。
男子高校生が真っ黒のスーツを着ているため、通り過ぎた人がちらっと振り返るほどだ。
すると声をかけられた。
「佐伯有流」
俺が振り返ると、立っていたのはまさかの人物だった。
「えっ、ボス!?」
ファラ・リヴェリだった。
「有流」
死んだんじゃなかったのか。
あの報道は、なんだったんだ。
なんだ、

生きていたんだ。

「久しぶり」
「ボス…っ」
「今はお前がボスだろ」
「いやまあそうですけど、俺にはボスみたいな雰囲気は会いませんし」
すると、ボスはこう言った。
「有流の一人称って俺だったっけ。って言うか、なんかしっかりした?ボス感とか言うけど、今お前雰囲気漆黒だからな?」
ボスは鋭い。
俺の変化にも気づく。
「実は…、涼くんが亡くなったんです」
「…は?」
「これは俺の不注意で。俺を庇って死んだんです。だから今は…、涼くんの目標である『世界1になる』を目指しています」
「それは、話したのか?天馬とか沙都とかに」
「みんな協力してくれています。でも…世界1になったら裏世界を壊すつもりです」
また何か問われるかと思ったらボスは微笑んだ。
「よろしくな、世界トップ」
俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でたので俺の髪はボサボサだ。
「これでも毎日セットしてるんですからね!」
「知ってる。…一人称の問題も涼馬が死んで一回グレたんだろ」
ボスには何もかもお見通しだった。
「でもまあ、華宮涼馬は死んだな。2回も」
ボスも華宮涼馬を偽名にして生活していた。
涼くんにはもちろん許可は取ってある。
「俺と会ったことは誰にも言うなよ。天馬にも」
「渚にもですか?」
俺より渚を信頼しているはずなのにどうしてだろう。
「お前が世界1になって裏世界を壊す直前に俺の前に来い。その時は俺がしっかりお前に敬語を使って敬ってやるよ」
ボスが面白がるような目で見てきた。
「じゃあ絶対に行きますね!」
「来れるもんならな」
「ボスは相変わらず…」
「俺が有流を甘やかすと思うか?」
「思いません。…渚ならともかく」
ボスは急に俺を抱きしめた。
「じゃあな」
そう言って気づいたら時にはボスはいなかった。
俺は立ち止まって、
スマホを開く。スマホでニュースを見た。
すると信じられないものが目に入ってきたのだ。
「ファラ・リヴェリとカレン・スプラウトの遺体発見…!?」
嘘だ。さっきボスはいたはず。
抱きしめられた自分の肩を触ってみる。
なぜかちゃんとした感覚がない。
俺は幻覚を見ていたのか。
いや、そんなことはない。
だとしたら…

「有流!どこに行ってたんだ!」
帰ると渚が1番に俺の頭をパンっと叩いた。
「散歩だよ、散歩」
「…有流…、なんかちょっとスッキリした?」
スッキリ、とは。
俺の心の中を読んだように渚は話を続けた。
「さっきまでの負のオーラがなくなってる気がする」
ボスに、いや、ボスの分身と会ったからだろうか。
ボスの約束を守り、渚には言わなかった。
「ちょっと色々あって」
俺は渚の横をスルッと通り抜けていつもの部屋に行く。
「おい!どうしたんだよ」
俺の表情は自然と微笑んでいた。

俺は帰って地下にあるアクセルのことを記した本を読む。
『スウホ・リヴェリ及び本名漣和馬、燦爛のルー・アラン・鳳によって殺害された。20××年、4月27日、2時50分16秒のこと』
漣和馬…、ボスの父親ということはボスも漣という性のはずだ。
と言うか、ルー・アラン・鳳はアクセルに取って因縁の敵じゃないか。
俺は本を持って埃が被った机に着いた。
机にある間接照明だけで他は暗い。
情けないことに恐怖が込み上げてくる。
あの先に行けばボスに会えるのではなかろうか。
俺は立ち上がった。
もう一回、ボスに会いたい。
「有流!こんなところで何してんだ」
渚だ。
アイツはいっつも俺に付き纏ってくる。
偉そうなくせにいざという時に助け船を出す。
本当に何がしたいんだか。
「渚。前々ボス、スウホ・リヴェリを殺したのはルー・アラン・鳳だ」
渚はハッとした。
渚と俺は小さい頃からアクセルにいる。
あの頃のボス、スウホ・リヴェリはよく可愛がってくれたがファラ・リヴェリにはいつも当たりがキツかった。
「嘘、だろ。アイツが…」
「この本に書いてあった。見てみるか?」
俺は渚に本を渡した。
「こんなの誰が書いてあるか分からねぇじゃんか。…ファラ・リヴェリ著…」
俺の目を見て震える渚。
その瞳には不安が揺れていた。
俺にはそれが何の不安なのか分からない。
「この地下には多くの死体が埋まっているという噂がある。もちろん、アクセルの奴らだ。スウホ・リヴェリに反抗した奴がファラ・リヴェリにやられただとか」
あくまで噂だ。
だけど、渚はさっきよりも苦い顔をしている。
「渚、地下を出よう」
コクリ、と頷く。
そういえば俺は、渚とずっといるはずなのに渚のほとんどを知らない。
この表情だって初めて見た。
いつもの部屋に戻って数分経つと渚は普段の調子に戻った。
だが俺は渚のあの顔が離れなかった。

俺はまだ知識が足りない。
燦爛のことをよく調べておかなくては。
と言うか、ボスは父親を殺した人がいるグループなのによく信じることができたな。
俺はそんなこと怖くてできない。
ボスとカレン・スプラウトの中には何があったのか。
燦爛と言えば、現在のボスの側近…、大神玄兎も気になる。
本名は深澄那由多だったっけ。
ハッカーだから渚と同じような感じか。
だけど、エンドレスに顔見知りがいた。
エンドレスも調べるべきか…!
長い戦いになりそうだ。

エンドレスの杜若輝緒と中山咲良。
これがファラ・リヴェリとカレン・スプラウトの同級生で一緒の班だった。
そして、燦爛のトップハッカー・深澄那由多はエンドレス幹部Bの深澄羅由多と双子でそっくり。
ここまで調べることができた。
だけど、エンドレスの行方が全く分からない。
すると珍しく電話がかかってきた。
相手の番号は知らない。
ま、いいや。
碌なことないし。
スルーするもずっとかけてくる。
うんざりして取ると耳に爆音が聞こえてくる。
『ちょっと!私何コールかけたと思ってんのよ!』
女だ。
「誰?」
『中山咲良!…あ、もしかして華宮じゃない?』
ここで言う華宮はファラ・リヴェリの方だ。
「違う。佐伯有流」
『さ、さえきある…?誰よあんた』
掛けておいてそれかよ。
「なんか用事か?ないんだったら切る」
『そんな態度でいいの?ボスに怒られるんじゃないですか〜?』
煽ってくる中山咲良。
遠くで「そんな態度を取らないの」と誰かの注意する男の声が聞こえる。
「…ボスは俺だけど」
『は!?ファラ・リヴェリはどしたの!』
「死んだ」
『…う、嘘でしょ…!?』
別に違うグループなのに、中山咲良の声は酷く落ち込んでいた。
『…あんた、佐伯有流って言ったよね。これから直接話せない?もちろん杜若輝緒も連れて行くよ』
なんと都合のいいことだろう。
「危害を加えないのならアクセルアジトに来い」
『大丈夫よ。エンドレスは抜けたし、あんたたちを傷つけたいわけでもないから』
録音は取った。
俺は電話を切って渚を呼んだ。
「これから客人が来る。準備してくれ」
「分かった」

「邪魔する」「お邪魔しまーす…」
アクセルの内装は大体黒い。
初めて来た者にとっては少し恐怖を与えるのかもしれない。
渚が客室まで案内し、2人が入ってきた。
「えーっと、あんたが佐伯有流?」
「そうだけど」
中山咲良はなぜか戸惑っていた。
「ああ、アンタか。ってなんか…、前会った時と雰囲気違うくない…?エンドレスであった時はもっと弱々しい感じだったのに」
「確かに。ボスになって変わったのか?」
「…不適切な言葉は発するな」
2人を睨みながら渚はそう言った。
渚が初対面の相手に当たりがきついのはいつものことだ。
「渚、大丈夫。ボスであることには関係ない。さあ、本題に入ろう」
俺はこれまでのことを全部話した。
「…マジか…」
「アイツだけじゃなくて、間宮さんも…」
話を聞いた2人は呆然としている。
まあそうだろう。あの夜から会ってないだろうから。
「そしてボスから電話がかかってきた。次期ボスの指名だった。俺もそれきりだよ」
ボスはちゃんとアクセルの次のことまで考えていたんだ。
「そして、俺はファラ・リヴェリの情報を教えた。脅すわけじゃないけど、ちょっと手伝ってくれる?」
「脅してるじゃん。まあ、内容によるよ」
杜若は答えた。
「アクセルは燦爛を壊そうと計画を練っている」
「…まあ、最近は燦爛が暴走してるからな」
「の前にちょっと質問していい?」
杜若が言ったあと沈黙が流れたが、中山が俺にそう来てきた。
「何」
「あんた年齢は?」
「お前らと同学年だよ」
「…え、マジ?」
杜若が引いているように見えた。
「そこにいるのは?」
「19」
「一個下か」
これを聞いて何になるんだろう。
「まあいいよ。その計画、乗る。いいだろ、咲良」
「いいよ別に」
元エンドレス幹部の2人から色々な情報を取り入れた。

俺はまた、あの日と同じように黒いスーツに袖を通す。
ズボンも黒であれば、ネクタイも靴も黒だ。
そう、今日は燦爛と取り引きの日だ。
一応防弾シートも入れてるし、準備は万全だ。
現在裏社会にいるのはアクセルと燦爛のみ。
他は潰した。
「ボス、準備はいいですか」
渚もいつの間にか敬語になっていた。
「…なんかグレたとはいえ、有流は根は純粋バカなんで。ちゃんと演じてくださいよ」
敬語でも失礼だな。
俺は集会があるため、ホールに向かった。
もしかしたらこれが最後の集会かもしれない。
「ボス、襟が乱れてます」
菜乃花が直してくれる。
「ありがとう」
今日は緊張感が半端ない。
俺は嫌な予感がして正直焦っていた。

「おはよう」
俺は前に立ってこう言った。
「「「おはようございます!」」」
「今日は燦爛との取り引きの日だ。全員気を引き締めていくように」
「「「はい!」」」
「それと、これが今日で最後かもしれない。アクセルだって崩壊するかもしれない。そこをちゃんと理解しろ」
「「「はい!」」」 
最初の頃と大違いだ。
俺がこっちの意味で成長したんだろう。

一応のため、俺の代わりに沙都くんが取引に行った。
インカムから内容が聞こえる。

「お前が佐伯有流か」
燦爛ボスが静かにこう言った。
現場には沙都くん、燦爛ボスとそれぞれの部下数人しかいない。
「ああ、そうだ」
沙都くんは俺の聞いたことない冷たい声色だった。
流石の俺も鳥肌が立つ。
横の渚だって、何も喋らない。
「アクセルには前科がある。こちらに何もしないと約束できるか?」
流石の燦爛も慎重進める。
「…ノーコメントで」
「ダメだ。書類まで書いてからの取引だ」
これはマズい。どうしようか。
沙都くんも黙り込んでいる。
「OKして、沙都くん」
『えっ!?』
「早くしないと怪しまれる。書類も書いて」
沙都くんは俺の言う通りに動いた。
「契約完了だ」
今回の取り引きは物ではなく、情報だ。
「お前らからはファラ・リヴェリについての情報ももらう。燦爛からはアクセルについての情報、契約内容はこれだ」
「ああ」
「お前から最初に言え」
これは完全にヤバい。
今の燦爛は信用性がないため、逃げられる可能性がある。
「イリア。現場に行って逃げ道を塞げ」
俺は横にいたイリアに声をかける。
「了解」
菜乃花はすぐさま部屋を出て行った。
「表向きでは自殺となっているがファラ・リヴェリは殺された。誰が殺したのかはまだ特定できてない」
「使えねーな」
もちろんこの情報は全くの嘘だ。
「次はお前の番だ」
「先に言っておくが、アクセルアジトは現在襲撃されている。それでも聞くか?」
「っ!」
沙都くんの息を呑む音が聞こえた。
「焦る演技して」
「ボスとして不安なんじゃねーの?それとも…、お前本当は佐伯有流じゃないとか?」
笑うルー・アラン・鳳。
本当に前会った時とは全く違うな。
「あれ、焦ってる?」
上手く行ったみたいだ。
「ボス!」
だが、こっちは全く上手く行ってない。
思ったより数が多かったのだ。
死者も何人も出ている。
「ボス!菜乃花さんが!」
いつもは律儀にノックをして名乗って入ってくるジャックがドアを豪快に開けた。
「菜乃花がどうした」
「重症です!胸と腕を刺されて動けません!」
菜乃花が…、刺された!?
どうしようか。
沙都くんの方がバレるのも時間の問題だ。
こんな時、涼くんがいてくれたら…
ダメだ、いないものをずっと引きずっては前に進めることができない。
俺は数秒間考え、指示を出した。
「今はノーマンを中心に守れ。渚と俺は現場に行く」
「でもそれって数が足りないんじゃ…」
「沙都とイリアが帰ってくる。数人は菜乃花を看病。いいな!?」
俺は自分で思っている以上に怒っていた。
「渚、すぐ出発だ」
「ああ、分かった」
なんだろうこの感じ。
あんまり的確な言葉で表すことはできないけど…
胸がギュッとして、なぜか苦しくてでも快感を覚えて…
言葉にできない気持ちを抱えながら、現場に行った。

俺は沙都くんと燦爛がいるこの現場に来た。
現場と言うのも、アクセルにとってはお馴染みの地下だ。
沙都くんとイリアには指示は出してある。
ここってドアが厳重なんだな。
俺はポケットから拳銃を出し、3発ドアに向けて撃った。
少し蹴ると呆気なく倒れるドア。
ドアの向こうには驚いた顔をした燦爛ボスがいた。

「久しぶり」

俺は怒りを鎮めてこう言った。
周りには無表情に見えたかもしれない。
「お前誰だ。何の用だ。今は取り引き中だ」
簡単に手は出さないのか。
「その契約書、無効だけど」
俺はこう言った。
「何の話だ」
「燦爛のボスって…、バカになったねぇ?」
「はぁ!?」
「カレン・スプラウトがいなくなってからさ、だいぶ暴走するようになっちゃったじゃん」
燦爛ボスを見てみるも、自覚はしてないようだった。
「じゃあネタバラシをしよう。結論を言うと、さっき言ったように正式な契約は交わされてなんかない」
「どう言うことだよ」
「コイツは佐伯有流じゃねぇ」
燦爛全体がびっくりしていた。
「黙れ!」
燦爛ボスが刃物を出す。
だけど俺は気になっていた。
ボスの後ろにいる側近が何事にも動じてなかったのだ。
何かを知っているのか…
「俺を狙いな。俺が佐伯有流…、いや、五百雀(いおじゃく)有流だよ」
佐伯は偽名として使っていた。
これは渚や、ファラ・リヴェリでさえ知らない。
「まあこれで契約書はただの紙切れ」
俺は机にあった契約書を千切る。
「いくらでも手を出してくれていい。ただ…アクセルも燦爛を潰しにいく」
沙都くんとイリアはいつの間にか逃げることができたようだ。
「本当にお前は舐めている。…私は“世界1の暗殺者”だよ?」
悪者であるように笑う燦爛ボス。
応援が来たようで燦爛は大人数になっていた。
ただ、俺にはまだ人を殺す恐怖が残っている。
人に拳銃を向けるだけなのに、すごく怖い。
だが、それはある一件により吹き飛ばされた。

渚が倒れていたのだ。

菜乃花といい、渚といい、少し燦爛を見誤っていたのかもしれない。
この場には俺と渚しかいない。
と言うことは、俺1人でこの大人数を倒さなければならない。
これはこれは…

「燃えるじゃねぇか」

恐怖なんか吹っ飛んでいた。
銃弾を交わしながら応援を倒していった。
刃物を持っているものもいるが、それくらい避けるのは楽勝だ。
俺の拳銃からは何個もの銃弾が飛び、それは人にあたりに当たりまくる。
ボスの訓練のおかげだ。
本来ならすぐに渚を助けるべきなんだと思う。
だが、今の俺はそんなに優しくない。
気が付けば、心臓が動いていない人間が大きく山積みになっていた。
残るは燦爛ボスと無表情の側近だった。
「さて、どうする」
「奴らは、」
「全員死んだ」
燦爛ボスは一瞬にして青ざめる。
「お前のことは調べさせてもらった。お前がカレン・スプラウトの両親を殺したらしいな」
「何でそのことを…!」
「うちの元ボスは過去最高に優秀でねぇ。根性のない俺でさえよく気にかけてくれたよ」
黙り込む燦爛ボス。
「んで、最愛の彼女の両親を殺すなんて。本当に何がしたいんだか」
もし付き合ったとしても、憎まれるだろう。
「さあ、選べ。俺に殺されるか、罪を償って償い切るか」
「どっちとも一緒だろ!」
あの落ち着いた様子はどこに行ったんだか。
「全く一緒じゃない。俺に殺されたらお前は楽に死ねる。刑務所行ったらさぞ苦しいだろうよ」
「ぐっ」
「でもまだお前は成人してないよな。そっち方面はよく分かんねーけど…、少年院かな?」
「うるさい!私はお前をこの手で殺す」
「それは無理だろ。だって、そこの大神玄兎だったっけ?ソイツ、多分裏切り者だよ」
大神玄兎はニヤッと笑った。
「お前もお前で変わったな。あの純粋さどこ言ったんだ?」
面白いほどに悪役化している。 
「さあ、ね」
俺は拳銃に弾を入れた。
「タイムリミット。ファイナルアンサー、どっち?」
「杀了我吧(シャゥルバ)」
中国語か?
「分かった」
「最後に言っておこう。元々アクセルと燦爛は同じグループだ。それが、4代前くらいに分かれただけだ」
アクセルと燦爛が同じグループ?
そんなの嘘に決まっている。
アクセルはイタリア発祥、燦爛は中国発祥だ。
「別れていたのがひっついて、また分かれたんだよ」
初耳だ。
「じゃあ俺からも一つ言っておこう。ファラ・リヴェリとカレン・スプラウトは自殺だよ」
「えっ!?でもさっきは、」
「あれは嘘。多分、心中。ボスは自ら自殺するとは思わない。心中はカレン・スプラウトをよほど愛していたからだろう」
燦爛ボスはほっとした顔をした。
「そうか…、じゃあ、カレンと一緒のところにいけるんだね」
「運が良ければな。ただし、ぜってぇ邪魔はすんなよ」
「うん、了解」
その顔はもう成人間近ではあるのものの幼い顔をしていた。
「じゃあな、ルー・アラン・鳳」
「ああ」
静かに銃声が響いた。
血液が床に染みている。

ああ、俺がトップだ。
俺が、裏社会の1番偉い人間だ。

横を見てみると、大神玄兎はただ1人、俺に向かって頭を下げていた。


あれから1週間。
「渚、調子は?」
あの後、渚を特別な病院に詰め込んだ。
渚は絶賛入院中だ。
「大丈夫かと言われれば大丈夫じゃないです」
俺がほっておいたからな。
「ごめんな。俺が連れ出したからだ」
「有流のせいじゃない」
するとドアがガラッと開いた。
「失礼します」
「那由多」
大神玄兎…、いや深澄那由多が入ってきた。
結局、深澄那由多は殺さなかった。
今でも何を考えているかわからない。
「那由多も座れば?」
「いえ、大丈夫です」
「顔が怖い」
渚に注意された。
「別にそんなことねーし」
「で、那由多のことを全然知らねーんだよな、俺ら」
「…まあ、会ったのもつい最近ですし」
「那由多って何歳なの?」
「今23です」
そう淡々と告げた那由多。
「…っは、23!?歳上じゃん!」
「そういえば、佐伯が偽名って…」
渚がそう尋ねてくる。
「ああ、五百雀な。覚えにくいだろ」
「そうそう、五百雀。…五百雀…?」
渚が疑問を持ったようだった。
「五百雀って…、一回、燦爛とアクセルをまとめた人だったってのを昨日、本で呼んだ」
これ、と本を引っ張り出して言う渚。
そこには五百雀刃(やいば)と書いてあるのだ。
「刃…?」
変わった名前だ。
「有流って…、すげぇんだな。別にこのことじゃないけどさ。正直舐めてたかも」
「そうだよな。これでもかってほど舐め回してたよな」
渚がははっと笑う。
「昨日の立場の話。俺が有流の立場だったらテンパって確実に負けてる。俺も渚も殺されてるだろうな」
俺は渚がこう言った瞬間ハッとした。
前、ボスが言っていた意味が分かった。

『お前が世界1になって裏世界を壊す直前に俺の前に来い。その時は俺がしっかりお前に敬語を使って敬ってやるよ』

渚は普段色々必要のないことを言っているが、根は俺よりもずっと優しい。
だから、俺を先に助けに来るだろう。
だから、その隙をつかれてやられてしまうと渚は言ったんだ。
が、俺は違った。
俺は敵を倒すことを優先したため、そんなことはなかった。
だけど、渚の命が危うかった。
要するに、俺は死なないからボスの元にいくことはできないんだ。
もし、渚がボスで渚の言った通りに物事が進んだらボスに会えていたのかもしれない。
ファラ・リヴェリはそこまでお見通しだったわけだ。
「さすがだよ、ボス…」
何も言えない。
「有流、どうした?」
渚が珍しく心配してくれている。
「いや、何でもない」
これを渚に話すのはいつの話だろうか。

〜・〜・〜

「涼くん、久しぶり」
俺は涼くんのお墓の前で手を合わせる。
これは沙都くんの人脈のおかげだ。
普通マフィアに墓なんて用意されない。
「3年ぶりだな」
すると、俺の前に涼くんが現れた。
何かの策略かもしれない。
だけど、信じたかった。
「有流」
俺は霊感が強いのだろうか。
「涼くん!」
3年前の佐伯有流に戻れた瞬間だった。
「よく頑張ったな」
僕の頭を撫でてくれる涼くん。
「お前、尖ってたらしいじゃん」
「それは…すみません」
ははっと綺麗に笑う涼くん。
「でも俺の言った通り、世界トップなんだってな、有流」
「一応ね。…まあ、過去の話だけど」
先日、ボスに約束した通り、アクセルは解散した。
菜乃花も沙都くんも就職先を見つけて働いている。
僕と渚はまた高校生のやり直しだ。
今は通信制の高校に行っている。
当時味わえなかった青春感を味わっているんだ。
「しっかり楽しめよ。青春を」
「言ってもう成人してるけどなぁ」
「ああ…、菜乃花にこう言っといて。信じてもらえないかもしれないけど」
「何?」
「好きだったよって」
思いもしない言葉だったので、自分じゃないのに顔が火照る。
「そんな間接的でいいの?」
「うん」
いいんだ。
「有流、たまーにはここに来てな」
「うん!できるだけ来るから!」
僕がそう言うと、悲しそうな笑顔をする涼くん。
「よろしくな。…っと、もう時間ねーわ。有流、今までありがとう」
「待って、いくの!?」
まだ涼くんに話したいことはたくさんある。
「うん、もうダメだ。有流、ありがとう。本当にありがとう。頑張れよ」
それだけ言って涼くんは消えていった。
あたりは涼しい風が吹いている。
「有流〜!行くぞ!何してんだよぼーっと立って」
「待ってって!今行くから」
僕は最後に涼くんに手を振って渚の元へ行った。
「お前…、戻った?」
「何が?」
「うっわ、懐かしいなその純粋な有流。那由多に見せてやりてぇよ」
僕と渚は学校に向かって走り出した。
今走っても、遅刻だ。
だけど僕は楽しくて仕方なかった。

そんな後ろ姿をボス、涼くんが見届けてくれていることなんて、僕が知るはずがない。

今は、罪を背負って。でも、楽しまないと損じゃないか。

渚と一緒に走る野原はとても心地が良かった。


End.

ちょっとだけ番外編

「那由多〜、帰ったよ」
僕と渚と那由多は共同生活を送るようになった。
…今日から。
「…ああ、…っ 誰!?」
荷物解きをしていてくれていた那由多の手が止まった。
「那由多、聞いて。有流が戻った!」
理解ができないような表情をする。
「戻ったって…」
「渚〜、トイレってどこ?あ、もしかして風呂と繋がったてたり…、する?…あ、ごめん。普通にここのあったわ」
僕がトイレに行くと那由多はこう言った。
「戻ったって…、あれ普通に少年…」
「ああ見えて20歳」
「…以前の性格は?」
「あれはグレてただけ」
なんだそりゃと言う那由多。
「那由多って今何してるの?」
「え?あ…、今はバイト。アパレルでやってるけど。そろそろ就活もしないといけないなと思って…」
「…那由多に全部が全部任せられないから、もう一コマ増やそっかなぁ」
今の所那由多に物凄いお世話になっている。
「有流、成績大丈夫?」
渚が笑うように言ってくる。
「少なくとも渚よりは良い」
「んなわけあるか!俺前回のテスト合計473点だからな?」
「僕480点」
「くっそ、負けた!」
「これが歳の差というものよ」
然程変わらないと言うことについては触れないでほしい。
「…え、同級生じゃないの?お前ら」
そこにまた驚いたように那由多が言う。
「那由多僕らのこと全然知らないんじゃない?僕20歳で、渚は19歳。一個下だよ」
「あと1ヶ月で20だわ」
「ただ、まだ渚はお酒飲めないし」
「有流もまだ飲んだことねーじゃん」
「渚と一緒に飲むって決めてるもん」
「くっ…、何この敗北感…」
なんて話しながら作業を進める。
「渚、後で一緒にレポート練習やろ」
「いいよ」
そして家具の配置が終わり。
「ご飯は那由多、洗濯は渚、その他の家事は僕ね!」
「了解。ってことで俺はもうそろ作り始めるよ」
「ありがと!那由多」
「俺も洗濯物入れてくる。そのついでにちょっと出てくるから」
「コンビニ?」
「うん」
そして渚が出て行って僕は料理をしている那由多に近づいた。
キッチンの前にある椅子に座る。
「ねぇ、那由多」
僕はふと思ったことを話そうと那由多に話しかけた。
「ん?」
「那由多はさ、なんで僕らのこと信じたの?」
「…え?」
「元々敵だったわけじゃんか。僕、那由多が裏のこと知ってるって言う顔してなかったら間違いなく殺してたと思う」
あの頃の僕だったら渚が倒れてる怒りでそこまで行ってただろう。
間違いなく。
「物騒な」
呆れたように言う那由多。
「あの世界で物騒なことはもっとある」
「こんなこと本人に言うのも恥ずかしいけど、これから一緒なんだもんな。はじめに言っとくよ」
「うん」
「カレン・スプラウトがいなくなってからルー・アラン・鳳が本格的に暴れ出した」
「それは知ってる」
「まあ、噂になってたからな。それで、今まで重要とされてきた人材を急に解雇したり、燦爛の方針を全部無視した」
にんじんを切りながらそういう那由多。
那由多の顔は悲しそうだった。
「これに俺はついていけないと思った。だから反逆を企てた」
「アクセルとの取引に交じって殺そうと?」
「まあな。最後のボスの顔はなんかカレン・スプラウトがいた頃のような顔をしていた」
確かに幼さが見えていた気がする。
「もし、カレン・スプラウトがいたら。先輩が、死ぬなんてことがなかったら…!」
口に手の甲を当てて涙を堪えるようにした那由多。
「好きだったんだよ、先輩が!だけど、俺より全然魅力的で、先輩を守れるような人が既にいた!先輩に見合う人が俺の他にいたんだ!」
今まで見たことない感情的な那由多。
「頑張って見た目も綺麗にした!だけど、だけど!ファラ・リヴェリには到底敵わなかった…!」
涙が那由多の目からボロボロと落ちてくる。
僕はどうすればいいのか分からなかった。
だけど僕は那由多の肩に手を置いてこう言った。
「もう終わったことだ。気にするんじゃない」
「分かるのかよ、お前に。この気持ちが!」
荒ぶる那由多に落ち着いて言った。
「分かるわけねぇだろうが。んな純粋な感情なんか持ったことも掠ったこともねぇんだから」
「…お前、喋り方」
「あー、なんか本心…?こっちはこっちで残ってるし、普通は純粋有流くんだよ」
「絶対違うだろ」
え、なんでそんなに鋭いのか。
「とにかく、死んだ奴は生き返らない。いくら嘆いたってもう戻ってこないことに変わりはないことは知ってるだろ」
「…」
「だから、カレン・スプラウトのことは一生忘れられないかもしれない。それでいい」
那由多は俺の話を食い込むように聞いていた。
「だけど、それを過去に持っていっちゃダメだろ。この先の未来に持ち越さないと」
「うん」
…ま、個人的にはそっちの方が好きだけどな」
「いや、ダメあと、渚には絶対に言うなよ!絶対な!」
「分かった」
「待って、戻す。…んんっ、ほい!」
「さっぱり意味が分からなくなった」
へへへっと笑ってみる。
「ま、裏社会の“元ボス”だからな。抜けなくても仕方ない」
「だからそれはもう終わったって言ってるじゃん!」

“普通“の人間としての生活。

こんな僕がもう一回銃を持つことになるとは、誰も知らない。






























「お前、クソうぜぇ」
バンっと銃声がした。
死にはしない。
腕に掠るように撃ったのだから。
「ま、待て!お前、何者だよ」
焦る男と対照的にもう一人の男は笑った。
「あれ、知らねーんだ?」
「知ってないから聞いてるんだよ!」
「騒いだから撃つけど」
ため息を吐いた後男はこう言った。
「五百雀有流、裏社会のトップなる男だよ」


End.