白い紙に並んだ11桁の数字と勝敗のつかないにらめっこを続けていると、スマホの着信音が鳴り響いた。相手はもちろん皐月ちゃんだ。

「……もしもし」
「鳴海に連絡した?」

 第一声でここまでハッキリと本題に入るとは。さすが皐月ちゃんだ。私は苦笑いを浮かべながら素直に答える。

「まだだけど」
「やっぱり? 一花のことだからほんとに連絡していいのか悩んでるんじゃないかと思ってたんだよね」

 うう……その通りだ。やっぱり皐月ちゃんは私の事をよくわかってるなぁ。

「早く連絡してやりなよ。鳴海めっちゃ待ってると思うよ」
「……そうかなぁ」
「絶対待ってるって! よろしくって一言だけでもいいから送ってやってよ。それとも連絡するの嫌?」
「……別に嫌ではないけど」
「よかった! これから仲良く出来るといいね!」

 やけに嬉しそうなその声に、私は一番の疑問をぶつけた。

「ねぇ……なんで鳴海くんを選んだの?」

 だって、私が話しやすそうな相手ならもっと他にいたはずだ。見た目が女の子みたいなかわいい系の子とか、雰囲気の柔らかいめっちゃ優しい子とか。なのに、なんでそういうイメージとかけ離れた鳴海くんを選んだんだろう。

「え、だって一花の苦手がとことん詰まった男子と話せるようになれば他の男子と話すなんて楽勝でしょ?」

 皐月ちゃんは当たり前のように言った。いやいや! それ、レベル1の勇者がいきなりラスボスと戦うようなもんなんですけど! 何事にも順序ってもんがあるの分かってる!?

「まぁまぁ。あんまり考えず気楽にいこうよ。今はまだちょっと怖いかもだけど、鳴海がいい奴なのはあたしが保証するから」

 皐月ちゃんはバスケ部のマネージャーをやっているから、彼の性格をある程度分かっているんだろう。そんな彼女が良い人認定してるんだから多分鳴海くんは良い人なんだろうけど……。

「じゃ、電話切ったらすぐ送りなよ?」

 そう念を押されて通話を終了させると、私は覚悟を決めた。彼が本当に連絡を待ってるかどうかは分からないけど、無視するのは申し訳ないし。

 白い紙ともう一度にらめっこして電話番号を登録すると、メッセージアプリのフレンドに『鳴海優人』の文字が追加された。

 鳴海優人──優しい人と書いて優人。名は体を表すなんて言うけれど、彼の顔を思い浮かべると失礼ながらそのことわざを疑ってしまう。

 表示されたアイコンは意外にも可愛らしい猫のものだった。こげ茶色の体に黒いしま模様が入ったキジトラ猫。こっちを見るくりっとした目がものすごく可愛いい。私はそのアイコンをタップし、トーク画面を開いた。


 笹川です
 連絡先登録しました
 これからよろしくお願いします


 すっごくシンプルな文章だと思うかもしれないけど、これでもたっぷり三十分は悩んで打った文章だ。それを何度も読み返して、ようやく送信マークをタップする。続けてぺこりとお辞儀をしているうさぎのスタンプも送ってみた。

 私ははぁ~とお腹の底から息を吐き出すと、今日の仕事は終わったと言わんばかりにリビングに向かった。戸棚に置いてあるカゴにスマホを入れると、すぐに自分の部屋に戻る。

 実は、我が家にはスマホの使用は午後九時までというルールがあるのだ。これはスマホを買ってもらう時に、ネットの使い方や依存症なんかを気にしたお母さんが決めた事だ。だから私は九時になるとリビングに置いてあるカゴにスマホを入れ、翌朝まで触れなくなる。色々と不便はあるけど仕方ない。それに、このルールは高校生になったらなくなるので、あと一年の我慢だ。

 部屋に戻った私はベッドにダイブする。精神的に疲れきっていた私は、目を瞑るとすぐに眠りについたのだった。