それは、中学三年生に進級した春のことだった。
「ねぇ一花。あたし、あんたにちょっと提案があるんだけどさ」
幼馴染で親友の中原皐月ちゃんが真面目な顔で話を切り出す。
「なに? どうしたの?」
「いやね、あたし達もう中三じゃん? 来年には高校生になるじゃん?」
「うん。そうだね」
「だからさ、そろそろ一花の男嫌いを直した方がいいと思うんだよね」
「……は?」
皐月ちゃんの言葉を理解すると、私の顔からサァーと血の気が引いていった。
「むむむ無理だよそんなの! だって皐月ちゃん、私が男子苦手なの一番よく知ってるよね!?」
そう。私、笹川一花は同世代の男の子が非常に苦手なのである。きっかけは忘れもしない、幼稚園の頃だ。当時私は同じ幼稚園に通う男の子たちから軽くいじめられていた。買ったばかりのクレヨンを折られたり、お気に入りのヘアピンを壊されたり、遊んでいたおもちゃを取られたり、ミミズやトカゲと言った私が大嫌いな虫を持って追いかけ回されたり。嫌だって言っても全然聞いてくれないし、掴まれた手は力が強くて振りほどけない。私は泣きながら毎日を過ごしていた。今考えるとそんなにたいした事はされてないのかもしれないけど、当時の私にとっては泣くほど嫌な出来事だった。男の子は声が大きくて乱暴で理不尽でとにかく怖い。そんなイメージがすっかり定着した結果、私は男子が苦手になった。
それから中学三年生になった今まで、出来るだけ男子と関わらないようにして生きてきた。話すのは必要最低限の事だけで、自分から話しかけたことはほとんどない。だって長時間話すと挙動不審になっちゃうし。
……そんな私の男嫌いを直す? 校内でも有名な私の男嫌いを? みんなも事情を理解して気を使ってくれてるのに? まさか。皐月ちゃんは何を言っているんだろう。
「あのね一花。この先今までみたいに男子と出来るだけ関わらないっていうのは現実的に無理だと思うの。あたしだってずっと側にいられるわけじゃないし。このまま避け続けてたらさ、大人になった時相当苦労するよ?」
「うっ……」
痛いところを突かれてしまった。自分でもうすうす感じていたのだ。このままじゃちょっとヤバイんじゃないかな~ってことは。だけど……。
「ギャハハハ! バッカじゃねーの!」
「ざっけんなテメ!! ぶん殴る!」
「暴力はんたーい!」
廊下から聞こえる騒がしい声に眉をひそめる。そして、
〝やめてよ! 返してよ!〟
〝うっせーな! お前のものは俺のものだからいいんだよ!〟
同時に思い出す、過去の声。……うん。やっぱり男子は苦手だ。
「もちろん一花の気持ちもわかるよ? 突然男子と話せって言われても怖いだけだろうし」
「……うん」
「だからね! ちょっとずつ慣れていけばいいと思うの!」
「ちょっとずつ……?」
「そう! まずは一人、たった一人でいいから普通に話せる男子、作ってみない?」
皐月ちゃんの丸い瞳には心配の色が浮かんでいた。……そうだ。皐月ちゃんは幼稚園の頃から私の事を助けてくれていた。優しい彼女に、このまま迷惑をかけ続けるわけにはいかない。
「あ、言っとくけど一花のこと迷惑だとか思ってないからね!? そこは勘違いしないでよ!?」
私の心を読んだように、皐月ちゃんは慌てて言った。
「ただ……。いつまでも過去に囚われてるのはもったいないなって思って。男子なんて話してみれば案外怖くないもんだよ? アホなだけ」
皐月ちゃんがここまで真剣に考えてくれてるんだもん。その気持ちを無駄にしちゃダメだよね。私はぐっと拳を握った。
「……わかった。努力してみる」
「ホントッ!? あ~良かったぁ! あ、人選はあたしに任せて!! とびきりオススメのやつ連れてくるからさ!」
ぱっと明るい表情を浮かべた皐月ちゃんとは裏腹に、私の胸は不安でいっぱいだった。
そしてその不安が見事に的中し、次の日にはさっそくこの時の決断を後悔することになる。
「ねぇ一花。あたし、あんたにちょっと提案があるんだけどさ」
幼馴染で親友の中原皐月ちゃんが真面目な顔で話を切り出す。
「なに? どうしたの?」
「いやね、あたし達もう中三じゃん? 来年には高校生になるじゃん?」
「うん。そうだね」
「だからさ、そろそろ一花の男嫌いを直した方がいいと思うんだよね」
「……は?」
皐月ちゃんの言葉を理解すると、私の顔からサァーと血の気が引いていった。
「むむむ無理だよそんなの! だって皐月ちゃん、私が男子苦手なの一番よく知ってるよね!?」
そう。私、笹川一花は同世代の男の子が非常に苦手なのである。きっかけは忘れもしない、幼稚園の頃だ。当時私は同じ幼稚園に通う男の子たちから軽くいじめられていた。買ったばかりのクレヨンを折られたり、お気に入りのヘアピンを壊されたり、遊んでいたおもちゃを取られたり、ミミズやトカゲと言った私が大嫌いな虫を持って追いかけ回されたり。嫌だって言っても全然聞いてくれないし、掴まれた手は力が強くて振りほどけない。私は泣きながら毎日を過ごしていた。今考えるとそんなにたいした事はされてないのかもしれないけど、当時の私にとっては泣くほど嫌な出来事だった。男の子は声が大きくて乱暴で理不尽でとにかく怖い。そんなイメージがすっかり定着した結果、私は男子が苦手になった。
それから中学三年生になった今まで、出来るだけ男子と関わらないようにして生きてきた。話すのは必要最低限の事だけで、自分から話しかけたことはほとんどない。だって長時間話すと挙動不審になっちゃうし。
……そんな私の男嫌いを直す? 校内でも有名な私の男嫌いを? みんなも事情を理解して気を使ってくれてるのに? まさか。皐月ちゃんは何を言っているんだろう。
「あのね一花。この先今までみたいに男子と出来るだけ関わらないっていうのは現実的に無理だと思うの。あたしだってずっと側にいられるわけじゃないし。このまま避け続けてたらさ、大人になった時相当苦労するよ?」
「うっ……」
痛いところを突かれてしまった。自分でもうすうす感じていたのだ。このままじゃちょっとヤバイんじゃないかな~ってことは。だけど……。
「ギャハハハ! バッカじゃねーの!」
「ざっけんなテメ!! ぶん殴る!」
「暴力はんたーい!」
廊下から聞こえる騒がしい声に眉をひそめる。そして、
〝やめてよ! 返してよ!〟
〝うっせーな! お前のものは俺のものだからいいんだよ!〟
同時に思い出す、過去の声。……うん。やっぱり男子は苦手だ。
「もちろん一花の気持ちもわかるよ? 突然男子と話せって言われても怖いだけだろうし」
「……うん」
「だからね! ちょっとずつ慣れていけばいいと思うの!」
「ちょっとずつ……?」
「そう! まずは一人、たった一人でいいから普通に話せる男子、作ってみない?」
皐月ちゃんの丸い瞳には心配の色が浮かんでいた。……そうだ。皐月ちゃんは幼稚園の頃から私の事を助けてくれていた。優しい彼女に、このまま迷惑をかけ続けるわけにはいかない。
「あ、言っとくけど一花のこと迷惑だとか思ってないからね!? そこは勘違いしないでよ!?」
私の心を読んだように、皐月ちゃんは慌てて言った。
「ただ……。いつまでも過去に囚われてるのはもったいないなって思って。男子なんて話してみれば案外怖くないもんだよ? アホなだけ」
皐月ちゃんがここまで真剣に考えてくれてるんだもん。その気持ちを無駄にしちゃダメだよね。私はぐっと拳を握った。
「……わかった。努力してみる」
「ホントッ!? あ~良かったぁ! あ、人選はあたしに任せて!! とびきりオススメのやつ連れてくるからさ!」
ぱっと明るい表情を浮かべた皐月ちゃんとは裏腹に、私の胸は不安でいっぱいだった。
そしてその不安が見事に的中し、次の日にはさっそくこの時の決断を後悔することになる。