(私、今……)


一体、どんな顔してるんだろう。
少なくとも、お兄ちゃんが想像していたに反応とはまったく違ったんだ。

――お兄ちゃん、すごく傷ついた顔してる。


「……っ、違……」


否定しなくちゃ。
誤解を解かなきゃって思った時には、もう遅かった。
思わず伸びた手をやんわりと取られて、それ以上近づけない。


「……いきなり、ごめん」


言葉すら遮られて、首を振るしかできない。


「ものすごく久々に会ったばっかりで、同居も付き合うのも既におかしいよな。ごめん」


そんなことない。
ううん、変かもしれないけど、でも。


「……大丈夫だから」


弁明しなくていいんだよって。
会話としては少し成り立たない「大丈夫」は優しすぎるのに、それ以上何も言わせないものが含まれていた。


「ほーら、食べて。自信作なんだから。まゆりといると、レパートリー増えそうだな。自分一人だと適当だけど……」

「……っ、哉人さん……! 」


テーブルへと誘導して、話を一気に戻そうとするお兄ちゃんにどうにか被せる。


「違うんです、本当に。嬉しいに決まってる。だって、私も哉人さんとのこと考えてるから。それをお兄ちゃんから切り出されて、嬉しくないわけない……」

「ん。分かってる」


(……分かってない)


すぐに返事してくれたのも、不自然なくらいの笑顔も。
「分かってる」ということにして、さっきの話をなかったことにしようとしてくれてる。
それとも――……。


「大丈夫だって。な? 」


――私が、望んでないと思われてたら。


「……大丈夫じゃない……。私が、大丈夫じゃないです」


誤解させた。
気を遣わせた。
雲の上の存在が、せっかくこんなに近くに感じられるようになったのに。
また、遠くなっちゃう――……。


「本当に、違うんです。だから……」


(行かないで)


言葉にできなかった続きが、心の中であまりにもしっかり形になって。
その身勝手さが恥ずかしくで、頬が嫌な熱をもつ。


「……まゆり……」


なんて勝手で、自分のことしか考えてなくて。
自分から離れようとしたくせに、お兄ちゃんから距離を取られるのは怖いなんて、自己嫌悪でいっぱいになる。


「一緒にいたいです。でも、もう少しくらい対等にならなきゃいけないと思ったから。これ以上、甘えてちゃいけないって。だ、だから……その、振り込んでもらったお金、返します。それに、今の……」

「ちょっと待って。何言ってるんだ。そんなことしなくていいよ。あれは、そういう契約……」

「契約じゃないです。……そうじゃなくなったんです。だって、本当に彼氏になってくれたから」


頭の中はぐちゃぐちゃで、何を言っているのか分からないところを遮られた。
でも、ここまできたら伝えなきゃいけない。


「お兄ちゃんは、ずっと私の好きな人だったけど、手の届かない大人だって思ってた。でも、もう違うから。どんなに経済力に差があっても、年の差があっても……お兄ちゃん、じゃないから。だから、あの……ちょっとずつになっても、どんなにかかっても返したいの」

「……必要あるかな。このまま結婚したら、それで済む話じゃない? いや、すぐに結婚しなくても、何の問題もないよ。まゆりが気に病むことなんてない。でも、気になっちゃうんだよな。分かるけど……ごめん」


――必要のない距離を生む行為だって、俺は思ってしまう。