『……哉人くん、言ってなかったんだ。馬鹿ね、さっさと言ってたら簡単だったかもしれないのに』


依子さんの恋人は女性だった。


『……お兄ちゃんは言わないですよ。それに、私は依子さんから聞けてよかった』


家のことや、依子さんの将来を考えて、彼女は自分じゃない人を勧めた。
依子さんの気持ちも、彼女さんの気持ちも想像するだけで苦しいのに、当人の痛みには遥かに及ばない。


『……そう。あのね、まゆりちゃん』


お兄ちゃんから聞いていたら、もっと苦しかったと思う。
自分から言えない辛さも抱えていたお兄ちゃんのことを思うと、優しさにまた切なくなる。


『泣いたら? 』

『……っ、な、泣きませんよ! なんで私が……』

『どう見ても、あなたの方が泣きそうよ。ものすごい顔してて見てられないから、もう我慢しないで泣きなさいよ』


(……うぅ。ダメだ……)


ポロポロと落ちた涙を感じたら、もうせき止められなくなってすごい勢いで滴り落ちていく。
そんな私に呆れたように息を吐いて、依子さんは「ありがとう」って笑ってくれた。





・・・




「まゆり。遅いから心配してた」


家に帰るとお兄ちゃんは既に帰宅していて、ぎゅっと抱きしめてくれた。


「ごめんなさい」

「いや、いいけど……一言残してくれると助かるかも。逃げられたかもって焦るし……まゆり? 」


冗談にするのを中止して、そっと私の頬に触れる。


「……依子さんといたのか? 」


まだ、冷たかったかな。
「泣いた? 」とは聞かずにそう確認されて、慌てて首を振った。


「私から会いに行ったんです。依子さんとは、お話ししてただけで……その、お兄ちゃんじゃなきゃダメだった理由を聞きました」

「……そっか」


ほっとしたような、複雑そうな溜息の後、頬をなぞる指が戸惑った気がして。


「……それで、まゆりは何て言ったんだ? 」


見上げた先のお兄ちゃんは、やっぱり少し不安げな顔をしてる。


「譲るとか言ったら、張り倒すって言われたので。そんなの絶対あり得ませんって言い返しました」


「他の女と家族計画立ててる男なんて、もういらないわよ」って、依子さんは迷惑そうな演技をして言ったけど。私だって諦められないし――……。


(……いや、ここは省略していいとこだ。少なくとも、今は)


「なら、よかった。何だか知らないけど、俺が出てこない方が上手くいったんだな」



よくできました、の撫で撫でから、恋人の手つきに変わる感じはドキドキするけど心地いい。
やっぱり、不要な部分は敢えて説明することじゃないよね、うん。