「にっ……な、なんでそうなるんですか!! 匿って、でしょー!?!? 」


逃亡先がお嫁さんって、どういうことだ。
しかも、自分の家で。
それはもう、匿ってもらうんじゃなくて誘拐だ。


「事情は説明したとおりだ。もちろん、ただでとは言わない。とりあえず、家賃半年分前払いってことでどうだ? それから、随時更新するってことで」

「な……お、お金持ってるからって、そんな卑怯な。そ、そんなことで、女子がすぐ同意するって思ってるんですか? ちょっと顔がいいからって、馬鹿にしないでください」


これだから、お金持ちが顔がいいと始末に悪い。
今まで周りの人がどうだったか知らないけど、女の子を馬鹿にしてる――……。


「ほー。そんなこと言っていいのか? 念の為大家さんに確認したら、泣いて喜ばれたぞ。しょっちゅう滞納してるらしいじゃないか。追い出されずに泣かれるなんて、優しい大家さんだな」


(ぐっ……)


「それに、俺がいた方がいいこともあるんじゃないか? まゆりにとっても、好みの顔を眺めるだけじゃなくて、他にもメリットはあると思うんだけど」


一緒に住めば、知られたくないことをたくさん知られる。
お兄ちゃんが本気で私を必要としてるとは思えないけど、とりあえず半年の家賃分協力すれば、確かにこっちもいろいろと助かるかも。


「ちなみに、お兄ちゃんが私を選んだ理由って……」

「言っただろ。面倒なく俺を助けてくれるのは、まゆりだけだから」


つまり、女だと思ってないから。


(やっぱり、そうか。それなら……)


――半年分の家賃と思えば、背に腹は代えられない……かも。


「……さっきと何か違う気がしますけど。奥さんのふりって、私にそんな大層なことはできませんよ」

「そのへんは期待してないから、大丈夫だ。ただ、追手が現れた時は多少の演技くらいしてくれよ」

「演技って……」


自慢じゃないけど、この歳になってもそういう経験がほとんどない。
お兄ちゃんに合わせるだけと言っても、上手くできるだろうか……って、いやいや。できなくてもいいんだ。
何はともあれ、家賃をせしめれば。


「そうだな、たとえば、こんなふうに……」


いきなり手首を取られ、ふらついたところを抱きしめられた。


「ちょっ……な、何、する……っ!! 」


心臓がバクバクして、目の前のネクタイしか見れない。
頭が真っ白で何の情報も入ってこないと思うのに、温かいと感じるのは、つまりこの人を「にーに」だと認識しているからなんだろうか。


「ん? 練習と、悪いこと考えた罰。今、とりあえず家賃だけ払わせとけば何とかなるとか思っただろ。詐欺だぞ、それ」

「……な、何で……」


頭まで抱えられて、ジタバタすらできない。


「やっぱり、思ったんだ? ……ったく、悪い子になっちゃいまちたね」

「……幼児扱いしないでください。というか、言ってて恥ずかしくないですか」


その反応すら、お待ちかねだったんだろう。
楽しそうな笑い声が降ってきて、頭をよしよしと撫でられた。


「お前こそ、ちょっとは恥ずかしがった方がいいよ。……俺は、自分の奥さんがパジャマで、しかもそんな前開けた格好で外出たら……」


――さあ、どうお仕置きしようかな。


「……っ、まだ契約前ですよ……!! 家賃の振込確認するまで、演技だってしませんから……!! 」


パッと離されたと思ったら、少し開いてた胸元を指され、慌てて後ろを向いてボタンを留める。


「了解。送金するから、間違いないか一緒に確認して。終わったら……」


――「元」許婚にーにとの同居、スタート。