「……は……、ああ、えっと。取り巻きではないですが、私は一応依子さんに用があって来てるので」


数呼吸おいてやっと、状況が飲み込めた。
確かに私は、ここでは異様な存在で浮きまくっていて目立つ。
つまりまた、変な男に引っ掛けられようとしているらしい。


「でも、好きで来たわけでもないよね。だったら、抜け出せない? 女王様に仕えるのきついでしょ」


依子さんって、良くも悪くも有名人なんだな。
確かに、敵は多そうだけど、そこまでの悪人には見えないんだけど。


「ね。こんなお子様なの飲んでないで、こっちなんてどう? キレイでしょ」

「……あ、私あんまり飲めないので……。依子さん、そろそろ戻ってくると思うから、やめといた方が」


私用に選んでくれた、軽めのカクテルだったんだ。
優しさなのか、それともやっぱりお子様相手なのかも。
何にしても、早くこの人を追い出さないと面倒なことに――……。


(……っ……!? )


細い指先、綺麗なネイルがテーブルに現れたと思ったら、見上げる間も声を出すタイミングもないほど、派手にグラスが転がった。


「……っ、な、何するんだよ! 」

「この子に変なもの飲ませようとしないで」


男の持ってきた色鮮やかな液体が、テーブルから床へと滴っている。


「……よ、依子さ……」

「……相変わらずの女王様ぶりだな。男を従えてたかと思えば、こんな可愛い子までこき使うつもりか」


(え……? )


「別に命令してるわけじゃないけど、勝手に従ってくれる分は放置してるの。でも、そんなのあなたに関係ないでしょう。この子は……」

「はいはい。何でも女王様の仰せのままね。ね、この女、怖いでしょ。こっちに……」


倒れたグラスを戻そうと伸ばした手に男の手が重ねられそうになって、慌てて引いたけど間に合わない――……。


「……触るな」


何となくその手を見ていられなくて、せめて顔を背けようとした時、その声が聞こえた。


「……んだよ、お前。……って、痛いって離せ……」


喚く男を尻目に、パッと払いのけるように手を離すと、お兄ちゃんがこちらを向いた。


「……帰れる? 」

「う、うん」


反動でよろけるまま、ありきたりな捨て台詞とともに退散してくれてほっとした。
でも、お兄ちゃんの表情は堅いままだ。


「……どういうつもりですか。まゆりを勝手に連れ出して」

「……だから、連絡したじゃない。それに、まゆりちゃんの外出許可って哉人くんが出してるの? 」


そうだよね。
ほぼ強制的に連れ出されたのに、裏でお兄ちゃんに連絡取ってくれたなんて。


「……さっきの男、偶然ですか? 」

「……っ、お兄ちゃん、それは……」


それは、偶然でしかないと思う。
あんなの予想なんてできないし、ましてや依子さんが送り込んだりするわけない。


「依子さんは助けてくれたんです。それに、依子さん、そんなことする人じゃないですよ」


お兄ちゃんよりも、依子さん本人の方が「何の根拠があって」って顔してる。それこそが証明だと思うから。


「……とにかく。ここまでするなら、はっきりさせておきましょう。……あなたは、俺のことが好きとか好きじゃないとかいう以前に」


――恋人、いますよね。