あの日、大好きだったお兄ちゃんからすら逃げてしまったのは、お兄ちゃんにとってもガラクタになってしまうのが怖かったから。
本人に言われたわけでもないのに、そう言われたらどうしようって恐怖に立ち向かうことができなかった。

お兄ちゃんは、そんなこと言わない。
それは確実だと知っていてはいても、心の奥では要らないどころか邪魔だって思われていたら――……。
大人になるにつれて、常識と察するスキルが人並みについた私には、それを確かめる勇気がとてもなかった。

無鉄砲で、我儘で、自信の有無どころかそんなものの存在を知らなかった子どもが成長したら。
改めて自分を見て、初めて知った。

――私のどこに、何の価値を見出したら、誰の側にいられるんだろう。

特定の居場所で優しくしてくれる人たちは、そんなの教えてくれない。
本当に優しいお兄ちゃんには、私が強制的に甘い言葉を言わせていたんだと。
そんなことしても、結局は自分で探さなくちゃいけないのに。

だから、離れた。
解決策はそれしかないって思ってた。
でもそれも逃げただけで、私はちっとも変われていないんだって。
集中して必死にガラクタを作ってたのも、それから目を逸らす為だったのかな。





・・・




「……り、まゆりって」

「……っ、は、はい。すみません」


いつから呼ばれてたんだろう、横から回された腕に肩を軽く揺さぶられて、思わず謝った。


「謝ること何もないって。それより、大丈夫か? 息できてる? 」


自分の家の門構えを見て呼吸困難になってる私を見ても、お兄ちゃんは笑わなかった。
寧ろ本気で心配してくれてるのが伝わる、真剣な瞳で覗き込まれて、ふにゃっと笑うしかできない。


「……ごめん。無理やり引っ張ってきて……って、お前の実家なのに、変な言い方だけどそうとしか言えない。ごめんな」

「いえ。いつかは、その日が来たんです。ちょっと早まっただけですよ。そのいつかは、一人で来るつもりだったのに……お兄ちゃんが一緒で、寧ろラッキーです」


(そうだよ。一人で行くのが当然だった。だから、すごく幸運だ)


まあ、想定のしようがない再会の仕方だったけど。
それを思い出すと、クスッと笑えて。
あ、私ちゃんと息できてるって妙なことを実感できた。


「馬鹿。決闘でもラスボス攻略でもないんだから。さては、忘れてるな? これ、彼氏を紹介するって目的なんだけど」

「……忘れてませんよ。演技もしない。ちゃんと、自分の気持ちを伝えます」


慣れ親しんだボロアパートから出て、この家に戻ってきて――私は、「ただいま」を言うことも難しいと思ってた。
でも、今なら言える。
きっと、傷つくだろうと分かっていても、門を潜れる。
理解してもらえないと思うのは、それに直面した時のダメージを少しでも減らす為。
それも、分かってる。


(……決闘なんですよ。それも、瀕死のダメージを食らうと分かってるラスボスとの)


「よしよし。えらいえらい。帰ったら、にーにが甘いのあげるから」

「お兄ちゃんと暮らしてから、糖分摂りすぎです」


お菓子で釣れると思われてるかな。
まあ、確かに釣られてる――……。


「あれ。俺、食べ物だとは言ってないけど。甘いご褒美、としか」

「……過剰摂取で合ってます……」


――ほら。


「……期待してて」


ご褒美があれば、怖くない。
どんな結果になっても、頑張った後の甘いものは既に用意されてる。