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(……で、まさか、本当にいらっしゃるとは)


そんなにお互いを理解してるのなら、もっと他にどうにかならなかったのかな。
そんな勝手なことを考えて、すぐに後悔した。
これは、お兄ちゃんなりに手を尽くしたうえでの最終手段。
逃げた私が、どうこう言えるものじゃない。
寧ろ、どんなに辛かったんだろうって同調すべきところなのに。


「……っ、ちょっと、勝手に入るなって……」


ぼそぼそ、いや、結構大きな声で、


「だから今、彼女が……」

「嘘おっしゃい。どうせ、こうなることを見越して、女物の靴買っておいただけでしょう。見てほしいって言わんばかりに、綺麗に玄関に揃えちゃって」


……なんて、やり取りが聞こえた後、お兄ちゃんの形ばかり止めるような、あんまり止める気ないみたいな焦ったふうの足音が聞こえた。


(大丈夫かなぁ……)


ううん、大丈夫なわけない。
どう考えても、お兄ちゃんは母親の勘を舐めすぎだ。
とは言え、家が広いのもあって、登場から突入までの時間が想定以上に長かったら、溜息を吐く暇くらいはあった。
おかげで、妙な諦めの境地に入りつつある。
……って、ダメだ。
私は、「事後、こんな格好を、それも彼のお母さんに見られて気まずい」って顔をしてなきゃいけないのに。


「大体あんたのその、咄嗟に側にあった服頭から被りました! みたいな乱れ方が逆に嘘くさ……」


(……バレてるじゃん)


……だから、だめだめ。
溜息じゃなくて、「きゃっ」て息を飲まないと――……。


「……っ……」


おばさんがドアを開ける寸前で、「今気づきました」とばかりに布団の中に隠れる。


「……か、哉人……」

「……だから、最初から言ってるだろ。今、彼女が来てて、取り込み中だって」


よし。
我ながら、上出来だ。
布団に潜り込めば、顔も見えない。
つまり、演技しなくていい。
これ以上の案はないはず。


「……あー、まゆり? ごめん。恥ずかしいとは思うけど、こうなったら紹介させて」

「で、でも。私、こんな格好で……久しぶりに会ったのに、失礼すぎてご挨拶できな……」


とりあえず、ベッ……ベッドで寝てる「まゆり」が、「彼女」であることが伝わればいいわけで。
もう、ミッションはほぼ達成した……と思う次第で。


「ここまで来たら、そんなこと気にすることないから。押しかける方が悪いんだし。ほら、顔出して。……また、捕まえられたい? 」

「……や、やだっ……」


お兄ちゃんが近づいてくる気配がして、ベッドに閉じ込められた記憶が一気に押し寄せてくる。


「よくできました。ごめん、気まずいよな」


ガバッと布団から出て、ぐしゃぐしゃになった頭をよしよしされながら、チラリと状況を窺う。
目を真ん丸にするおばさんを見ると、やっぱり複雑だ。
お世話になっておいて、騙すなんて。
そんな罪悪感もあって、イマイチ演技不要なほどまでは恥ずかしくなれない。


「まゆりちゃん? 本当にまゆりちゃんなの? 」

「はい。……すみませ……」

「こら」


おばさんの方に向いていた顔が、お兄ちゃんの方へと強制的に向かされ。
触れていた指が、そのまま唇を塞いだ。


「まゆりが謝ること、何もないだろ。寧ろ、俺。再会してから、つい急いで……」


確かに、急ですけど。
自分のシャツを着た私から、意味ありげにベッドへと移動する視線は不要なくらい意味ありげすぎる。


「とにかく、そういうことだから。口出さないでくれる」


演技だって、それも事前に聞かされていたのに真っ赤になる私に笑って、また、いいこいいこ。



(……お兄ちゃんこそ)


演技が上手だ。
こんな私が自分から胸に頬を寄せて、甘える演技ができてしまうくらい。