「……お前さ、どう思ってる?俺の事」
健斗君が頬杖を解いて、すくりと二本足で立つ。
私に向き合って、
(どう、って)
そう言われても。
正直、私はこの十三年の時の流れで健斗君の事を思い出すことは無くなっていた。
立塚養育院を出て、その日その日を何とか生きていくのに精一杯で。
――そんな私にこんな事を訊かれる権利が、あっていいんだろうか。
「……私、健斗君が思ってる程、あの約束を大事にしてなかったかもしれない」
分からなかったけれど、今の私に出来る事は気持ちを正直に伝える事だけだ。
「健斗君が昨日お店に来るまで、正直もう昔の事……みたいな感じになってたし。だから、よく分からない」
だって、今の健斗君はこんなにすごい人になってて、昔とは全然違ってて。
私にとっては同じ人だけど、もう同じ人じゃない。
「だって今の健斗君の事、私まだ全然知らないから」
どう思うかなんて訊かれても、分からない。
分かるのは健斗君が私を真剣に思ってくれているという、この事実だけだ。
「ま、お前にとってはその程度のものだったって事だよな、あの約束は」
痛烈な一言を私に投げて、健斗君は呆れたみたいにため息をついた。
自分でも確かにそう言ったけど、人から言われるとダメージが。
ごめんなさいと心の中でお詫びをしつつ、私は健斗君から返される言葉を待った。
「いーよ、今までの事どうこう言ってっても今更ってやつだし。これからの話しようぜ」
あっさりと健斗君はそう言って、すぐ後ろに停めていた車に背中をつけて凭れかかった。
「お前、マジでイヤなの?俺のこと」
率直な一言に、私は首を横に振った。
「嫌じゃない。嫌じゃない、けど……」
「けど?」
「……怖い」
正直すぎる感想に、健斗君が眉をしかめた。
「……はあ?どこがだよ!」
「そういう所!すぐ怒鳴るし!」
負けじと、私も言い返す。
自覚はあったらしい。健斗君は一瞬だけうっ、と押し黙った。
そして思い出したように呟く。
「……そう、お前そういう奴だったよな。今のイメージ強くなって忘れそうになってたけど」
悪戯っぽい笑みを作って、反撃を開始してくる。
「あの頃もギャーギャー喚き叫んで、いつも俺を庇ってくれてたし」
「ぎ、ギャーギャーなんて叫んでない!」
「そうそう、そんな感じで」
面白がるみたいにして、健斗君が私を人差し指で指してきた。
――うん、認める。認めるしかない。
昔立塚養育院で健斗君をからかっていた子達に対して、『そんな事言っちゃだめ!!』とか言って毎日怒って回っていたという黒歴史。間違いなくあった。
ただ、弱かった健斗君を守る為だけにあの時は必死で。
「いつも泣かされていたけど、決まっていつもお前が出てきてくれて守ってくれて。一人じゃないって思えたからさ。だから俺にとってはあの養護施設にいて、お前と過ごしていた時が、一番いい時間だった」
健斗君にとって過去の私がそんなに大きな存在になっていたなんて、私は思っていなかった。
「俺は、またお前と居たい。俺は昔からずっとお前が好きだし。今も」
まあお前が無理だって言うならどうしようもないんだけどさ、と健斗君は付け足す。
それは最終選択を私に迫る言葉だった。
「どうする?」
イエスか、ノーか。
これは多分、私の人生を大きく変える選択になる。
「……私、不釣り合いだと思うけど」
「何が?」
「その、レベル……とか」
今の健斗君と私では生きている場所が明らかに違う。
「多分健斗君は良くても、ご両親とか。許さないんじゃないかなって」
「あー、それは大丈夫」
健斗君は事もなさげに言った。
「約束してるから。仕事の跡も継ぐ、望んでる高校にも大学にも希望通り入る。――その代わり、結婚だけは好きにさせてもらうって」
――そんな約束までしていたのか。
(何、それ)
健斗君のこの十三年間が、本当に私の為だけにあったのだとしたら。
健斗君が真剣に今もそれを望んでいるのだとしたら。
私ももう、飛び込まなければいけないのかもしれない。
「――約束して。怒鳴らないで。睨まないで。日向さんに優しくして」
「何で日向が出てくんだよそこで」
「だって、いい人だから。あと、お前って呼ばないで、感じ悪い。それから……」
少しだけうんざりした顔をした健斗君に、私は最後のお願いをする。
「私、ブラックコーヒー苦手だから。淹れてくれる時にはミルク、付けて欲しい」
「……言えよ」
あの時すぐに希望を伝えなかった私の事も責めつつ、健斗君は私の方に一歩だけ近付いて来た。
そのまま私の腕を掴んで、自分の胸元に抱き寄せ、私の耳元に近付けた唇で加奈、と囁く。
――九月の夕陽はまだ明るく、私達を遠い空から包み込んでいた。
――END――
健斗君が頬杖を解いて、すくりと二本足で立つ。
私に向き合って、
(どう、って)
そう言われても。
正直、私はこの十三年の時の流れで健斗君の事を思い出すことは無くなっていた。
立塚養育院を出て、その日その日を何とか生きていくのに精一杯で。
――そんな私にこんな事を訊かれる権利が、あっていいんだろうか。
「……私、健斗君が思ってる程、あの約束を大事にしてなかったかもしれない」
分からなかったけれど、今の私に出来る事は気持ちを正直に伝える事だけだ。
「健斗君が昨日お店に来るまで、正直もう昔の事……みたいな感じになってたし。だから、よく分からない」
だって、今の健斗君はこんなにすごい人になってて、昔とは全然違ってて。
私にとっては同じ人だけど、もう同じ人じゃない。
「だって今の健斗君の事、私まだ全然知らないから」
どう思うかなんて訊かれても、分からない。
分かるのは健斗君が私を真剣に思ってくれているという、この事実だけだ。
「ま、お前にとってはその程度のものだったって事だよな、あの約束は」
痛烈な一言を私に投げて、健斗君は呆れたみたいにため息をついた。
自分でも確かにそう言ったけど、人から言われるとダメージが。
ごめんなさいと心の中でお詫びをしつつ、私は健斗君から返される言葉を待った。
「いーよ、今までの事どうこう言ってっても今更ってやつだし。これからの話しようぜ」
あっさりと健斗君はそう言って、すぐ後ろに停めていた車に背中をつけて凭れかかった。
「お前、マジでイヤなの?俺のこと」
率直な一言に、私は首を横に振った。
「嫌じゃない。嫌じゃない、けど……」
「けど?」
「……怖い」
正直すぎる感想に、健斗君が眉をしかめた。
「……はあ?どこがだよ!」
「そういう所!すぐ怒鳴るし!」
負けじと、私も言い返す。
自覚はあったらしい。健斗君は一瞬だけうっ、と押し黙った。
そして思い出したように呟く。
「……そう、お前そういう奴だったよな。今のイメージ強くなって忘れそうになってたけど」
悪戯っぽい笑みを作って、反撃を開始してくる。
「あの頃もギャーギャー喚き叫んで、いつも俺を庇ってくれてたし」
「ぎ、ギャーギャーなんて叫んでない!」
「そうそう、そんな感じで」
面白がるみたいにして、健斗君が私を人差し指で指してきた。
――うん、認める。認めるしかない。
昔立塚養育院で健斗君をからかっていた子達に対して、『そんな事言っちゃだめ!!』とか言って毎日怒って回っていたという黒歴史。間違いなくあった。
ただ、弱かった健斗君を守る為だけにあの時は必死で。
「いつも泣かされていたけど、決まっていつもお前が出てきてくれて守ってくれて。一人じゃないって思えたからさ。だから俺にとってはあの養護施設にいて、お前と過ごしていた時が、一番いい時間だった」
健斗君にとって過去の私がそんなに大きな存在になっていたなんて、私は思っていなかった。
「俺は、またお前と居たい。俺は昔からずっとお前が好きだし。今も」
まあお前が無理だって言うならどうしようもないんだけどさ、と健斗君は付け足す。
それは最終選択を私に迫る言葉だった。
「どうする?」
イエスか、ノーか。
これは多分、私の人生を大きく変える選択になる。
「……私、不釣り合いだと思うけど」
「何が?」
「その、レベル……とか」
今の健斗君と私では生きている場所が明らかに違う。
「多分健斗君は良くても、ご両親とか。許さないんじゃないかなって」
「あー、それは大丈夫」
健斗君は事もなさげに言った。
「約束してるから。仕事の跡も継ぐ、望んでる高校にも大学にも希望通り入る。――その代わり、結婚だけは好きにさせてもらうって」
――そんな約束までしていたのか。
(何、それ)
健斗君のこの十三年間が、本当に私の為だけにあったのだとしたら。
健斗君が真剣に今もそれを望んでいるのだとしたら。
私ももう、飛び込まなければいけないのかもしれない。
「――約束して。怒鳴らないで。睨まないで。日向さんに優しくして」
「何で日向が出てくんだよそこで」
「だって、いい人だから。あと、お前って呼ばないで、感じ悪い。それから……」
少しだけうんざりした顔をした健斗君に、私は最後のお願いをする。
「私、ブラックコーヒー苦手だから。淹れてくれる時にはミルク、付けて欲しい」
「……言えよ」
あの時すぐに希望を伝えなかった私の事も責めつつ、健斗君は私の方に一歩だけ近付いて来た。
そのまま私の腕を掴んで、自分の胸元に抱き寄せ、私の耳元に近付けた唇で加奈、と囁く。
――九月の夕陽はまだ明るく、私達を遠い空から包み込んでいた。
――END――